ブレイク・ザ・ドリーム
そんな神の作る歪な沈黙を破り、アオキが静かに一歩、前に出る。
フードコートの床に散らばる骸を踏む音さえしない、滑るような歩み。
彼は、目の前の冒涜的な存在を、まるで出来の悪い子供でも諭すかのように、静かな、しかし氷のように冷たい声で言った。
「……転生してもなお、人に仇をなす。あなたのような存在を悪童と言うのでしょう」
その言葉が引き金だった。
「悪童だって……?」
オオタの顔から恍惚とした笑みが消え、侮蔑と憐みに歪んだ。
「まだ分かっていないようですね、アオキさん。この世界において、私が『神』なのですよ。あなたが私を処理するのではない。私が、あなたをどうするか、決められるのです」
オオタがせせら笑うと、床に折り重なっていた面無したちの骸が、一斉に蠢き始める。
肉が引き攣り、骨が軋む音を立てながら、それらはまるで磁石に吸寄せられる砂鉄のように、オオタの体へと殺到していく。
肉が盛り上がり、皮膚が裂け、骨格が再構築されていく。
一体、また一体と骸を吸収するたびに、オオタの体躯は何倍にも膨れ上がっていく。
もはやそれは、人の形を留めていなかった。
無数の腕と脚が絡み合い、蠢く、冒涜的な肉塊の怪物。
その中心で、オオタだったものの顔だけが、歪んだ笑みを浮かべていた。
『クハハハハ! 見ましたか、アオキさん! これが神姿ですよ!』
天井に届かんばかりの巨体から、拡声器を通したような声が響き渡る。
『あなたのその小さな拳で、この私に傷をつけられますかな!』
「あなたが、それを望むのであれば」
アオキの挑発的な言動、怪物となったオオタはその巨腕を振りかぶると、フードコートに散らばっていたテーブルや椅子を薙ぎ払い、アオキに向けて散弾のように叩きつけた。
轟音と共に、瓦礫の津波がアオキたちへと殺到する。
だが、アオキは一歩も引かなかった。
彼は背後のマキたちを庇うように立ち、飛来する瓦礫を、ただの拳で、蹴りで、全て正確に撃ち落としていく。
その動きに一切の無駄はなく、まるで精密な機械のようだった。
やがて瓦礫の嵐が止むと、アオキは緩んでいたネクタイをすっ、と締め直し、両袖のボタンをカチリと一つずつ丁寧に留めなおす。
それはこれから神聖な儀式にでも執り行うかのように、静かで厳かな所作。
そして、怪物の顔を見上げ、静かに告げるのだった。
「任務ですので……。少々、私も本気を出すとしましょうか」
『なに……ッ?』
歪な神となったオオタが、初めて焦りの滲んだ声を漏らした。
今まで見せてきたあの圧倒的な暴力が、本気ではなかったというのか。
そんな動揺するオオタなど意に介さずアオキは、大きく息を吸い込むと、まるで弓を引き絞るかのように、右の拳を深く、深く後ろへと引いて構える。
すると周囲の空間が、わずかに陽炎のように揺らめいた。
『馬鹿な! こんなに離れているんですよ、アオキさん! その見え透いたパンチが、この私に届くとでも思っているんですかッ!』
オオタが、自らを鼓舞するように嘲笑の声を上げた、その瞬間。
「えぇ、思っていますとも」
アオキは、静かに、そして絶対的な確信を持って応じた。
その言葉が、執行開始の合図だった。
「――マッハパンチ」
アオキの呟きと同時に、暗闇を切り裂く一筋の閃光が走った。
それは一直線に、音さえも置き去りにして空間を貫いた。
周囲の景色がぐにゃりと歪み、次の瞬間、アオキは巨大な怪物の背後に、静かに立っていた。
『……あがっ、が……』
オオタの口から、意味をなさない苦悶の声が漏れる。
何が起きたのか、全く理解が追いついていない。
「少し、早すぎましたかね」
アオキが、背後から静かにオオタに語りかけた。
「そろそろ、到達する頃でしょう」
『なに……がっ……?』
「衝撃、ですよ」
アオキはそう言うとパチン、と指を鳴らした。
その瞬間、オオタの巨大な体を、外側から凄まじい衝撃波が包み込んだ。
轟音、肉が弾け、骨が砕け、吸収した無数の骸ごと、その巨体は不可視の力によって微塵に分解されていく。
やがて、肉塊の雨が降り注ぐ中、アオキの背後を通り越して、オオタだったものの頭部だけが、どしゃり、と力なく地面に崩れ落ちた。
肉塊の雨が止み、フードコートに静寂が訪れる。
崩れ落ちたオオタの頭部は、その虚ろな目でアオキを見上げ、何かを言おうとわずかに口を開いたが、言葉になる前に砂のようにさらさらと崩れ、最後は黒い染みとなって床に吸い込まれて消えた。
アオキは、その終焉を静かに見届けると、まるで報告書に最後の一文を書き加えるかのように、短く、そして冷徹に告げた。
「任務、完了ですね」
その言葉が、世界の崩壊の引き金だった。
天井の蛍光灯が激しく明滅を繰り返し、ガラスの天窓が音もなく砕け散って、光の粒子となって霧散していく。
壁や床が、その輪郭を保てなくなり、まるで陽炎のように揺らめき始めた。
フードコートのテーブルや椅子、商品棚が、デジタルのノイズを立てながら、一つ、また一つと虚空に消えていく。
「な……なんだ、こりゃ……いったい、どうなってる……!」
オオタに殴られた顔面を押さえながらハセガワが、目の前で起きている超常的な光景に呆然と呟く。
ミオは、ただ震えながらその場にへたり込んでいた。
足元から、自分たちが立っていた現実そのものが、砂の城のように崩れ去っていく。
この世界の全てが霧散していく中で、アオキだけが、何事もなかったかのように堂々と、その中心に佇んでいた。
アオキは崩壊する世界の法則を、見届ける観測者のように。
やがて、生存者たちを、抗いがたいほどの急激な眠気が襲い始める。
それは、疲労からくる眠りではなかった。
もっと根源的な、世界のシャットアウトに巻き込まれるかのような、強制的な意識の途絶。
「どうしたのかしら……急に……頭が……」
そう言ってマキは、その場に崩れ落ちるようにして深い眠りへと落ちていく。
ハセガワ、ミオも、まるで糸が切れた人形のように、次々と意識を手放していった。
「母ちゃん……。いったい……」
タケシだけが、必死に眠気に抗い、この光景を目に焼き付けようとしていた。
「おじさん……」
崩れゆく瓦礫の中で、ただ一人静かに立つ、あの青白い男の姿を。
だが、彼のまぶたも鉛のように重くなっていく。
アオキは、眠りに落ちていく少年に、一度だけ静かに視線を向ける。
その瞳は、どこか穏やかでさえあった。
それが、タケシがこの忌まわしきショッピングモールで見た最後の光景だった。
彼の意識は、深い、深い闇の中へといざなわれるように、静かに沈んでいった。
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