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鬼起怪解 ~エンマの部下の、むちゃくちゃ強い青鬼(アオキ)さん  作者: Jester Hide
グラプトライト ~Break the Dream~
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万引き

「ひとまずこのムラカワさんを探してみます。何か変わったことが有ったら教えてください」


アオキがモール内を歩き始めると、いつの間にかタケシがその後ろを付いてきていた。

アオキはタケシにムラカワのことを話す。

それを聞いたタケシはフットワークを軽くし、巡回する警備員の名札を確認して回ったが、その都度アオキの元へ戻っては小さく首を横に振った。

何人もの警備員とすれ違ったが、ムラカワの名札を持つ警備員は存在しなかったのだ。


「……おかしいですね」


吹き抜けのベンチに腰を下ろし、アオキは小さく呟いた。


「従業員たちは皆、昨夜と同じ顔ぶれが揃っている。一人だけ忽然と姿を消すというのは、この世界の法則から少し外れている気がしますね」

「復活しない職員もいるのかな……? でもオオタさん、警備員の面無しからカードキーをくすねたって言ってたよね?」


タケシが不安げに言う。


「……まあ、いいでしょう。少し、彼らと会話してみましょうか」


アオキはそう言って立ち上がると、近くを巡回していた別の警備員に穏やかな笑みで話しかけた。

その胸の名札には『警備部 主任 サイトウ』とある。


「少しお尋ねしたいのですが、ムラカワさんという方をご存じですか? 同じ警備部の主任だと伺ったのですが」


警備員のサイトウは一瞬、不思議そうな顔でアオキを見返した。


「ムラカワ……ですか? いえ、うちの部署にそんな名前の者はおりませんが……。それに、このモールの警備主任は、私一人です」


サイトウの言葉は、確信に満ちていた。


「……そうですか。私の勘違いでしたかな。どうやら他のモールで務めているようです」


アオキは深く一礼し、その場を離れた。

タケシと顔を見合わせる。

オオタが持っていたカードキーは、やはりこの世界に存在しないはずの人間のものだった。


ピン、ポン、パン、ポーン。

調査は行き詰まり、昼を告げるチャイムが、モール全体に響き渡った。


「食事にしましょう。頭を使うには、エネルギーが必要です。特に糖質はいい」


時刻が正午を過ぎた頃、二人は一階のスーパーマーケットの出口近くに立ち寄っていた。

総菜コーナーで、アオキは油淋鶏弁当を手に取る。

ガラスの自動ドアの向こうで、外の世界が陽炎のようにゆらゆらと揺らめいていた。


「昨日試したでしょ? 外を眺めてたって、無駄だよ。どうやったって、俺たちは出られないんだ」


タケシが静かな諦めを込めて呟く。


「……今日は<ポテ丸・武蔵>で、食べないんだね」

「ええ。毎日食べていては、特別感が薄れてしまいますからね。それはとても、重要なことです」


アオキはそう言って弁当を丁寧に買い物かごに入れると、タケシに向き直った。


「ところで、あなたは何を食べるのですか? よければ、私が一緒に買いましょう。あなたは、この奇妙な境遇を共にする、私の仲間ですので」

「いいよ。どうせここの店のもの、勝手に食べたって誰も怒らないし、適当にそこら辺の弁当くすねて食べるよ」


その投げやりな言葉に、アオキはわずかに眉を寄せた。

タケシが口にしているのは、この世界の異常性を逆手にとった、ある種の諦念であり、そして、子供らしい無邪気な反抗に他ならない。


「試したんだ。おやつコーナーの商品を店員の前で食べたって、ニコニコとしているだけ。万引きしたって誰も気にも留めない。まるで透明人間みたいだ」

「そうですか。ですが感心しませんね」

「えっ?」

「マナーが、人を強くするのです」

「マナー?」

「マナーは心を覆う鎧です。人は恐怖や混乱に襲われれば、容易く内側から折れてしまう。けれど、どんな時でも礼節を守れば、心は乱れない。乱れぬ心、傷つかぬ心というのは、どんな鋭い剣よりも強いのですよ」


アオキの言葉が、ゆっくりとタケシの心に染み込んでいく。

そしてマナーという言葉で何かを思い出したのか、タケシはハッとした表情で口を開いた。


「そういえば、アオキさん。昨日の警備員室で、オオタさんがね――」


タケシが、そう言いかけた瞬間だった。

背後から、全てを断ち切るような甲高い声が突き刺さった。


「ちょっとあんた! それ、お会計まだ済んでないんじゃないの!」


振り返ると、中太りの中年女性が、疑心に満ちた目でアオキを睨みつけていた。

その瞳は不自然なほどに据わり、まるでプログラムされた人形のように、アオキだけを標的として捉えている。

周囲の客たちは、この唐突な騒ぎに一瞥もくれず、特売品の値段を品定めすることに夢中になっている。


「……これは失敬。支払いを失念しておりました」


アオキが動じることなくそう応じると、隣にいたタケシが、たまらず割って入った。


「何、言ってんだよ、おばさん! これからレジに行こうとしてたじゃん! それに、まだお店の中だろ!」


必死に庇おうとする少年の声。

だが、アオキはそれを遮るようにタケシの肩をそっと手で制し、静かに相手の出方を窺う素振りを見せた。


「外を見て、そのまま出ていこうとしてたでしょ! 私、見てたんだから! 万引きよ!」


女性のヒステリックな声とともに、彼女はビシッとアオキに指を突きつける。


「えぇ、彼が言っているように、まだ外には……」


アオキがわずかに動揺を見せたその時、機械的な足音が近づき、二人の警備員が彼の両脇を音もなく固めた。

彼らの顔には表情がなく、ただマニュアルに定められた業務を遂行する装置のようだった。


「「ご同行願います」」


有無を言わせぬ事務的な口調。

アオキは抵抗する素振りも見せず、買い物かごを静かに床に置くと、警備員に促されるまま事務所へと歩き出した。

タケシは、その背中に何も言葉をかけることができず、ただ立ち尽くすことしかできない。


やがて警備員に連れていかれるアオキが視界から消えると、タケシはすぐさまフードコートへと戻った。

そこには、重い沈黙の中で時間をやり過ごしていた残りのメンバー達がいた。


「アオキさんが……警備員に……」


タケシのかすれた報告に、最初に反応したのはハセガワだった。


「あぁ? あのオッサンが万引きで連れていかれただ!? 馬鹿言え、ありえねえだろ。何かの間違いじゃねえのか」

「でも、本当に連れて行かれちゃったんだ! 変なおばさんに、万引きだって…!」

「すぐに開放されるんじゃないかしら。だって外には出られないんでしょ?」


マキはのんきな調子で言う。


「……そうですよ、どうせ出られるわけないんですから。落ち着きましょう。特にミオさんの前ではあまりそういった話は――」

「キタっち……」


みんなの危機感のなさに唖然とするタケシだったが、すぐにマキが「あれ……」と声を上げた。

フードコートの外には駐車場が丁度見えていた。

そこに、一台のパトカーが滑るように停車したのだ。


まもなく、パトカーに向かうように、アオキがモールから出てきた。

だが、彼の両脇を固めているのは、もはや警備員ではなかった。


見慣れた制服に身を包んだ、二人の警察官。

この閉鎖された箱庭に、外部の公権力が、あまりに自然に、しかしあまりに異様に介在していたのだ。


アオキは、抵抗の意思など微塵も見せず、警察官に促されるまま駐車場の中を誘導されるようにパトカーへと歩いていく。

その途中、彼は一度だけ足を止め、フードコートのある三階へと視線を上げた。


だが、そんなアオキをどつくように警察官が彼を連行する。

パトカーの後部座席のドアが開けられ、アオキは何の躊躇もなくその中に乗り込んだ。

サイレンは鳴らない。


屋根の上の警告灯だけが、音もなく、ただ不気味に赤の明滅を周囲に投げかける。

ドアが閉められ、パトカーは滑るように、そして何事もなかったかのように走り去り、昼の雑踏の中へと溶けて消えていった。


残された者たちは、ただ呆然と、その一部始終を見送ることしかできなかった。

絶対的な守護者を失ったフードコートに、夕刻の影が、ゆっくりと、しかし確実に忍び寄り始めていた。


そんな中で、タケシは「調整されたんだ……」と小さくつぶやいた。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。


もし少しでも内容が面白かった、続きが気になると感じていただけましたら、ブックマークや、画面下部の『☆☆☆☆☆』を『★★★★★』に変えていただければと思います。


ブックマークや星の評価は本当に励みになります!


どんな小さな応援も感謝します、頂いた分だけ作品で返せるように引き続き努力していきます。


これからもよろしくお願いします。

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