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最初の犠牲者

宇宙服を着たままのジョーが、廊下に崩れるように座り込んでいる。

普段の軽妙な表情は見る影もなく、顔を痛みに歪めていた。

腹部のスーツが真紅に染まり、鮮血がポタポタと床に滴り落ちている。


「ジョーさん! ひどい怪我……いったい何があったんですか!?」


リナが悲鳴に近い声を上げると、ジョーは顔を上げ、浅い呼吸の合間に途切れ途切れの声を絞り出した。


「リナ……この船、おかしいぞ……急にハルさんに襲われた。いやっ……あれはもうハルじゃねえ……得体の知れない化け物だ……」


ジョーの言葉に、リナは絶句する。

ハルがジョーを襲った? 化け物?


「それに……おかしいんだ……さっきから救難艇に……待機しているカイとも連絡とれないんだ……」ジョーが続けると、リナは我に返ったように自分の左腕を見た。

宇宙服と一体化した通信ボードが装着されている腕だ。

液晶画面に映るチャンネルリストには、ハルとカイの名が表示されているはずだった。しかし今、ハルとカイの名はどちらもグレーアウトしている。


「ハル隊長とカイさんの通信が……オフライン……?」


リナはその不吉な表示に体を強張らせた。

だが目の前には、今にも倒れそうなジョーがいる。

リナはショックを振り払うように素早く動いた。


「アオさん、手伝ってください! ジョーさんを中に運びましょう!」

「あぁ、手伝おう。」


アオが頷き、二人でジョーの両脇を抱える。

なんとか救護室内のベッドまで引きずるように運び、ジョーを横たえた。


ジョーは浅く荒い呼吸を繰り返していたが、やがて苦痛に歪んでいた表情が次第に和らいでいった。

意識が遠のいたのか、それとも救護室の安全を感じて安堵したのか——それはリナにも分からなかった。静寂が戻った救護室に、ジョーの微かなうめき声だけが響いている。


リナはジョーの治療に取りかかるべく、震える指で宇宙服の胸部プレートを外しにかかった。

内部のインナーウェアをめくると、腹部に深い傷口が走っている。

鋭利な刃物で抉られたような傷だ。リナは応急処置用のスプレー式止血剤を取り出し、傷口に吹きかけた。


「ジョーさん、しっかり……!」


リナが声をかけながら手早く止血処置を施す。

ジョーは苦痛に眉をひそめ、かすかに呻いた。


「ひどい出血……。でも大丈夫、私が絶対助けますから……!」


リナは必死に包帯を巻きつけ、圧迫止血を続ける。

その手は震えていたが、動きを止めるわけにはいかない。


「大丈夫、止まって……お願い……」


心の中で祈るように呟きながら処置を続る彼女の横顔には冷や汗がにじみ、唇は緊張で青ざめていた。


「……ハルさん。……なんで。」


ジョーがうわ言のように呟いた。

閉じたまぶたの奥で、悪夢でも見ているのかもしれない。

リナはジョーの顔を覗き込み、優しく声をかける。


「大丈夫。もう安全よ……ハルさんもきっとすぐ——」


言いかけて、リナは言葉を飲み込んだ。

ハルがジョーを襲ったという彼の言葉が脳裏に甦る。

得体の知れない化け物、と。


喉元が凍るような感覚に襲われ、リナはアオの方を振り返った。

アオも警戒しているのだろう、扉に耳を澄ませている。


「……ハルさん、……来るでしょうか。」

「ああ、そのようだ。ここへ向かう足音が聞こえる。恐らくかれは生かされていたのだろう、われわれの居場所を見つけるための餌として。」


アオの言葉に、リナは絶望的な気持ちになった。


――人間でなくなったハル

――自分たちを襲う存在となった敵


想像したくはない光景だが、ジョーの重傷が何よりの証拠だ。



その時だった。

救護室の扉がガンッ!と激しく揺れた。

何か重い物がぶつかった音、いや、誰かが体当たりしてきたのだ。

リナはハッと息を呑み、アオは身構える。


「ハル隊長……?」


リナは半信半疑で呼びかける。

しかし返ってきたのは低いうなり声だけだった。


再びドンッ!と扉がきしむ。


「くっ……!」


アオは扉に寄り添い、押し戻そうと力を込める、が外側からの衝撃は予想以上に強い。

三度、四度と容赦なく壁が震え、固定の外れたロックがついに悲鳴を上げのだ。


「リナさん、少しさがってください――」


アオの放つその声と同時に、分厚い扉が内側へ倒れ込んだ。

散乱する破片とともに室内になだれ込んできたのは、一人の人影、それは凶暴化したハルに他ならなかった。


「ハルさん……!」


リナの震える声に応えるように、女の影がゆらりと立ち上がる。

宇宙服のヘルメットはいつの間にか取り外され、その短い黒髪は乱れて額に貼り付いていた。

しかし何よりも異様だったのは彼女の様相だった。

瞳孔は虚ろに開き、焦点の定まらない目には常軌を逸した光が宿っている。

薄い唇は引きつった笑みのように歪み、歯茎から血の泡が滲んでいた。

その全身は細かな痙攣に時折震え、ところどころ関節がギギッと不自然に軋む。

宇宙服の袖口から覗く指先は蒼白で、爪はまるで猛獣の鉤爪のように尖っていた。

血管が浮き出た首筋には、小さな刺し傷の痕が赤黒く残っている。


「ハルさん!」


リナが涙声で叫ぶ。

しかしハルは答えない。

代わりに喉の奥から獣じみた唸りを漏らし、一直線にリナへ飛びかかった。


「きゃっ——!」


リナはとっさに身を丸めて床に転がっると、次の瞬間、ハルの腕が空を切り、彼女の背後の機材を床に叩きつけた。

それは凄まじい力だった。


そんな二人の姿をみて、アオがすかさず動くと、倒れた扉の陰から飛び出し、ハルの肩を横合いから力いっぱい掴みハルを壁に突き飛ばした。


「ぐ……るるル……」


だが、人間離れした低い唸り声を上げるハルは、動じることなく腕を振り回す。

その手にはいつの間にか鋭い金属片が握られていた。


――扉の破片か


それを目にも止まらぬ速さで薙ぎ払う。

アオは紙一重で身を引いたが、鋭利な破片が頬をかすめた。


「ハルさん、やめてください!」


リナが悲痛な声を上げる。

しかしかつて隊長だった怪物は、彼女の声にも全く反応を示さない。


その時、不意に背後で金属音が響いた。ベッドに横たえられていたジョーが、がばっと起き上がったのだ。

包帯が巻かれた腹部からはなおも血が滲んでいるが、本人はまるで痛みを感じていないかのようにベッドを降り立った。

骨張った手足の動きはどこかぎこちなく、首の骨がコキコキと小さな音を立てている。


「ジョー……さ……ん?」


リナは愕然として退いた。

ジョーの目はハルのように焦点が合っておらず、虚空をさまよっている。


「ジョーさん。まさか、ジョーさん、だめッ……!」


リナは必死に訴えるが、ジョーの反応はもはや人間のそれではなかった。

次の瞬間、負傷しているはずの身体とは思えない俊敏さで、ジョーが獣のように唸り声を上げてリナに飛びかかる。

リナは逃げきれず、ジョーの重みと勢いに押し倒された。


「キャッ!」


床に背を打ちつけた衝撃と共に、リナの視界が揺れる。

覆い被さってきたジョーの顔が間近にあった。

血走った眼、泡立つ唾液、もはや彼も人ではない。

ジョーの大きな手がリナの肩を押さえつけ、もう一方の手が彼女の喉元にかかる。


「…が……っ…」


リナは苦悶の声を漏らした。

爪が食い込み、呼吸が塞がれる。

必死に両手で抵抗するが、怪物と化したジョーの怪力の前では焼け石に水だった。


「――ヌンッ!」


リナが死を覚悟した直後、ジョーの巨体が横から弾き飛ばされた。


アオがジョーに拳を付き当て、ジョーを付き飛ばしたのだ。


「ぐるるる……!」


ジョーは唸り声を上げて暴れ狂う。

アオは咄嗟にジョーを押さえつけ、必死に動きを封じようとする。

怪力で振りほどこうとするジョーに対し、アオは一瞬も目を離さない。


そして、わずかな隙を見計らい、アオはその首を渾身の力でひねり上げたのだ。


ボキリ……と嫌な音が鳴り、ジョーの体から力が抜けていった。

アオは乾いた息を吐きながらジョーを押しのけ、リナのもとへ駆け寄った。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。


もし少しでも内容が面白かった、続きが気になると感じていただけましたら、ブックマークや、画面下部の『☆☆☆☆☆』を『★★★★★』に変えていただければと思います。


ブックマークや星の評価は本当に励みになります!


どんな小さな応援も感謝します、頂いた分だけ作品で返せるように引き続き努力していきます。


これからもよろしくお願いします。

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