第141話 しないのではなく、やらない
『おい男』
『なんです? 僕に語りかけてくるのは誰です』
『ふん、貴様が改造した侵食君の創造主だ』
『侵食君とはなんです?』
『貴様が我が愛しの兄様より奪い取った細胞の一部だ』
『奪い取ったです? なんの話です』
『惚けるつもりか? 先ほどここから脱さられた高貴なるお方の小指から奪った細胞のことだ』
『高貴なるお方……とはなんのことです? 小指から奪った……とはなんのことです?』
惚けている……訳ではなさそうでございます。先ほどの男とは別人……なのでございましょうか。あのとき取り込んだ男で間違いないはずなのでございます。
改造したのはそこに立って苛立っている男の方ということで……いえ、どういうことでございますか!
そこの男があの男のクローンだとしても、同位体の数や培養による成長の差異など、細かな違いというものが必ずあるのでございます。でございますが、この男にはそのような差異が全く見受けられないのでございます。クローンではなくコピーということでございますか。
ならばどちらも同じ記憶を持っていやがられるはずでございます。
……そうでございますね。
『実験体から採取した細胞を変質したのは貴方様でございますか』
『……ああ、あれのことです?』
やはりそうでございましたか。これは……わたくしの精神が削られそうでございますね。
『その侵食君の細胞を製造したのはわたくしなのでございます』
『ふあふあふあ。わたくしというのは、そこの鉄人形のことです?』
『鉄人形はわたくしの創造物でございます』
『ふあっ』
『わたくしはその鉄人形の中にいるのでございます』
『ふあっ』
くっ、一々腹の立つ笑い方をしやがられる野郎なのでございます。
うう、胃がキリキリと痛んできたのでございます。
『そして僅かに残されていた侵食君を通して貴方様に話しかけているのでございます』
『ふあっ。中々面白いのです。その〝わたくし〟が僕になんの用です』
『貴方様のその技術をご教授願いたいのでございます』
『ふあっ。貴方……僕になにを教えろというのです?』
が、我慢なのでございます。
『わたくしの侵食君に身体をこのように変質させることは出来ないのでございます。あくまで敵を倒すための兵器でございます。取り込み、操るようなことは出来ないのでございます』
『ふあっふあっ。なるほどなるほど……そういうことです。いいのです。ですが、その前に試験体を最終段階に進めるのです』
試験体? まさかここから兄様に……いえ、兄様は実験体、試験体ではないのでございます。
…………ああっ! わたくしは兄様のことを実験体などど申してしまったのでございます! この罰はいかようなものでも受ける所存でございます。でございますから、もう少し耐えるのでございますっ。
『最終段階でございますか?』
『ふあっ。貴方が押さえている因子を解放するだけなのです』
『……なに』
こいつはアレを解放するというのかっ。
『貴方……オリジナルの製造者と言ったのです?』
『……左様でございます』
『ならば僕から教わることなどないのです。何故なら、僕は貴方が押さえている因子を解放しただけなのです。貴方は意図的に出来ないようにしているだけです。貴方は出来ないのではなく、させないだけなのです』
チッ、さすがにそのくらいは分かっていやがられるのでございますか。
ですがそれは戦争法で禁じられている行為なのでございます。わたくしには開放させられないのでございます。
『いえ、させないのではなく、出来ないのでございます』
『ふあっ。ならば僕が今、最後の因子を解放するのです』
『その因子を解放すれば、無差別に襲うようになるのでございます。あちらにいらっしゃりやがる取り込まれていない貴方様も襲うようになるのでございます』
『ふあっふあっふあっ。大した問題ではないのです。さあ第2389号君、やるのです!』
『貴方だけではございません。ありとあらゆる生物が対象となるのでございます。そんな物が解放されれば、この都市くらい簡単に飲み込まれてしまうのでございます』
もっとも、半減期も1時間ほどになってしまうので現実には無理でございましょうが。とは申しても、この部屋に居る生物には十分危険なのでございます。
『問題ないのです。さあ、解放……です!』
次回、表裏一体?