ドリーム・イン・ザ・ゴッド!!
「おじさん……!」
タケシが、安堵と興奮が入り混じった表情でアオキを見上げる。
「一体……どうやって……?」
オオタが、信じられないという顔で呟いた。
「色々とお話したいことはありますが、まずは……」
アオキは周囲を睥睨すると、静かに告げた。
「……掃除の時間としましょう」
その言葉を合図に、アオキは静かに動き出した。
それは歩くのでも、走るのでもなく、まるで影が床を滑るかのような、音のない加速だった。
黒いスーツの残像が、ワックスの光る床の反射の帯を渡り、一つの肉塊から次の一つの肉塊へと、点から点へ瞬間移動するように位置だけが移っていく。
彼の動きは、暴力というにはあまりに静かで、あまりに効率的だった。
拳が閃く。
打突は短く、音は乾いている。
ゴッ、という鈍い音が響くたびに、一つの肉塊が沈黙した。
顔面を打ち抜かれたものは、声なきまま膝から崩れ落ち、顎を斜めに弾き上げられたものは、巨木が倒れるように背中から床へ叩きつけられる。
手に握った刃物の根元を的確に捻られたものは、肩の関節を外され、もはや床を這うことしかできない。
ひとつ倒し、間を詰め、次へ。
その一連の動作には、一切の感情も淀みもなかった。
そこにあったのは戦闘ではなく、ただ目的を遂行するためだけに最適化された、冷徹で一方的な蹂躙に他ならない。
「やっぱり、おじさん、すごいや……」
タケシが感嘆の声を漏らす。
やがて、動く個体がいなくなった頃、アオキは生存者たちの前に戻ってくると胸ポケットから取り出したハンカチで指先を拭い、スーツについた僅かな埃を払う仕草を一瞬だけ見せた。
そして、懐から一枚の紙を取り出し、ゆっくりと広げた。
それは、警察署から持ち帰った、指名手配犯『ムラカワ・ミツヒデ』のポスターだった。
「ありえない……。どうやって戻って来たんですか……」
オオタが怪物を見るような目で動揺する。
「どうも、オオタサン。私は空間を自由に渡ることができるのですよ。ご存じありませんでしたか」
「はっ? えっ、アオキサン。いまなんて? 空間移動、ですって……? 冗談はやめてください。まるで漫画の世界の話じゃないですか」
その狼狽しきった言葉に、アオキは薄い笑みを浮かべた。
「おや、心外ですね。あなたの創り出したこの世界の方が、よほど漫画的ではありませんか? 知っているんですよ。この世界が、あなたの見ている悍ましい夢の中だということをね」
アオキは一拍おいて、言葉を続けた。
「たとえ、夢の世界だったとしても、私の力を行使すれば介入できるのですよ。こうやってね」
「何を……何を言っているんだ、アオキさん! あなたは一体さっきから何を……!」
オオタはアオキを指差した。
「皆さん、この男はおかしい! 気をつけてください、こいつは人間じゃない、怪物だ!。皆さんも見たでしょう。ズボンのポケットから出てきたところを――」
「――私が怪物なら、あなたも同類でしょうに」
そう言って、アオキは手に持っていたポスターを、フードコートにいる全員に見せつけた。
「『オオタ・ミツヒデ』さん。いや……。『ムラカワ・ミツヒデ』さんといった方がよろしいか? このポスターに写っているのは、あなたですよね。」
「えっ……」
その名前にいち早く反応したのはハセガワだった。
「ムラカワ・ミツヒデ……? 知ってるぜ。まだガキだった頃だ。“人喰いショッピングモール”事件の、指名手配犯じゃねえか」
「そのニュースなら、私も聞いたことがあります」
そう言って、タケシの服の端を掴みながらマキが立ち上がった。
「結局、犯人は捕まらなかったはずよ……」
「うそ……」
マキの言葉にミオの顔から血の気が引いていた。
「じゃあ、私たち、オオタさんにずっと、襲われていたってこと……?」
「何を言っているんですか皆さん、騙されないでください! 私が皆さんを襲うなんて、そんなこと……!」
「アオキさんの言っていることは、本当だよ。オレ、見たんだ」
タケシが、震える声で、しかしはっきりと皆に告げた。
「オオタさん、館内放送のマイクでみんなに『危ない!』とか叫んでたけど……モニターを見てる顔は、違ったんだ。モニターの中で、キタジマさんが刺された瞬間……オオタさん、笑ってた。すごく、すごく楽しそうに……口元が、三日月みたいに歪んでたんだ」
「タケシ、なんでそれを今言うんだ」
ハセガワの冷静な声が、タケシの告白を促す。
「怖かったんだ……! あの人の顔、まるで悪魔みたいで……! だからアオキさんに話そうとしたんだ。そしたら、アオキさん、連れて行かれちゃって……」
ハセガワは、マグライトで自身の肩をトントンと叩くと、獰猛な笑みを浮かべた。
「だったら話は早え。この奇妙な怪物の親玉がそこのオオタって言うならよぉ……。今ここでボコって、全部終わりにすりゃいいんだろうがッ!」
ハセガワは躊躇なくオオタにマグライトを振りかぶる。
だが、オオタはその攻撃を左腕で軽々と受け止めると、空いた右の拳をハセガワの顔面に叩き込んだ。
「クックックッ……。ハセガワさん。見た目で判断するのは、あなたの悪い癖ですよ」
オオタの顔から、あの気弱な中年男の仮面が、音を立てて剥がれ落ちていく
「自分で言ったじゃないですか。私が、面無し達の親玉だと。……だとしたら、弱いわけがないでしょう? この私が」
「オオタさん……あなた一体……。なぜ、こんなことを……」
マキが問いかける。
「なぜ……? 決まっているでしょう」
オオタは、心底不思議そうに首を傾げた。
その表情は、純粋な子供が悪戯の理由を問われた時のように無垢で、それゆえに常軌を逸していた。
「最高に、楽しいじゃないですか。人々が恐怖に顔を歪ませ、足元もおぼつかないまま逃げ惑う。あの美しい混乱、あの心地よい絶叫――。私、大好きなんですよ。あの光景を、じっと眺めているのがね」
その言葉に、ミオが絶叫に近い声を上げた。
「最低だよ……! そんな、あんたのくだらない趣味のために、キタっちを殺して……!」
「ああ、彼の死に様ですか」
オオタはうっとりと目を細め、まるで極上のワインを味わった後のように、恍惚としたため息を漏らした。
「あれは傑作でしたねえ。実に、実に愉快だった。愛する女を庇って散る……陳腐ですが、最高に愉快でしたよ」
グッ、とミオは息を詰まらせ、何も言い返せずに唇を強く噛みしめる。
涙さえも、この男の娯楽になるのだと思うと、悔しさで体が震えた。
「私は心から感謝しているんですよ。この素晴らしい力を与えてくれた、神という存在にね」
オオタはそう言って両手を広げ、天を仰いだ。
その姿は、まるで舞台の上で喝采を浴びる役者のようだった。
「そうでしょう? 死んでなお、こんなにも楽しい時間を永遠に過ごせるのですから! この世界でなら、私は神になれる! そう、ドリーム・イン・ザ・ゴッド!!」
その歪な表情は、もはや人間のものではない。
まるで自らが作り出した地獄を心から愛する、狂気の神の笑顔に他ならなかった。
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