目覚め
サイレンの甲高い音が、廃墟の静寂を切り裂いていた。
立ち入り禁止のテープが張り巡らされた郊外の旧ショッピングモールに、赤色灯の明滅が不気味な影を落としている。
その中心、かつてフードコートだった、だだっ広い空間で、ヤマダは腕を組み忌々しげに眉をひそめていた。
床にはチョークで引かれた白い人型が三つ。
そして、毛布をかけられた生存者たちが四人。
鑑識官たちが慌ただしく行き交い、無機質なシャッター音が断続的に響く。
「……ったく、なんで俺がこんな現場に」
ヤマダは、隣に立つ若い警官にぼやいた。
「俺、安課(生活安全課)なんだけど。万引きとか非行少年専門」
「何言ってるんですか、ヤマダさん」
若い警官は呆れたように返した。
「十年前にこの“人食いショッピングモール”のヤマを踏んでた時、あんたは一課のエースだったって聞いてますよ」
「……るせえな」
ヤマダは苦々しく吐き捨てた。
「そうだよ。この“人喰いショッピングモール”の犯人を捕まえ損ねて、俺は一課から弾き出されたんだ。十年経って、また同じ場所のに呼び戻されるとは、何の因果だよ」
そう言ってヤマダは顎で生存者たちをしゃくった。
「それで? 彼らはなに?」
「ええ、ゴウノ・マキさんと、息子のタケシ君。それからハセガワと名乗る男性と、そこの……」
「そうじゃねえよ」
ヤマダは話を遮った。
「なんでこんな場所にいたのかって聞いてんだ。みんな仲良く、廃墟のフードコートで昼寝でもしてたってのかって――」
「ああ、そのことですか」
若い警官は手帳をめくった。
「供述はバラバラですね。廃墟マニアだとか、肝試しだとか……。特に、肝試しで来ていたというカップルは悲惨です。彼氏くんの死体から、彼女が一歩も離れようとしなくて」
ヤマダの視線の先で、ミオが虚ろな目で毛布にくるまっていた。
その傍らには、白い布をかけられたキタジマの亡骸が横たわっている。
「死因は、腹部を何かで強く打たれたことによる内臓の損傷のようですが、状況がどうも……。それと、あの母親は、なぜここにいたのか、頑なに話したがらないんです」
その言葉に、ヤマダは鼻で笑った。
「……当たり前だろ。言えるわけがねえ」
彼は、若い警官がメモを取っていないような細部を、指を折りながら一つずつ挙げていく。
「人の目がない廃墟。駐車場の死角に停められた一台の車。そして、所持金はほとんど持っていなかったそうじゃないか」
「――それって、心中……ってことですか?」
若い警官が、はっとしたように声を上げる。
「バカ野郎。声がでかいんだよ、お前は」
ヤマダは、母親の方に聞こえないよう、低い声で鋭く叱責した。
「母親に聞かれたらどうする」
「……申し訳ありません」
「まあ、いいさ」
ヤマダは気だるげに首を振った。
「こういうのはな、あとで本署でゆっくり聞けば、嫌でも本当のことを話すことになるんだ」
そう言って歩き出すと、ふと、異様な物体の前で足を止めた。
「……それとさぁ、あのでかい置き石みたいなの何だ? 十年前にはなかったぞ」
フードコートの中央。
そこには、この場所に似つかわしくない、巨大な岩石が鎮座していた。
表面は層状の模様に覆われ、まるで古代の化石のようだ。
誰かが持ち込むにはあまりに大きく、重機を入れた形跡もない。
誰も、それがどうやってここに現れたのか説明できなかった。
「ああ、あれですか」
若い警官がヤマダに答える。
「鑑識の話だと、どうやらあれ、生物の死骸……らしいんですよ」
「は? 生き物? 何言ってんだ、お前」
「自分もよく分かりませんが……。専門家に見てもらわないと何とも。ただ鑑識の生物オタクがいうには。巨大なプランクトンの集まりか何かじゃないかって話です」
「プランクトン? プランクトンってあの海の……? ここ、海から何十キロも離れた陸地だけどな」
ヤマダは、その遺物を、まるで理解不能な現代アートでも見るかのように眺めた。
その時、遠くで救急隊員の声がした。
「少年が目を覚ましました! 意識が戻りましたよ!」
ヤマダは舌打ちし、面倒くさそうに声のした方へ歩いていく。
毛布にくるまれた少年――ゴウノ・タケシが、うつろな表情でゆっくりと目を開けているところだった。
「……おじさん……」
少年が、誰を探すでもなく、虚空に向かって呟いた。
その小さな声を聞き、ヤマダはまたかと溜息をつく。
彼はタケシの目の前に中腰になると、できるだけ事務的な、しかし子供を安心させるような声色を意識して話しかけた。
「えーっと、ゴウノ・タケシ君、だね。良かったよ、目が覚めて。匿名の通報がなけりゃ、君たちを見つけられなかったかもしれない。ここ、何か変なガスでも出てるみたいでさ。危うく全員死んでたかもよ。……それで、なんでこんな場所にいたのかな?」
タケシは、まだぼんやりとした頭で、必死に言葉を紡いだ。
「……おじさんが、助けてくれたんです。黒いスーツを着た、おじさんが……」
その言葉は、まるで都市伝説の怪人の話をするかのようだった。
ヤマダは、警察手帳に書き込むために持っていたペンで、ガシガシと後ろ髪を掻いた。
「……また、この話か」
思わず、心の声が漏れた。
「なんなんだ、ここは。みんなして、集団催眠にでもかかってんのか?」
先に目を覚ましたハセガワと名乗る男も、泣きじゃくる少女も、そして頑なに口を閉ざしていた母親でさえも、事情聴取に対して判で押したように同じ証言を繰り返していたのだ。
黒いスーツの、青白い顔の男がいた、と。
この日、三名の死者を出したこの奇怪な事件は、やがて世間を騒がせることになる。
――『“人喰いショッピングモール”の再来』として。
だが、その惨劇の本当の主犯が、フードコートの中央に鎮座する、あの奇怪な岩石上の生物であったことなど、いったい誰が知るだろうか。
そして、それを人知れず討ち果たした、『黒いスーツの男』がいたという事実を。
事件の終わりを告げるかのように、廃墟には、ただ冷たい風が吹き抜けていた。
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