第151話 それは無理です
『余程変な設計図を構築したんですね』
「[設計図集・指定 実験体1号君]」
『……は?』
「えっ、どうかしたの?」
殆ど口パクしかしなかったお義姉ちゃんのアイコンが、敵意剥き出しでなんか怖い顔に変わった。声も低くてドスが効いているっていうの? 身体にズシッと響いたわ。
『あの野郎、マスターをライブラリにしたと言いやがった』
もの凄く低い声。身体どころか、地面まで揺らぎそうだわ。
「ラ、ライブラリ?」
『簡単に言えば誰にでも使えるようにしたサブルーチンの集まりです』
「サブ?」
『例えば時子さんの行動理念をライブラリ化したとします。その中に〝ケーキを与えれば涎を垂らして喜びのあまり裸踊りをする〟というものがあったとします』
「う、うん?」
『そのライブラリを使えば、誰でも簡単に〝ケーキを与えれば涎を垂らして喜びのあまり裸踊りをする人間〟が作れます』
「そ、そうなんだ。ふーん」
人間が作れるようになるってことかしら。ホムンクルス……だっけ。そういうこと?
※全然違います。
『あの野郎のライブラリがどういった物かは分かりませんが、マスターを再現できるライブラリだと? 巫山戯るのも大概にしろよ』
「お、お義姉ちゃん?」
うう、目の前のあれより怖いよぉ。
「[試作体生成]」
『なに?! 1号君を鷲掴みにして食った……だと』
ひぃぃぃっ! バリボリ食べる音が聞こえてくるよぉ。
『まるでトウモロコシの一粒一粒をそれぞれの口で食べているみたいですね』
「実況しなくていいよっ! そんな光景見たくないっ」
『捕まったら時子さんもああなるんですから、気をつけて下さい』
「嫌なこと言わないで。ああああああ鳥肌が立ってきたわ……」
『食べ終わったみたいですね。凄いゲップが出ましたよ』
「聞こえてますっ。うぐ……く、臭い……」
『そうなんですか? 私はなにも感じませんけど』
「血の臭いが……うう」
『毎月ドバドバ出してるんですから、慣れてるでしょ』
「臭う前に交換しているわよっ!」
『もー、屁理屈ばっかり』
「お義姉ちゃんと一緒にしないでっ!」
『………………』
さっきまで見ただけで寿命が縮みそうな顔をしていたのに、いつものアイコンに戻っている。その温度差から、普段の顔と同じには見えなかった。何処か寂しげな、何処か遠くを見ているような、そんな感じがした。
「お義姉ちゃん?」
『私は、どんなに願っても出てきませんから』
「あっ……」
そうか、お義姉ちゃんは……
「さあ試作2号君! 窃盗犯を捕まえるのです」
それ、絶対エイルさんのことだよね。私じゃなーい!
『2号君にアップデートしてるだと?!』
「気にするところそこ?!」
『時子さん、ヤツの前に出てみて下さい』
「え、どうして?」
『あの野郎が作ったライブラリがどのような物かを確かめるためです』
「確かめるため?」
『もしマスターをキチンとライブラリ化しているのなら、襲ってくるはずがありません。むしろ擦り寄ってきて抱きしめてくるに違いありません』
それってつまり…………モナカが? 私を?
ううん、きっと充電のためよ。決して好きとか嫌いとか、そんなんじゃ……だとしてもあれは嫌っ!
『さあ、早く!』
「ヤだよっ。あんなのに抱き締められたくないよっ」
『実際に抱き締められる必要はありません。ちょっと確認するだけです』
「ちょっとだってヤだよっ」
「ぐぉあー!」
ひっ! 絶対近づきたくなーいっ!
『前に出るだけで構いません。ほら!』
「ほらじゃなくてっ」
「にぎゃあ!」
あれをモナカだと思えるわけないじゃない。そもそもあの似ても似つかない顔じゃあ……
人の顔ですらないじゃない。
『早く!』
あ、手を振り上げたわ。あの指だからよく分からないけど、多分握り込んでいるっぽい。それを振り下ろして壁になっている鉄人形を殴った。鉄人形が何体か吹き飛んだけど、それ以上に肉片が飛び散っていったわ。
「ひぃぃぃっ」
私の周りにも肉片が飛んできたけど、黒犬君が上手く避けてくれたお陰で、ベチャベチャと地面に張り付いていく。
よかった。なんとか全部避け切れたみたいね。
「ありがとう、黒犬――」
ベチャ。
次回、思考回路はショートしました