第144話 本当に出来ないの?
よし、上手く撒けたみたいね。
この子がタイムの仕掛けたトラップに引っかかったときは焦ったわ。まさかあんなあからさまなトラップに引っかかるとは思わなかったもの。対策が間に合ったから乗り込まれなくて済んだけど、乗り込まれていたら逃げられなかったでしょうね。
身分証は使うことはないけど、念のために廃棄した方がよさそうね。
……なにを後生大事に持っていたのよ。未練がましいわ。次元収納のゴミ置き場に投棄しておきましょう。
「父さん、背中に乗せて。一気に外に出るわ」
「そこはポチじゃないのか?」
「娘を背中に乗せられるのよ。泣いて喜びなさい」
「え……変態親父って言ってなかったか?」
「分かったわ。ポチ、変態親父を追い出して」
「「がうっ!」」
「酷い!」
「自業自得でしょ。さっさと帰って」
「うう……」
「さ、ポチ。行きましょう」
ポチが首の後ろから現れて、ポンッと飛び降りると元の大きさに戻った。
「う……ううう、うー」
するとそれまで大人しくしていたモナカが騒ぎ始めた。
「モナカ? どうしたの? ポチが怖いの? 大丈夫よ。怖くないわ」
「あうう、うー」
どうしたのかしら。さっきまでぐったりとして殆ど動かなかったのに、ポチが出てきたら急に暴れ出したわ。
暴れるといっても、芋虫みたいにモゾモゾする程度なんだけど。それでも今のモナカにとっては大暴れでしょう。
声もあうあう言うだけだけど、凄く荒げている感じがする。でもなにが言いたいのか全然分からないわ。
「ごめんなさい。少しの間我慢してね。さ、一緒に帰りましょう」
本当はモナカを背中に跨がらせて、後ろから抱えるようにして乗ろうと思ったんだけど、こうも暴れられると無理そう。だからモナカを担いだままポチに飛び乗った。
さあ、私に必要なものは全て手に入れたから、もうここに用は無いわ。これがあれば私でもモナカを充電できるはずだもの。
父さんの元に帰りましょう。
人目を気にする必要もない。大勢の人が騒ぎ立てているけど気にしない。どうせこの人たちは今日明日の命。無視してしまえばいい。
進めば勝手に人々は道を大慌てで空けてくれる。転んで怪我をしようが関係ない。車同士がぶつかって事故ろうがどうでもいい。怪我人が出ようが死人が出ようが、構うことはない。
……怪我はしたでしょうけど、死んではいないわよね。多分、人を撥ねている車は無かったはず。
……気にしているんじゃないわ。やっぱり、目の前で死なれたら寝覚めが悪いじゃない。大丈夫……よね。
来るときに通ったゲートを一気に飛び越える。男が言っていたように、あいつの顔が見当たらない。
……気にしたわけじゃないわ。ただの確認よ、確認。
………………はぁ。
少し落ち着いたモナカを私の前に座らせた。すると又モゾモゾと暴れ出した。
後ろから覆い被さるようにしてモナカを押さえてポチにしがみ付く。
……ふう、こうしていると落ち着くわ。じゃなくて、冷えているモナカの身体を温めているだけよ。それだけよ。
もう人々の声は聞こえない。姿も見えない。二人っきりの時間……なんて甘い時間じゃないわね。
モナカ……生きていた。でもこれじゃ生きているなんて言えないわ。なんとかならないかしら。
……なるほどね。CPUを止められているのか。
未実装命令を利用してのフリーズ? ははっ、人のことを懐古主義と言っていたわりにはやり方が古典的なのよ。これじゃ復帰命令も受け付けないわね。
手段は1つ。リセットして再起動……か。でもそうするとタイムも動き出すのよね。
(そのくらいいいのよ。モナカが動けるようになるのよ)
それはそうだけど。
(再起動させればいいのよ。簡単なのよ。そうのよ、エイル)
いいえ、私は那夜よ。
(ふん、那夜ならもっと簡単なのよ)
そんなことないわ。身体は魔素だもの。
(父さんに元素の振りをする身体を貰ったのよ。簡単のよ)
そんなの、分からないじゃない。
(やる前から諦めてどうするのよ? そういう人が嫌いで研究室では孤立してたのよ。忘れたのよ?)
あいつらが低能過ぎて付いてこられないからよ。あんな簡単なこともやる前から諦めているんだもの。だから嫌いなの。
(再起動だって簡単なのよ)
簡単じゃないわ。私には……無理よ。
(っはははははは。出来ない振りをするのはもっとダメなのよ)
「五月蠅いっ! 振りなんかじゃないわよっ! はぁ、はぁ、はぁ、あっ! ごめんなさい。モナカに言ったんじゃないわ。耳、大丈夫だった?」
…………やっぱり反応してくれない。あうあうしているだけだわ。
おトイレとかお風呂は慣れているから大丈夫だけど、ご飯とか食べられるのかな。
く、口移しで、食べさせないと、ダメ……かしら。モナカ……食べてくれるかな。
次回、犬は舌の裏で水をすくって飲みます