第119話 待っている間に
お義姉ちゃんは隠れていてって言ってたけど、何処に隠れればいいのよ。
はぁ……
「設置が終わりました」
「あっ。お帰りなさい。ふあっ」
「ただいま。眠いのですか?」
「ん、少しね」
感覚的にはもう夜になっていてもおかしくないんだけど……はふっ。
地下だから時間感覚がおかしくなっちゃったのかな
「それもそうですね。では、後はエイルさんが掛かるのを待ちましょう……時子さん? なにをしているのですか?」
「ん? 腹が減っては戦ができぬって言うでしょ」
「睡眠欲の次は食欲ですか。性欲は我慢して下さいね」
「なに言っているのよっ!」
「人間の三大欲求ですよ。人を好きになるのは性欲の表れというじゃないですか」
「聞いたことないよっ!」
「マスターに色目が使えないからって、その辺の男で済ませないで下さいね」
「済ませないわよっ! って、モナカに色目なんか使ったことないわよっ!」
「私はあの日の夜のこと、忘れていませんからね」
「あの日って……だ、だってアレは私の意思じゃ――」
「お静かに。見つかったらどうするんですか」
「お義姉ちゃんが変なことを言うからでしょ、もぅ。んと、木を隠すなら森の中。人が沢山居るところの方が見つけづらいかなって」
「その割にはあまり人が入っていないようですが」
「そうなのよねー」
ご飯時過ぎているのかな。それとも人気のないお店なのかな。
「でもここって、日本とあまり変わらないわね。強いて言うなら店員さんが無愛想なことくらいだわ」
スマイルは有料なのかしら。
「珍しいですね。サンドイッチとポテトとカフェラテですか?」
「これなら持ち運びも出来るでしょ」
「お皿に盛られたサンドイッチとポテトにティーカップのカフェラテがですか?」
「うぐっ。お皿に盛られて出てくるとは思わなかったのよ」
カウンターで注文するからファーストフード店だと思ったのに、ファミレスだったみたい。
「こら、ポテトを咥えたまま喋らない」
「むぅー、お母さんみたいなこと言うー」
喋るとポテトが上下に揺れる。それを見つめながらお母さんがポテトを揚げている姿を思い出していた。
お母さんか……元気にしているかな。
「誰がお母さんですか」
「お義姉ちゃん」
「もー。ほら、テーブルに突っ伏さないの」
「だってぇー」
ポテトをプラプラと上下に揺らす。
出てきた頃はカリカリに揚がって立っていたけど、もうすっかり冷めてシオシオになってしまった。
今の私みたい。
「テイクアウトにしないからそうなるんです」
「そっかぁ」
「とにかく、目立たないで下さい」
「ふぁーああっ!」
大きく口を開けたからポテトが落ちてしまった。
「もー、行儀が悪いですよ。それと返事は〝はい〟」
「はい……やっぱりお母さんだ」
「違いますっ」
「ふふっ」
「あ、こら。落ちたポテトを拾って食べない!」
「床に落ちたわけじゃないんだから大……丈……夫よ、ふあああああっあ」
本当にお母さんみたいだ。
それにしても眠いな。結構経ったと思ったんだけど、まだ外は明るいのよね。そもそもここって地下だし、暗くなるのかな。
「もー。ふっ、でもある意味人が少なくてよったですね」
「どうして?」
「だって今、時子さんは誰が見ても独り言をつぶやいているヤバい人ですから」
「ぶっ!」
「ああ、もう。ポテトを吹き飛ばしたら汚いですよ。全く、子供なんですから」
「ぶー、お義姉ちゃんが子供にさせてるんでしょ」
「はいはい、人の所為にしない」
「返事は〝はい〟……でしょ」
「ふふっ、そうでしたね」
「ふふふっ。それで? この後どうするの?」
「待つしかありません」
「待つだけ?」
「はい。今の私ではタイムみたいな自由はありませんから」
少し残っていたサンドイッチを口に放り込む。
「ほへはんぶぁへぼ」
「食べ終わってからにしなさい」
「むぅ。もぐもぐもぐもぐもぐもぐ………………ごくん。それなんだけど、どうしてお姉ちゃんはエイルさんのところに行かなかったのかな。身分証で繋がったときに会いに行けたんでしょ」
「デイビーさんの件がありましたから、怖かったんですよ」
「デイビーさんの?」
「はい。魔素がなければ生きていけない。そんなところに身分証がある。本人が生きているなんて考えられませんからね。一人で会いに行くのが怖かったんですよ」
「だから今も会いに行かないの?」
「まさか。今となっては怖がっていたタイムをぶん殴りたい気分です」
「ぶん殴るって……」
「マスターをこんな目に遭わせてしまうことに比べたら、些細な問題です。タイムはバカですよ。死んで詫びを入れろって話です」
「言い過ぎよ」
「言い足りないくらいです」
鼻息を荒くして、本当に言い足りないみたい。
次回、昔々浦島は……