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お金と水の話

――エルシア号船内<<救護室>>


思いがけずに飲料水はすぐそばに存在していた。

リナが救護室からエルシア号の通路へと出ると、彼女の視線はすぐに特定の場所に固定された。

それは、災害時に備えて配置された小さなスペースだった。

目印である赤い引き扉は、周囲のモノクロームの色調から一際目立っている。

リナはその扉を素早く引き開き、中からビニールパックに包まれた緊急用の飲料水を手に取った。

その動作は経験による蓄積から生まれたもので、一つ一つが無駄なく効率的に行われている。

その飲料水を手に、リナは再び救護室へと向かった。

全てが数分という短い時間で行われ、彼女の決断と行動の速さが如何なる状況でも冷静さを保つことのできる彼女の力量を如実に示していた。


「お待たせしました!」


救護室へ駆け戻ったリナは、息を切らしながらも満面に笑みを浮かべ、アオに水を手渡した。

特殊加工されたビニールパックを握ると、水が口元に押し出される仕組みだ。

アオは袋の口をくわえ、数度軽く握った。

冷たい水が喉を潤し、先程の渇きが嘘のように癒えていく。


「……失礼。みっともないところを見せてしまった。」


アオが礼を述べると、リナは首を横に振って微笑んだ。


「いいえ、私は医療スタッフですから当然のことです。」


穏やかな空気が二人の間に流れる。

船内に漂う不穏さを忘れさせる、束の間の静寂だった。

やがてリナがふと思いついたように尋ねた。


「ところでアオさん……お仕事のこと聞いてもいいですか? さっき大変そうだなんて言ってましたけど。」

「ハハハッ、それほどでもない。私の仕事など、ただ人をあるじのもとへ送り届けるだけ。実に簡単な仕事だよ。」

「あら……。」


リナは興味深げに瞬きをした。

しかし彼女の中では、アオの役割はまだエルシア号の“コンシェルジュ”であるという認識に固定されている。

もちろんアオの本意は別のところにあったが、そのすれ違いに二人が気づくことはない。


「アオさんは、今のオーナーの方とはどこで知り合ったんですか? 普通、こんな大型船の管理なんて簡単に任されませんよね。」


リナは遠慮がちながらも興味津々といった様子で尋ねた。

アオは一瞬迷ったが、嘘にならない範囲で答えることにした。


「今の“主”と出会ったのは、彼女がまだ幼かった頃のこと。当時、私は彼女の父君に仕えていてね。彼女が見習いとして今の職務についた時、直接サポートするよう任じられたのだよ。」


語る口調には、どこか誇らしげな響きがあり、リナはその言葉に目を丸くする。


「すごい……アオさんのオーナーって、そんなに偉い人なんですね。それに今の話だと、オーナーさんは私と同じくらいの年頃……? 若くしてそんな大きな船を持つなんて羨ましい。私なんて毎日必死で働いてるのに。」


リナは明るく笑う。その無邪気な反応に、アオもつられて口元を緩めた。


「ねえ、そんなすごいオーナーに仕えるアオさんって、やっぱり給料も破格だったりするんですか? 貯金とか凄そう。」


茶目っ気たっぷりに尋ねるリナに、さすがのアオも返答に窮した。

冥界で生きる彼にとって、給料などという概念は縁遠い。物質的な富が無意味な世界で暮らす身としては、どう答えていいか分からない質問だった。


「給料、か……考えたこともなかったな。」


ようやくひねり出した返答に、リナは目を見開いて驚く。


「うわっ、すごい……! そんなこと言えるほど潤ってるなんて、羨ましすぎます!」

「あ、いや……」


アオは水を飲み終えると、照れ隠しにわざとらしく咳払いをした。


「……水をありがとう。」


唐突なお礼の言葉に、リナはきょとんとした後


「あはは」と笑った。

二人は顔を見合わせて笑い合う。短い間に、奇妙な信頼関係のようなものすら芽生え始めていた。


だが、その穏やかなひと時は突然引き裂かれることとなる。

静まり返った救護室に、ドンッ、ドンッと重い衝撃音が二度響いたのだ。


「……今の音……!扉の向こうからです!!」


リナがハッとして立ち上がり、反射的に救護室の扉に駆け寄ると、パネルを操作してロックを解除した。

徐々に開く扉、そして、扉の向こうには——ジョーの姿があった。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。


もし少しでも内容が面白かった、続きが気になると感じていただけましたら、ブックマークや、画面下部の『☆☆☆☆☆』を『★★★★★』に変えていただければと思います。


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