指名手配
「も……申し訳、ございませんでしたッ!!!!」
床に頭がつきそうなほどの謝罪だった。
アオキは何も言わず、受話器を置くと、取調室の机の上に散らばった自らの所持品を丁寧に拾い集め、懐にしまった。
その一つ一つの動作は、まるで茶の湯の作法のようで、謝罪する警官たちの存在など意にも介していないかのようだった。
「ど、どうぞ、こちらへ……! 私が外までご案内しますので!」
ヤマダは、すっかり縮み上がった態度でアオキを出口へと誘導する。
その腰の低さは、先ほどまでの横柄さが嘘のようだった。
アオキは無言でその後に続く。
冷たく乾燥した廊下を歩いていると、ふと、壁に張り出された掲示板がアオキの目に留まった。
『全国指名手配者一覧』
色褪せ、画鋲で無造作に留められた十数枚のポスター。
その中に、一枚を見るやアオキの目は釘付けとなった。
アオキは足を止め、その一枚を指でとん、と軽く叩く。
「ヤマダさん。このポスターの方、これは」
「えっ、はっ、ムラカワですか?」
ヤマダは、アオキが指すポスターを覗き込む。
「そのポスターが何か……?」
「彼は、何を?」
アオキの短い言葉に、ヤマダは何かを察したように口を開いた。
彼の口調は、先程までの尋問とは打って変わって、やけに饒舌になっていた。
「ああ、『ムラカワ・ミツヒデ』 こいつ、とんでもない男なんですよ。こんな冴えない顔をしてますが、あの“人喰いショッピングモール”事件の主犯格とされてる人物です」
「人喰いショッピングモール?」
「おっと、ご存じありませんでしたか。まあ、無理もありません。もう十年も前の話ですし、この町だけの陰気な事件でしたから」
ヤマダは、まるで秘密を共有する共犯者のように声を潜めた。
「あのモールで、数ヶ月の間に立て続けに人が死んだり、消えたりしましてね。最終的に十六人。当初は事故やなんかで処理されてたんですが、どうにもおかしいと。それで調べ直したら、このムラカワが裏で糸を引いていた、と」
「彼が十六人を殺害したと?」
アオキが静かに問う。
「いえ、そこがまた胸糞の悪いところでしてね」
そう言ってヤマダは顔をしかめた。
「奴は直接、手を下さないんですよ。なんて言えばいいか……奴は、舞台監督みたいなもんだったんです。殺し屋とターゲットを、あのバカでかいモールの中でうまく鉢合わせさせる。そして自分は、その一部始終を監視カメラか何かで、まるで映画でも観るように楽しんでいた……。まったく、反吐が出ますよ」
ヤマダは忌々しげにポスターの顔を睨んだ。
「結局、奴を逮捕できなかったせいで、あのモールはすっかり気味悪がられて閉鎖に追い込まれました。今では街外れの廃墟ですよ。いい迷惑です」
「なるほど」
アオキは静かに相槌を打った。
「なぜ、彼が主犯だとわかったのですか? 直接手を下していないのであれば、特定は困難だったのでは?」
アオキの鋭い問いに、ヤマダは待ってましたとばかりに身を乗り出した。
「いや、それがですね、旦那。きっかけは、別件で捕まえたチンピラでしてね。そいつがまあ、泣き喚きわめくんですわ。『自分は悪くない、全部指示されただけだ』って。よくある言い訳ですよ。ただ、その『指示』のされ方が妙だったんです」
ヤマダは声を一段と潜めた。
「今でこそ珍しくもありませんが、当時はまだ目新しかった……裏サイトですよ。殺しを専門に請け負うような、真っ黒なサイトがあったんですわ。ウチのサイバーの連中にそこのIP(インターネット上の住所)を徹底的に洗わせたら、ビンゴですよ。行き着いた先が、このムラカワの自宅だったんです」
「家宅捜索を?」
「ええ。もちろん、踏み込んだ時にはもぬけの殻でしたけどね」
ヤマダは悔しそうに唇を歪めた。
「こういう陰険な奴は、とにかく逃げ足だけは速いもんですわ。ですが、部屋からは大量の監視カメラの録画映像と、モールの監視システムの設計図なんかが押収されましてね。それで奴が黒だと確定したわけです」
「なるほど、よく分かりました」
アオキは納得したように頷くと、ヤマダに向き直った。
「このポスター、一枚頂いても?」
「え、あ、いや……」
ヤマダは一瞬言葉に詰まり、慌てて手を振った。
「申し訳ありません、これは掲示物ですので、さすがに剥がすわけには……」
だが、彼はすぐに何かを思いついたように顔を輝かせた。
「……あ! そうだ! 確か、倉庫に予備の在庫があったはずです! 一枚でよろしければ、お持ちください!」
彼は廊下の奥にいた若い警官を手招きし、耳元で何かを囁いた。
若い警官は驚いたように目を見開くと、慌てて廊下の角へと走り去っていく。
「今、持ってこさせますので、少々お待ちを」
ヤマダは、へりくだった笑みをアオキに向けた。
やがて、若い警官が息を切らしながら一枚のポスターを手に戻ってきた。
アオキはそれを受け取ると、丁寧に四つに折りたたんで懐にしまう。
「では、これで失礼します」
「はっ、お気をつけて!」
ヤマダと若い警官は、アオキが署の正面玄関から出ていくまで、まるで王族を見送るかのように、深々と頭を下げ続けていた。
アオキの背中が夕日の中に消えていくのをようやく見届けた後、若い警官が恐る恐るヤマダに尋ねた。
「……あの人、一体、誰なんですか……?」
ヤマダは、疲労困憊といった顔で、まだ汗の引かない額を拭った。
「……知らん。だが……めちゃくちゃ、めちゃくちゃ怒られた……」
警察署から解放されたアオキは、西日に染まる川辺に一人、佇んでいた。
彼は携帯電話を取り出し、ある番号にかける。
相手はエンマ。
アオキの上司に当たる存在だった。
そして電話が繋がるやいなや、電話の奥から雷鳴のような怒声が響く。
『このバカ者が! 二日も穴を空けおって、どこをほっつき歩いておるか!』
「ええ、申し訳ありません、エンマ様。ちょっと厄介事に巻き込まれておりました」
アオキの声には、反省の色はない。
「まあいい、キサマに頼みたい仕事があるんだ。説明するからさっさと戻って来い!!」
「えぇ、分かりました、ただ……」
アオキは一息つき、静かな声で付け加える。
「エンマ様。ひとつ、よろしいですかな」
「……なんだ」
不機嫌そうな声が返る。
「『ムラカワ・ミツヒデ』という人物に心当たりは?」
「……ッ」
電話の向こうで、エンマが鋭く息を呑む気配がした。
ほんの一瞬、コンマ数秒の硬直。
だが、アオキにとって、その沈黙は万の言葉よりも雄弁な肯定に他ならなった。
「また、やらかしましたね」
「…………」
ツー、ツー、アオキの言葉のあと、再度沈黙が落ちる。
やがて、ツー、ツー、という無機質な発信音だけが、アオキの耳に響いていた。
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