第126話 こんなこともできないの?
これ、時限発動型のウィルスね。こんな物仕掛けていたのか。あの子、気づかなかったんだわ。
復元だとウィルスまで書き戻しちゃうわね。なら。
「[隔離]」
後は隔離したプログラムを削除して、手作業で必要な物を書き戻せば……
「どう?」
「はい。状況確認します」
「そんな暇無いわよ」
「ふあふあふあふあふあふあ。しぶといのです」
もう復帰したの?! チッ、本当に面倒なヤツ。
「それは私の台詞よ」
「ふあふあ。まだ続くのです」
「ひゃあ!」
今度はなに!
メッセージウインドウで〝愛してる〟? わっ、どんどん増えていて邪魔だわ。これ、ジョークプログラムじゃない。
「ちょっとウィルスに弱すぎない?」
「ごめん……なさ……」
「いいわ。私が直接検閲するから、貴方は復旧して」
「そ……が、大……の〝愛……る〟が……荷になっ……、……理が出……せん」
「もういい。私が全部やる」
「…………い」
はぁ、私としたことが感染に気づけなかったなんて。こんなことなら上書きじゃなくてクリーンインストールして、ドライバも新規作成すればよかったわ。流用なんてバカやっちゃった。あの子に悪いことしたわね。
「ふあふあふあふあふあふあ。所詮機械なのです。さあ、これでフィナーレなのです」
「なにを仕掛けたの!」
「分からないです? 直ぐに分かるです」
くっ、面倒くさい物を仕掛けてくれたわね。〝愛してる〟でどんどんメモリが食われていくわ。地味だけど厄介ね。幾ら消してもそれ以上に発生してくる。素直に破壊してくれた方が楽だったのに!
うっ、キー入力の基本処理まで遅延し始めたわ。ええい、面倒くさい! 古典的だけど延命処置をして、そうしたら直接メモリアクセスしてやるっ!
「…………何故です。何故まだなにも起こらないのです」
「はあ? なんの話?」
「ハードウェアの暴走が始まってもいい頃なのです。何故始まらないのです!」
「ああ、そのこと。安心して。まだ発動まで時間があるわ」
「どういうことです! もう疾っくに起こっている時間なのです。手首くらい落ちててもおかしくないのです」
「バカね。そんなことも分からないの? 貴方……頭が足りないんじゃなくて最初から無いのね」
「巫山戯ないのですっ!」
「あっはははは! あのね、ウィルスといえども所詮プログラムなのよ。CPUが処理して初めて動くの」
「そんなことは知ってるのです。〝愛してる〟は影響しないようになってるのです。なのに何故なのです」
「ここまで言って分からないなんて。っくくくくくく。さて、発動前に処理が終わったわよ。これでもう貴方の仕込んだ物は何一つ機能しないわ。調子はどう?」
「はぁぁぁぁぁぁぁぁいぃぃぃぃぃぃぃりぃぃぃぃぃぃょぉぉぉ――」
「あ、まだ戻してなかったわね。ごめんごめん」
音声波形生成はCPUが処理しているから追いついていないようね。速度を元に戻して……っと。
「――う好です。ありがとうございます」
「まさか……まさかまさがさかさかさかまさか! 貴方……行動速度を落としていたのです?」
「あら、気がついちゃったみたいね。そう。CPUの行動速度を限界まで下げたの。でもその答えじゃ50点にも満たないわよ」
「どういうことです」
「1人で全部やらせた。これで更に遅らせたのよ」
「……なんです?」
「あら、時分割処理も知らないの? 不勉強ね」
マルチコアが当たり前の世界なら、そんな古典的な処理、知らなくて当然か。
私がわざわざ処理ルーチンを書き足したくらいだもの。
「時分割処理……知っているのです。今や言葉しか教本に載っていないのです。貴方……やはり懐古主義者なのです。しかし、そんな古典的な手法でウィルスの侵攻を遅らせたのです! むぐぐぐぐぐ! 侮りがたいのです」
「古典的な方法でも、効果は絶大なのよ。記憶速度は変えていなかったから介入は簡単だったわぁ」
「そこです!」
「え、何処?」
「書き換えをするにもCPUが処理をしなければならないはず」
「っはははは。[DMA]くらい出来なけりゃシステムエンジニアなんて名乗れないわよ」
「DMAチップなんて載せていないはずです」
「なに言っているの。私がDirect Memory Accessしたのよ。ハードウェアなんて要らないの。おわかり?」
「……意味が分からないのです」
「あっそ」
「お姉様、終わりました」
「ご苦労様。今度はちゃんとやれた?」
「はい。ご迷惑をおかけしました」
「気にしなくていいの。私も……その……」
「今度はなんです!」
「……チッ。あら、察しが悪いわね。短期記憶装置の次は長期記憶装置に決まっているでしょ。これで貴方の手を完全に離れたわ」
「貴方……一体何者なのです」
「ただの政治家秘書よ」
「嘘なのです。たかが一秘書に収まる力ではないのです」
「そこは納得しておきなさい。とにかく、モナカとその指は返してもらうわよ」
「嫌なのです。納得できないのです。これは僕の物なのです。貴方の物では無いのです。誰にも渡さないのです。守備隊はなにをしているです。マーピィ警虎はなにをしているです。さっさと侵入者を捉えるのです」
「んんんんん、んんんんんっんんん!」
「使えないのです。ゴミなのです」
ブツブツ五月蠅いわね。私から目を離すなんて、集中力が足りないわよ。
指は[第3の腕]で回収しておきましょう。私久には見えないから、気付かれることもないわ。
「お姉様」
「分かっているわ。鍵は掛けてあるから、奥に行きましょう」
「でも出口はここしかありません」
「はぁ……気が重いわ。それは後で考えましょう。今はモナカよ」
「はい」
次回、自分すら使います