第147話 今できること
で、ここは何処かしら。魔法陣群の外側なんでしょうけど……巧妙に隠されているようで、全然分からないわ。隠さないといけないような相手が居るとは思えないんだけど。
魔物から? でも魔力の込められていない魔法陣に魔物が興味を持つかしら。
とにかくアトモス号だったかしら。船が見えないくらい離れている場所みたいね。
「そんなことより、もう準備はいいの?」
「ん? 魔法陣か? 後は那夜が魔力を注いで起動するだけだ」
「そう。分かったわ」
これであの2人ともお別れね。短い間だったけど、それなりに楽しかったわ。
「お姉様?」
「なぁに?」
「あの、魔法陣ってなんですか?」
「ああ。父さん」
「うむ。ルイエちゃん、この姿で会うのは初めてかな?」
「その声はポチさんですか?」
「ポチは犬の名前! ちなみにこっちは白虎のタマだ」
「にゃあ!」
「ひゃあ!」
「っはっはっはっは」
「父さん」
「ああ、すまんすまん。私は那夜の父さんだ」
「その〝ナヨ〟っていうのはなんなんですか?」
「なんだ、話してなかったのか?」
「必要ないことだもの」
「那夜っていうのは、エイルちゃんの前世の名前だ」
「前世! そういえばトキコさんがそんなことを言っていたような気がします。あれ、本当のことだったんですか!」
「そうよ。で、この人が前世の父さん」
「本当に犬じゃなくて人だったんですね」
「そうなのよー」
「那夜ー、残念そうに言わないでくれ。父さん泣いちゃうぞ」
「はいはい、父さんはちゃんと一応見た目は人間よ」
「〝一応〟とか〝見た目は〟とかは余計じゃないかな!」
「若返っておいてそれは通用しないと思うわ」
「那夜だって若返ってるじゃないか」
「私は転生しているの! 父さんと一緒にしないで」
「む」
父さんの視線が少し動いた。
「ん? どうかしたの?」
でも直ぐ私に戻った。
「ああ、いや。気にするな。それより、ここでこのまま待機だ」
「待機?! 私が魔法陣に魔力を注ぐんじゃなかったの?」
「いや、しなくていい。イーブリン様が来られるそうだ」
「千年ババアが?!」
もしかしてさっき視線が動いたのはその所為?
「…………そうだ。なぁ那夜。くれぐれもイーブリン様の前でそれを言うなよ」
「それって? どれのこと?」
「分かってて言ってるだろ」
「さあ? なんのこと?」
「とにかく、その、千年はんはんはぁとか言わないことだ」
「千年……なに?」
「那ー夜ー」
「はいはい、千年娘って言うわ」
なにその怒ったような困ったような物言いたげな顔は。
はっきり言いなさいよ。
「大罪の娘の名前なんか呼ばないからね」
「また…………とにかく、失礼のないように。頼むよ本当に」
「分かったわよ」
「お姉様」
「ごめんなさい。後でちゃんと説明してあげる」
「はい……」
いよいよ大罪の娘の顔が拝めるってことね。
…………今の私にやれるかしら。
相手は千年を生きる大魔導師。それに比べて私は新人魔導師。格の違い……か。
いいえ、ここの人たちを犠牲にするくらいなら、この無謀とも思える戦いに挑む方がいい。じゃなきゃモナカに顔向けできないじゃない。
今更、手遅れだけどね。私の手は汚れきってしまったわ。
(なら時子に渡してきた方がよかったのよ)
貴方までそんなこと言うの?
(なら、どうして連れてきたのよ? 必要なかったのよ)
それは……助けただけよ。連れてきたのはその序で。
(それこそ時子に渡してくればよかったのよ。助け出した時点で用事は済んだのよ)
時子なんて充電ができるだけでしょ。今のモナカには私の方が必要よ。
(嘘のよ)
嘘じゃないわ。
(モナカにエイルが必要なんじゃないのよ。エイルにモナカが必要なのよ)
違うわ。逆よ。
(ははっ。ごめんなのよ。本当に必要としているのよ、エイルじゃなくて那夜なのよ)
だから違うって言っているでしょ!
(充電できないのよ、モナカは死ぬのよ)
分かっているわ。だからこれを手に入れたんじゃない。
(知ってるのよ。だってエイルは那夜なのよ)
当たり前でしょ。今更なにを言って……
(ほら! 早く使えるように整備するのよ。どうせ大罪の娘が来るまで暇なのよ)
……そうね。必要なものは揃っているし、さっさと直してしまいましょう。
っと、その前に……
(今更なんなのよ。罪滅ぼしなのよ?)
そんなんじゃないわ。
(半年もほったらかしにしたのよ。罪滅ぼしでないのよ、なんなのよ)
ただの不具合修正よ。公式のセキュリティパッチなんて待っていられないわ。
(あっははははは。そういうことにしてやるのよ)
そうよ。これは罪滅ぼしなんかじゃない。
ただの……そう、ただのいちプログラマーとしての義務感よ。
次回、死とパンツは紙一重