調整論理
フードコートに戻ると、不在だった〈ポテ丸・武蔵〉のカウンターに、見覚えのある制服の店員が立っていた。名札には“サカグチ”の文字。昨夜、顔を失い最初にアオキが粉砕した個体に違いない。
アオキは紙ナプキンで指先を拭いながら、カウンター越しに穏やかな声を投げかける。
「昨夜――閉店後に、何か異変は感じませんでしたか」
「え? 異変、ですか?」
サカグチは怪訝そうに首を傾げる。
「失敬。聞き方が悪かった。閉店後は、いつも何を?」
「レジ締めをして、揚げ油を落として、ゴミをまとめて……すぐ上がりましたけど」
「なるほど。どうやって帰宅を?」
「従業員通路ですよ。警備員室の脇を通って、タイムカードを押したら、このつまらない仕事とおさらばです」
「その従業員通路というのは……」
サカグチはアオキのスーツと手帳を交互に見比べ、油で湿った指先をエプロンで拭いながら一歩後ずさった。
「お客さん……いったい、どちら様で? 何をそんなに……」
尋問めいた質問の応酬への警戒心が、彼のこわばった指先に表れている。
それを察したアオキは、今まで手に持っていた手帳とペンをすぐさまスーツの内ポケットにしまい込むとぴたりと詮索をやめた。
「つまらない仕事、などと。君の揚げるポテトは実に美味しかった。これからも頼みますよ」
「え、あ、あのっ――」
戸惑うサカグチを背に、アオキは軽く一礼して踵を返す。
そしてゴウノ親子を伴い、広いモール内を再び歩き始めた。
「どこへ向かっているんですか?」
小走りで追いついたタケシが尋ねる。
「映画館ですよ。外に出られない以上、時間を潰すにはちょうどいい」
最上階に併設されたシネコンの看板が、吹き抜け越しに遠く光っている。
「映画って……もしかして、『鬼殺しの少年』?」
タケシの目が、子供らしい好奇心で輝いた。「今、すごく流行ってるよね! 母ちゃんも好きなんだよ、あれ」
「まぁ、タケシったら」
マキは少し照れたように息子の頭を撫でた。
「でも、一作目は少し悲しかったわ。私、あの炎術師の人が好きだったから……。あんなに強くて優しい人が、あそこでいなくなってしまうなんて」
母親の言葉に、タケシも少しだけ寂しそうな顔で頷いた。
その二人のやり取りを聞いていたアオキは、ふと足を止め、興味深そうに口を開いた。
「ああ、あの炎術師の方ですか。実に魅力的で、頼りになる人物でしたね。ですが、物語の構造上、彼が、かの時点で退場するのは、ある意味で必然だったのかもしれません」
「必然? どうして? あんなに強い人がいれば、もっと楽に鬼を倒せたはずなのに」
タケシが、純粋な疑問をぶつける。
「それこそが、彼が消えなければならなかった理由ですよ」
アオキは、まるで大学で講義でもするかのように、静かに、しかし澱みなく語り始めた。
「物語において、序盤からあまりに強力な味方、いわゆる『万能キャラ』というのは劇薬です。主人公の成長を阻害し、読者の感じる緊張感を根こそぎ奪ってしまう。故に、物語を紡ぐ者――作者は、しばしばそうした強力すぎるキャラクターの力を、何らかの形で制限する必要に迫られるのです」
マキとタケシは、そのあまりにメタ的な解説に、ただぽかんと口を開けて聞き入っている。
「最も手っ取り早いのは、物語から完全に『退場』させること。つまり、死です」
アオキは淡々と続けた。
「あるいは、何らかの特殊な能力で『封印』したり、主人公たちとは別の場所で戦う『裏方』に回したり、『特定の条件下でしか全力が出せない』という制約を課したりと、その手法は様々です」
アオキは少し考える素振りを見せると、具体的な例を挙げるかのように言った。
「例えば、最終決戦の切り札であるはずの『炎の能力者』が、その力を発揮する間もなく、格下の敵にあっさりと敗れて物語から退場させられてしまう。あるいは、現代最強と謳われるほどの術師が、敵の巧妙な策略によって、小さな箱の中に封じ込められてしまう。これらは全て、物語のバランスを保つために、作者が意図的に行う『調整』なのです」
「調整……」
マキが、呆然と呟いた。
「ええ。どんな世界にも、強すぎる『異物』を排除し、物語をあるべき形へ戻そうとする力が働くもの、というだけの話ですよ」
アオキはそう言うと、得意げに薄い笑みを浮かべた。
「ふーん……なんか難しいけど、可哀想だね、強い人も」
タケシが、子供らしい素直な感想を漏らす。
マキは、アオキの底知れないメタ知識に、ただ苦笑いを浮かべることしかできなかった。
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