救難艇
>>>>>>>>転送中
広大な宇宙空間には無数の星々が散りばめられ、それぞれが独自の物語を描いている。
その中でも暗闇に浮かぶ一際目立つ存在が、1隻の宇宙船だった。
それは未知の領域への恐怖と新たな冒険への期待を内包しながら、深遠な静寂の中に佇んでいる。
その船の名は「エルシア号」。
漆黒の虚空に漂う巨影は、その存在感だけで周囲の静寂を圧していた。
そして今、その船から発せられた救難信号を頼りに、四人の救助隊員を乗せた小型救難艇が接近しつつあった。
救難信号を受信したのは、特殊救助隊のハル、リナ、ジョー、カイの4人組である。
彼らは元々異なる分野で活躍していたエキスパートだが、今では命を懸けて困難な救助に挑む仲間となっていた。
急遽招集された四人は、小さな船内で各自の任務に備えて緊張を高めている。
「到着まであと5分くらいみたいね。全員、準備はいいかしら?」
救難艇の船長席に座るハルが穏やかながらも引き締まった声で問いかける。
短く整えられた髪と鋭い眼差しが印象的な彼女は、若くして隊長を務める才覚を持っていた。
ハルの呼びかけに応じ、4人はそれぞれ自分の持ち場を確認した。
操縦士のカイは航行データを睨み、着陸態勢を整える。
通信担当のジョーはヘルメットに手を当て、受信周波数に乱れがないか調整していた。
医療係のリナは自分の救護キットを開き、包帯や簡易注射器の残量を点検する。
そしてのハルは全員の様子に目を配り、速やかに行動できるよう心の準備を促していた。
「ハルさん……エルシア号、一体どうしちゃったんでしょう? あんなはっきりした救難信号を送ってくるなんて、何か変ですよ。」
医療担当のリナが不安げに呟いた。
幼さの残る顔立ちに長い金髪をなびかせた彼女は、有能なスタッフだが、未知の事態に胸騒ぎを覚えていた。
「船内クルー全員の安否が不明……普通ならそんな状況で明瞭な救難信号を送り続けられるはずがないもの。」
リナの言葉に誰も返せず、一瞬沈黙が落ちる。
その時、不意に通信担当のジョーが顔を上げた。
浅黒い肌が特徴的な彼は軽妙な物腰のムードメーカーだが、今はヘルメット越しにもわかる険しい表情で耳を澄ましている。
「……この救難信号、ノイズに混じって何か聞こえるぞ。」
「ジョー、通信チャンネルは正しく設定されている? 他の船の通信を拾ってるんじゃないのか?」
「いや、周波数は合ってる。間違いなくエルシア号からの信号だ。それなのに……時々“小さな声”が混ざるんだ。ほら、また……。なんだ『うら…ぎ…もの?』って……」
ジョーの声が次第に低くなる。彼の言うノイズの正体に、誰もが言葉を失った。
「……引き返したほうがいいかもな。」
ジョーが弱音を吐く。
しかしハルは静かに首を振った。
「救難信号を出している人がいる限り、見捨てるわけにはいかないわ。それが私たちのここに居る理由ですもの」
毅然と言い切るハルの横顔に、ジョーはわずかに肩をすくめる。
だが彼が反論する前に、カイが前方を指さし大声をあげた。
「ジョー、残念だったな。もう遅いみたいだぜ。……見ろ、あれがエルシア号だ――」
そして、操縦桿を握るジョーが怪訝な表情で続ける。
「クソッ、誘導されている。自動ドッキングだッ!! 『エルシア号』に船のコントロールを奪われた。」
「なんですって!!」
救難艇の制御システムに異常が生じているのは明らかだった。
操縦桿を握るカイの手から、ゆっくりと力が抜けていく。
艦内のモニターには『AUTO DOCKING』の文字が点滅し、小さな船体が穏やかに進路を修正し始めた。
「誘導解除できないのか!?」
「ダメだ。こっちの制御は完全に向こうに握られてる。」
カイの指が操作パネルを忙しく叩くが、応答はない。
やがて救難艇は音もなくエルシア号の船体に取りついた。連結部のランプが緑色に点灯し、ドッキングの完了を告げた。
小型艇の窓越しに、エルシア号の巨大な船体が間近に見える。
黒金に輝く外殻は隅々まで磨き上げられているかのように滑らかで、星明かりを鈍く反射していた。
救命艇のサーチライトが一閃すると、船名を示す"ELYSIA"の白い文字が浮かび上がる。
だが内部からの応答は何もない。
暗い船腹は不気味な静寂をたたえ、乗員たちを迎え入れるよう口を開けているだけだった。
「さあ、行くわよ。」
ハルが静かに号令をかけた。
彼女は自らのヘルメットの固定を確かめると立ち上がる。
「カイ、私たちが船内を探索している間、艇を待機させておいて。何かあればすぐ脱出するための準備を怠らないで。」
「了解。」
カイが短く答えると、ハル、リナ、ジョーの3人はそれぞれの武器と装備を整え、エアロックへ向かった。
エアロックの扉が開き、3人は慎重にエルシア号の内部へ足を踏み入れる。
未知の闇に包まれた船内に、一陣の冷たい空気が流れ込んできた。
遠く前方、薄明かりの中に巨大な廊下が伸びている。
その終わりにぼんやりと光る表示灯を目印に、ハルたちは進み始めた。
「……信じられるか? こんなでかい船なのに、静かすぎる。」
「えぇ、そのようね」
「ちょっと、不気味すぎやしませんか……」
おどおどとリナが弱音を吐く。しかし任務で来ている以上事態を把握するためには進むしかないのだ。
やがて彼らの目前に分厚い隔壁の扉が立ちはだかった。
ハルが隔壁のハンドルに手をかけ、力を込めて回すと、重厚な扉が軋む音をたてて開いていく。
その向こうに広がっていたのは——見渡す限りの静寂だった。




