第109話 無意識を意識する
床に這いつくばって鼻をひくつかせて……なんて醜い犬なのかしら。
自分で言っておいてなんだけど、言わなければよかったわ。
でも目的のものは渡したわけだし、今度は貴方の番よ。
「ほら、さっさと寄越しなさい」
「貴方、せっかちなのです」
「御託はいいから!」
「ふむ……そうです。実はここには無いのです」
「騙したわね!」
「騙してなどいないのです。私はここにあるとは一言も言っていないのです」
くっ、そう言われればそうね。
「だから渡せないと? なら契約は不履行。返してもらうわよ」
「おや? 私が返すと思っているのです?」
「なら、力尽くで」
「くかかかかかかか! 気が早いのです。ここにはありませんが、無いとは言っていないのです」
「御託はいい。死になさい」
「なんです!」
「きゃあ!」
「なっ……」
男がいきなり燃え上がったかと思うと、足首から下を残して一瞬で消え去った。
人体発火というヤツね。聞いたことはあるけど、見たのは初めてよ。
「な、なにが起こったの?」
「那夜ちゃんがやったのかい?」
「変なことを言わないで。私は……なにもしていないわ」
「一体なんなのです」
「……へ?」
「まさか……」
ん?
「きゃあああああああああああっ! なになになにどゆことどゆことどゆこと?!」
おかしいわね。
今部屋の奥の扉から出てきた男は、今し方目の前で一瞬にして燃え尽きたと思うのだけれど。
足首も残ったままだわ。その側に毒素の結晶も落ちている。
新しく現れた男は、その結晶を摘まむようにして拾い上げた。
しまった。回収するのを忘れていたわ。
「貴方、クローンなの?」
「クローンです? そんな文献でしか残っていない古い技術など、知らないのです」
「あら、意外と不勉強なのね」
「より優れた技術があれば必要ないのです」
「そう? 意外と古い技術も便利なものよ」
「貴方……懐古主義者なのです?」
「違うわ。それで? 貴方は何人目なのかしら」
「おかしなことを言うのです。私は1人目なのです」
「ならさっきの男が2人目なのかしら」
「さっきの男とは誰のことです?」
「貴方の前にここに居た男よ」
「私の前に居たのは清掃員くらいなのです。男か女か知らないのです。貴方は知っているのです?」
「私だって知らないわよ。さっきここで燃えた男のことよ」
「それは私のことです?」
「そうよ」
「私なら貴方の目の前に居るのです」
「だから……はぁ、もういいわ」
こいつと話していると頭が痛くなってくるわ。
「探究を諦めるのは愚者のすることです。貴方は私の助手にふさわしくないのです。さっさと出て行くのです」
「ふざけないでっ! 足りない物を寄越しなさいっ」
「ああ、そうです。足りない物は、貴方のおつむなのです」
「死――」
「那夜! そこまでにしておきなさい」
「父さん? いきなり出てきてなんの話よ」
「そこに残ってる足首、誰がやったと思ってるんだ」
「なによ。父さんがやったとでも言うの?」
「父さんじゃない。なぁ那夜。那夜はまだ魔法を上手く扱えていない」
「分かっているわよ。わざわざそれを言いに来たの?」
「だから無意識に魔法が発動してしまうんだ。分かるな」
「火球のこと?」
「無意識をコントロールできるようになるまで感情を高ぶらせるな」
「無意識なんだからコントロールできるものではないでしょ」
「そう思っている時点で魔法を使う資格は無いぞ」
「そっ、それは……」
確かに魔法は科学の常識を覆す道具だ。そういう意味では無意識を意識的にコントロールすることも可能……なの?
「そこの男だからよかったが、奈慈美ちゃんやこっちの男だったら悔やんでも悔やみきれないだろ」
女の名前は覚えているのに男の名前は覚えていないの? この変態親父め。
男にだってちゃんと…………名前があるのよ。
次回、趣味が悪すぎる