第108話 結晶
まさかこんな簡単に|MC-DCコンバーター《魔力-電力変換器》が手に入るとは思わなかったわ。
さっさと帰って動作確認しましょう。これが使えるようになれば……なれば……はぁ。
「待つのです」
「は? なに」
急に私の方に身体を向けてジロジロと舐め回すように見つめてきた。
出て行けと言ったり待てと言ったり。なんなのよ、こいつ。
「貴方……なにか隠しているでしょう」
「隠していないわ」
隠していないというのに、男は立ち上がると私に近寄ってきた。
触ってきたら殴り倒してもいいよね。
「くんくんくん……」
臭いを嗅いできた?!
これはアウト? アウトだよね。
殴ってもいい? というか殴り倒しましょう。
「いやいや、この芳しい匂いは隠せないのです。貴方……の腰から匂ってくるのです。とても心躍る匂いなのです」
「は? 腰?」
腰には詠唱銃とその弾が入った充魔用ポーチくらいしかないわ。
火薬なんて使っていないから、臭うようなものはなにもないのよ。
「それを置いていくのです」
「お断りよ」
「何故です? 私は貴方に差し上げたのです。今度は貴方の番なのです」
「そんな決まりはないわ。さようなら」
……あら? 扉が開かないわ。
「無駄です。私の権限で鍵を掛けたのです。私の許可が無ければ開けられないのです」
なに勝ち誇った顔をしているのかしら。
勘違いにも甚だしい。
「そんな物要らないわ」
こんなもの、ちょっとクラッキングすれば……ほら、簡単に開くもの。
「さようなら」
「な、なぜです?! 何故開くのです! 貴方、一体なにをしたのです!」
っはははは。中々面白い顔をしてくれるじゃない。いいわぁ。その驚愕に満ちたあり得ない物を見るような顔。焦り散らかしてバタバタした態度。ちょっとグッときちゃうわぁ。
で・も、答える義理は無いの。
さ・よ・う・な・ら。
「待つのです! 貴方に渡したものは不完全なのです」
不完全ですって?!
前世では文献でしか見ていなかったから、完全なものを知らないのよね。
これだって大分文献と構造が違う。それでも携帯できる|[MC-DCコンバーター《魔力-電力変換器》ということだけは見れば分かる。
足りないもの……調べてみないと分からないわね。
「取引をするのです」
「取引?」
「貴方のその腰にあるものと交換なのです」
「これを渡すことは出来ないわ」
「私が欲しているのは、それに使われている核なのです」
「核?」
ああ、父さんに貰った毒素の結晶ね。
男に聞こえないように、小声で父さんに頼んでみましょう。
「ポチ、父さんに繋げて」
「わん!」
「那夜ちゃわーん! 父さんになにかご用かにゃぁぁぁぁぁぁあああ?」
……誰?
「ポチ、父さんに繋げてって言ったのよ。変態親父に繋げてとは言っていないわ」
「酷い!」
こんなだらしない顔をポチにさせて……不憫だわ。
でもポチだから見るに堪えられるわね。本人だったら殴り倒している自信があるわ。
「私の父さんは蜂蜜に砂糖とアスパルテームとアセスルファムKとスクラロースとサッカリンと酢酸鉛とネオテームとアドバンテームを混ぜたような甘ったるい声を出すような人じゃ…………犬じゃないわ」
「犬じゃないよ! というか、中毒物質が混ざってないか?」
「変態にはちょうどいいでしょ」
「酷い!」
「いいからさっさと毒素の結晶を寄越しなさい!」
「…………用事ってそれ?!」
「他に無いわ。さっさとして」
「はぁ……父さんは悲しいぞ。ほれ」
ポチが次元収納に首を突っ込むと、小指の先くらいの小さな結晶を咥えてきた。
それを受けとり、男に見せる。
「これのことかしら」
「おお、おおおおお!」
「男に貢ぐためなの?!」
「五月蠅い黙れ! 気づかれる前にさっさと帰れ」
「なんという、なんと素晴らしいのです!」
「那夜……趣味が悪くなったな」
「首をもぐわよ」
「やめてっ!」
「この芳醇で脳をくすぐる官能的な匂いを、私は未だかつて嗅いだことが無いのです」
あっそう。
これ、そんなに臭うかしら。
クンクン……? クンクン…………なにも臭わないわ。
あいつの鼻、どうなっているのかしら。ニヤけた顔も気持ち悪いわね。
「それをよこすのです」
「貴方が渡すのが先よ」
「貴方が先なのです」
それまで戯けたような顔が、一瞬で真顔に変わった。声も落ち着いている。さっきまで歓喜に満ちて心躍っていたくせに、それが微塵も感じられない。
チッ、仕方が無いわね。
「はい」
ポイッと男に向かって放り投げてやった。
「なっ、と、はっ、ああっ」
下手くそ。
「ど、何処に行ったです?」
「那夜、乱暴に扱うなと言っただろ」
「まさか落とすとか思わなかったのよ」
「放り投げること自体が乱暴だと言ってるんだ」
「分かったわよ。以後気をつけますっ。これでいいんでしょ」
「那ー夜ー」
「さ、渡したわよ。今度は貴方の番よ」
「私の、わた、わたた、わた……しの……」
まだ見つからないの?
どんくさいわね。
「さっさとしてよ」
「あ、あな、貴方が、ほう、ほ放りなな投げたりすすすすするからです」
「後で拾いなさい」
「何処、何処に何処何処どどど何処にににどにこににに……」
まったく。何処に目を付けているんだか。
ああ、そうだ。
「臭いで探せばいいでしょ」
「そうなのです! すんすん……すんすんすん……おお! あったのです! 貴方、頭良いのです。私の助手になるのです」
「お断りよ」
まったく。可愛げの無い犬ね。
次回、矛盾しているのでは