とどめ
アオは拳に付いた返り血を吹き払うと、すぐにリナのもとへ駆け寄る。
リナはヘルメットが割れており、血塗れの金髪が覗いていた。
幸い、かろうじて呼吸はあるようだ。
「大丈夫ですか。もう化け物はいませんよ。」
リナは痛みに眉を寄せながら、首筋を押さえた。
そこに鋭い痛みが走っているのか、苦しげな顔を見せている。
「……すごく痛い……。カイさんと同じ傷……。」
グローブ越しにも、首筋の血管がわずかに隆起しているのがわかる。
リナの唇が震え、こぼれ落ちた涙が頬を伝った。
「わたし……もうすぐ化け物になる。アオさん……お願い、楽にして……。自分があんな怪物に変わると考えただけで、怖くて……嫌なんです。」
アオは無言のまま、リナの瞳を見つめる。
彼女の言葉に、名状しがたい思いが胸を過るものの、表情を揺るがせない。
「……そうですか。残念です。」
リナが何か答えようとした時だった。
突如、艦内スピーカーからノイズ混じりの声が響き渡る。
「フン……ノコッタノハ 、キサマ ダケカ。……コノ フネ……ワタシノ コドモタチ……タオサレタ……。ソウテイガイ……。ユルサナイ……」
金属的なエフェクトがかかったような声が苛立ちを帯びていた。
「ほう、この船の持ち主がお出ましですかな? 何処へ隠れているのでしょうか。教えていただければ、私がこの拳で始末して差し上げますよ」
「バカナヤツ……。スガタ……。ミセナイ。ココ、ウチュウ……。ニゲバナイ」
その挑発的な言葉に、リナは眉を曇らせながら首を振る。
「やだ……そんな……嫌……返して……。帰りたい……」
痛みと恐怖に耐えきれず、膝をつくリナ。彼女を見下ろしていたアオは、突如大笑いを始めた。
「ツギハ……。ソノオンナ……。……キサマ、オソウ。シヌマデ、ニガサナイ」
「クククク……ハハハハハ!」
「……ナニガ、オカシイ」
「 愚かですね。自ら“人質”を潰してしまうとは。もし、あなたがわたしを追い詰めたいのなら、最低限彼女だけでも生かしておくべきだった。まったく、微生物とはよくわからない判断をするものですね」
アオは淡々と言い放ち、拳を握りしめると、天に突き上げた。
「……ビセイブツ」
「……残念ですが、あなたとハイドアンドシークに興じるつもりはないのですよ。」
「ナニッ」
「果たして、あなたはこの宇宙の中で生きていけるのですかな?」
そう言ってアオは突き上げた拳を振り下ろし、物凄い勢いで床に叩きつけた。
ドゴォンッ!!
凄まじい衝撃が船体全体を揺るがし、金属パネルが歪み、パイプが弾け飛んだ。
配線が火花を散らし、装甲がひび割れて崩落する。
「警告。船体が致命的な損傷を受けました。船内気圧の維持が不可能です……」
どこかでアラートが鳴り響くが、アオは構わずリナの背中に手を回した。
「リナさん、もう安心してください。苦しい時間は……終わりです。」
リナは弱々しく微笑みながら、「ありがとう……」と唇を動かしたが、ほとんど声にはならなかった。彼女の首筋から増殖するように走る暗い脈動が、もはや止められないことを示している。
アオはリナを優しく抱き寄せ、そっと首筋に手を当てる。
「……ゆっくり、おやすみなさい。また、何処かで出会うこともあるでしょう」
か細い音とともに、リナの体から完全に力が抜けた。
さらに船体各所の亀裂が広がり、空気が一気に抜けていく。
アオはリナを抱いたまま、近くの壁を軽く蹴って真空へと飛び出した。
砕け散るエルシア号の残骸とともに、リナの身体も暗い宇宙へ飲まれ、やがて見えなくなった。
「くだらない夢を見せてくれましたね。さようなら。」
そう呟いて船から離れたアオは、機械音声の絶望的な叫びが背後でかき消されるのを感じた。
船体は二度目の衝撃で完全に崩壊し、火球を上げて四散する。
空しく浮遊する船のかけらと、人質という可能性まで自ら手放した転生生物の無策さを嘲るように、アオは静かに冥界へと帰還するのだった。
……そんなアオの横を白く輝くたい焼きの個包装がふわふわと漂って消えていく。
それは一人の少女が冥界の鬼差し出した優しさに他ならなかった。
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