第137話 全部知っている
「行くわよ」
「きゃっ」
回っていた岩の半分が壁に向かって勢いよく飛んで行ったわ。うわ、壁が一溜まりも無く壊れて大きな穴が開いちゃった。
役目を終えた岩がゆっくりと戻ってきて再び回り始めている。
この人、かなり強い? 私に同じことが出来るかな。
壁に開いた穴から彼女と共に廊下に出る。
幾ら鉄人形で扉が埋め尽くされているからって、強引だなぁ。でもその廊下にも鉄人形が沢山居るわ。
「邪魔よ」
彼女が手を前に伸ばすと、風が巻き起こって鉄人形が壁際に押しやられて道が出来た。
あ、そうだ。
「ね、貴方の名前はなんて言うの? 私は子夜時子っていうの」
「…………」
なにも答えず、出来た道を走り始めた。
私もモナカに手を引っ張られる形で走り始めた。
鈴と運ぶ君もちゃんと付いてきているようね。
「教えてくれないの?」
「五十三那夜よ」
那夜? 何処かで聞いたような……
あっ、確かエイルさんのミドルネームが〝ナヨ〟だったはず。
「へぇー、私の友達にもナヨって子が居るんだ。ミドルネームだけど」
「それ、誰に……いえ。友達……なの?」
「ええ。今は訳あって離れているけどね」
「そう……なんだ」
「そうなの。彼女を探して、連れ帰らないといけないの」
連れてこられたときに通ってきた通路の扉が壊されている。
やったのはナームコさんね。
「探しているの?」
「そ。行き先も告げずに居なくなったから、探すのが大変!」
「だったら縁を切ってしまえばいいのよ」
「そんなこと出来ないよ」
階段を上った先の扉は壊されていなかった。
壁みたいにこじ開けるのかと思ったら、普通に開いた。
お義姉ちゃん? それとも那夜さん?
「その子の方は縁を切って出ていったんでしょ。放っておけばいいわ」
「そうもいかないわ。うちの船長代理が〝絶対連れ戻す〟ってその子の母親と約束したからね」
「船長代理?」
「そ。〝船長はエイルだから〟って。あ、エイルっていうのはその子の名前ね」
「そう。代理……なんだ」
あれ、顔は見えないけど、声がちょっと嬉しそうな気がする。
「色々探し回って、ここが最後の希望だったんだけど……」
「だけど?」
「…………ううん。その子、ここに居るみたいなの」
「どうして……そう思うの?」
「その子の親友……私のお姉ちゃんなんだけど、お姉ちゃんがね、ここに居るって言っているんだ」
「親……友?」
「そうよ。2人はとっても仲が良いの。だから必ずここに居る」
「そうなんだ……ふっ」
今、笑った?
「ね、五十三さんは――」
「那夜でいいわ」
「那夜さんはどうしてモナカを連れて行くの?」
「…………」
「モナカとはどういう関係なの?」
「…………」
「モナカとは何処で知り合ったの?」
「…………別に。面白い物が搬入されたって情報があったから、盗みに来ただけよ」
「盗みに?」
「ええ。私にとって有益な検体だから連れて帰るの。だから貴方には渡さないわ」
「検体……」
久しぶりに聞いた気がする。
モナカのことを検体って呼ぶ人を、私は1人しか知らない。
「そう。そういう意味では私はさっきの男と同じ。貴方の敵ってとこかしら」
「敵……とは思えないわ」
「どうして?」
「だって、お義姉ちゃんが騒がないんだもの。もし本当に貴方が敵なら、絶対騒ぐはずだわ」
本当は別の理由なんだけどね。まだアイコンが溶けたままなのよ。……溶けているのはアイコンだけだよね。
「! 貴方のお姉さん、動けるの?!」
「え? ええ」
「じゃあやっぱりあれは……はっ、モナカ? モナカ!」
急にどうしたのかな。
でも〝動ける〟? やっぱりモナカのことを前から知っているんだわ。そしてお姉ちゃんとの関係も。
「モナカっ!」
「動けるのはお姉ちゃんじゃなくてお義姉ちゃんなの。だからまだモナカも動けないわ」
「……お義姉ちゃん?」
「えーと、お姉ちゃんが動けなくなったときに、お義姉ちゃんが動けるようになるんだって」
「つまり、非常時に動き出すバックアップ?」
「あー、そんなこと言ってたような気がする。私には2人の違いが分からないけど」
やっぱりそうよ。この人、全部知っているんだわ。
次回、忍法影分身