第100話 一般人ではない
「キョロキョロしない」
「うぐ……」
「胸を張って歩く!」
女はダメね。胸を張ったけど、手と足がピンッと真っ直ぐになっている。もっと自然に歩けないのかしら。手と足が同時に出るよりはマシかしら。
男は女と比べたら落ち着きがあるわね。不安そうな顔だけど、一応普通に歩けている。
全く、どうして私みたいに普通に歩けないのかしら。
建物に入るときも女はキョロキョロと落ち着きがない。
男は気にはしているようだが、目だけに収まっている。女みたいに首ごと動いていない。
そんなことしていたら〝不審者です〟と喧伝しているようなものじゃない。
「そこの3人」
ほら見なさい。
余計な手間が増えたわ。
「見かけない顔だな。何故ここにいる。身分証を提示しなさい」
「み、身分――」
「はい、どうぞ」
「あわわわ……」
静かにしていなさいっ! 全く。
身分証を見せると、怪訝そうな顔が驚いた顔になり、直ぐキリッと引き締まった。ま、当然よね。
「失礼致しました。案内は必要でしょうか?」
「必要ありません。ありがとう。持ち場に戻りなさい」
「ひっ」
「はっ、失礼致します」
「え、えええええー」
いい加減にしてほしいわ。
「貴方、邪魔だから帰ってちょうだい」
「ええっ、静かにしてたじゃない」
この女……あれで静かにしているつもりらしい。
声だけじゃない。
その挙動不審な行動も含まれていることに気づきなさい。一々反応しているんじゃないわよ。
「お兄さん、お姉さんの躾ができていないわよ」
「あ? ああ、すまん」
「お姉さんの五月蠅い口をお兄さんの静かな口で塞いでみたら静かになるんじゃないかしら」
「えっ」
「ちょっっっっ!」
「五月蠅い! 何処が静かなのよ。嫌なら2度とその口を開かないことね」
「ベ、別に嫌じゃないけど……」
「え?」
「あ、そういう意味じゃなくて……だから……その……ひ、拾十が嫌じゃないなら……塞いで……くれても……その……」
はぁぁぁぁぁぁ。
「いちゃつくなら後にして」
「いちゃついてなんか――」
「静かに! 周りが慌ただしくしているわよ」
「う……」
もー、やっぱり連れてくるんじゃなかった。
「なぁ那夜ちゃん。どうして身分証を見せたら簡単に引き下がったんだ? 俺たち、ただの一般人だろ」
「一般人じゃないわよ」
「えっ」
「私たちは今政治家の秘書とその付き添いになっているの」
「どういうことだ?」
「言ったでしょ。改竄するって。でも安心して。用が済めば元に戻すから」
「そ、そうか……すごいな、那夜ちゃんは」
「貴方、もう演じるの止めたの?」
ニヤついた顔でくだらないことを耳打ちしてこないで。
「五月蠅い、黙れ。今はそれどころじゃないの。そんなことも分からないの?」
「私と拾十で扱い違いすぎない?」
「なら黙りなさい」
「うー」
「しかし、さっきから騒がしくないか? 俺たちが侵入したから……じゃなさそうだけど」
「ああ、それは警備員の半分くらいを不法侵入者に仕立てたからよ」
「えっ」
「はあ?! どういうことよっ!」
「うーるーさーい! 私たちと同じで身分を改竄しただけよ。用が済めばそっちもちゃんと戻すわ」
そのためにバックアップを取ったんだから。
「どうして半数なんだ?」
「端末の容量がそれで限界だったのよ。これ以上詰め込むと、他の処理にも影響が出るから。それに取り締まる人も残しておかないといけないでしょ」
「そうなんだ……ふーん」
「拾十は那夜が言ってること分かるの?」
「なんとなくだけど」
「そうなんだ。私は全然。意味が分からないわよ。改竄ってなにって感じ」
「っはは。それは同感だ」
「無駄話をしない。目的の物は近いわよ」
「ああ」
「うぐ……」
そう。
この隔壁の向こうにある通路の先。
その倉庫に眠っているはず。
壊される前に早く救出しなきゃ。
次回、コスプレは目立つもの