第142話 改良という名の勘違い
マズいのでございます。わたくしがちょっかいを出すことで均衡を保っていた偽侵食君同士の争いが、形勢が一気に傾いてしまったのでございます。
とにかく、この部屋から逃げられないように換気口を……あっ! エイル様が壁に大穴を開けておられたのでございました。万が一に備えて塞いでおかなければならないのでございます。お量さん10体も使えば塞げるでございましょうか。これは少し痛い誤算でございます。
ああ、もう決着が付いたのでございますか。抗偽侵食君がほぼ駆逐され、女の意思がほぼ喪失しているのでございます。わたくしに詫びさせると息巻いていたのですが、ただの傲慢な小者でございましたか。
もう少し時間稼ぎをしてほしかったのでございますが……
『次は貴方なのです』
『お断りさせて頂きたく存じるのでございます』
『試験体第2390号を取り込むのです!』
『試験体だと?! ふざけるなっ! わたくしのことは実験体第1号その2と呼びなさいっ!』
勿論、その1は兄様なのでございます。颯爽と現れ、「実験体1号、その1!」「同じく、その2!」とポーズを決めながら口上を述べ、後ろでは色付き煙幕が湧き上がるのでございます。ああっ、なんて素敵なシチュエーションなのでございましょう。
悪に染まった実験体2号を倒すべく、共に戦う秘密結社……素敵なのでございます。
そして最終的にはわたくしたちに改造手術を施した博士に復讐を遂げるのでございます。
そう、まさしく今この場のことなのでございます!
『ふあふあふあふあ。自ら実験体を名乗るのです? しかし残念なお知らせです。貴方は、実験体に、相応しく、ないの、です』
『なんだと?! なにが不服というのだっ』
『貴方の魔科学法は中々素晴らしいと思うのです』
『ふんっ。褒めてもなにも出んぞ』
そもそも魔科学法ではなく錬金術なのでございます。基礎魔科学法は習いましたが、修めるほどではないのでございます。
『ふあふあふあ。だからこそ、実験ではなく試験にはもってこいなのです。貴方のオリジナルと僕の第2389号では、あまりの多勢に無勢で勝った気がしないのです』
『ほう、意外と冷静なのだな』
『探求者とは、常に冷静でなければならないのです。事実のみを受け入れ、再現性の無い物は排除するのです』
『そうか……』
『そうなのです』
『だが残念なお知らせがあるのでございます』
『……残念です?』
『はい。申し上げても宜しいでございますか?』
『ふあっ。必要ないのです』
『ありがとうございます。残念なお知らせというのは、多勢に無勢ということなのでございます』
『必要ないと言ってるのです』
『存じてございます。再現性の無い――』
『必要ないと言っているのですっ。貴方……常識が欠如してるのです』
『……貴方様に仰られたくないのでございます……』
『……なんです?』
『いえ、なんでもございませんわ。おーっほほほほほ。ただ、残念なことに手持ちの侵食君はそこに残っているので最後なのでございます』
『1号君に残っているのです』
『残念ながら、あのお方に残させて頂いているものはオリジナルではございません。もっとも、正確には貴方様が戦われた侵食君もオリジナルとは言えないのでございます』
あれ以上侵食しないように改変したものでございますから。
『どういうことです?』
『貴方様には見つけられない、解除できない枷があるということでございます』
『そんな物は無いのです。僕は完璧に理解し、既にこれは僕のオリジナルなのです』
なんと浅ましい、厚顔無恥な男なのでございましょう。
『上辺だけ理解し、本質を知らず、少しだけ改悪した物を自作品とは言わないのでございます』
『改悪です? これは改良なのです』
『安全を度外視し、素材をケチって安上がりにし、手抜き作業で作った粗悪品は、本物には勝てないのでございます』
『量産を見込んだ節約なのです。問題は無いのです。事実、貴方は僕に手も足も出ないのです』
『では、試してみるが宜しいのでございます。貴方の偽侵食君はいまだにわたくしの侵食君を駆逐できていないようでございますが』
『ふあっ。後回しにしていただけなのです』
『そうでございましたか。ですが、偽侵食君は侵食君より美味しそうな物を見つけたようでございますよ』
『……なんです? な、なんです!』
『わたくしは無差別と申したはずでございます』
やはり押さえるべき因子でございますね。
次回、無差別の対象について