第15話 無詠唱ではない
父さんに飲めと言われて渡されたこの白い丸薬。丸薬といっても丸い球状の物体で、飲むと言うには少々大きい。
魔法陣が組まれているけど、積み重なっているからぱっと見じゃ解読できそうにない。
「これは?」
「魔素を元素だと信じ込ませる魔法陣だ。毒素にはならないから安心しろ」
「そんなこと心配してないわよ。父さんがそんなもの飲ませるわけないでしょ」
「おお、那夜は父さんを信じてくれるんだな。嬉しいぞ」
「えーい泣くな抱き付くな気持ち悪いっ!」
「さっきは那夜から抱き付いてくれたのに……」
「そんな昔のこと、覚えていないわ」
「うおーん! 那夜が反抗期になってしまった! 父さんは悲しいぞ!」
「えーい、いい大人がみっともなく泣くな騒ぐな抱き付くな気色悪いっ!」
「ひいっ、なにも足蹴にしなくてもいいじゃないか」
「だったら涙涸れるまで燃やしてやろうか」
掌をかざしてパッと開いた。
「それ! 涸れるんじゃなくて炭になるから! その手に持った火球をしまいなさいっ!」
「まったく」
掌をキュッと握りしめて消した。
「話が進まないから茶番は止めて」
「えーお父さん本気で嬉しかったんだけどな」
さっき握りしめた拳をゆっくり開くとボウッと現れた。
さて、これをどうしましょう。
「だから無言で火球を構えるのは止めなさいっ」
まったく……いい加減にしてほしいわ。
掌を振り払って散らして消した。
「まぁでもやればできるじゃないか」
「なにが?」
「気づいてないのか。ふむ……今どうやって火球を出したんだ?」
「……え?」
どうやってって……ん?
私、火球なんて出して……いたわね。
「もしかして、無詠唱?」
「いや、無意識だよ」
「無意識?」
「無詠唱は魔法を使おうとして詠唱せず使う手法だ。いわば意識して呼吸しているようなものだ。でも普段呼吸しようと思って呼吸しているか?」
「していないわ」
「そう。意識しなくても呼吸できる。魔法も同じ。意識せず使えるようになれ。今のようにな」
言われて火球を出そうと思って掌を開いても出てこない。
さっきとなにが違うんだろう。
「那夜は今無詠唱で魔法を使おうとしてる状態だ。1秒未満で魔法陣構築が出来ないのに無詠唱なんて無理無理。背伸びをするな」
「む…………じゃあ詠唱魔法はどういう状態なのよ」
「ん? 酸素ボンベを背負って酸素マスクを使って呼吸するようなものだ。ちなみに那夜たちが使っている魔法杖な、あれは人工呼吸器を使ってるようなものだ」
「人工呼吸器?!」
「魔力さえあれば魔法を発動させてくれるから、自分で魔法を発動させる必要が無い。那夜は工房で人工呼吸器を製造してるってことだ」
そんな風に考えたことなんてなかった。
でも言われてみると納得できる。
なるほど。
「っと、話が逸れた。下に行くなら飲み込んでいくんだ。それと容姿も変わるからな」
「変わるの?!」
「1番使いやすい身体に再構築するからな。ちゃんと姿も元に戻るから安心しなさい」
「……分かったわ」
どんな見た目に変わるのかしら。せめて人形は保ってほしいところね。
「噛まずに飲み込むんだぞ」
「丸呑みするの?! この大きさを?」
「噛んだら術式が壊れるだろ」
はぁ……飲み込めなくはないでしょうけど、ちょっと勇気が要る大きさね。喉に詰まったら窒息しそう。
私、蛇じゃないんだけど。
とりあえず1回水で洗って。
「なんで洗うんだよ。汚くないぞ」
「あははは、なんとなく? それにほら、濡れた方が飲み込み易いじゃない」
「しかもまたしれっと水を出してるし」
「……え? あ」
そういえばそうだった。
が、意識した途端水が止まってしまった。
まぁいいわ。目的は果たしたんだから。
「じゃ、飲むわよ」
この大きめの飴玉を丸呑み……ね。
口の中に放り込み、水筒の水を少し含ませたら上を向いてゴクリと飲み込んだ。喉に大きなものが通って下に落ちる感覚がはっきりと伝わってくる。どうやら詰まることなく胃に落とせたみたいね。
…………?
「父さん、なんの――」
そこまで言い掛けるとドクンと身体が鼓動した。
身体が熱い。体液が沸騰しているかのような感覚だ。
父さんがなにか叫んでいる。でもまったく聞き取れない。次第に熱いとさえ感じなくなってきた。でも身体がボコボコと沸いているような感覚だけは伝わってくる。そんな感覚すら感じなくなり、次第に視界も暗くなっていく。
私、死んじゃうのかな。そして私は、考えることすら…………
次回、ピーチピチよ