Final Stage "アニマ"
極度の疲労からか、気づいたら眠ってしまったようだった。
次の日。暗黒殿には昼とか夜とかそういったものは無い。窓が一切無いからだ。
部屋の入り口には水のペットボトル350mlと、恐らく穀物を粉末にしたような袋が置いてあった。
(これが配給か・・・ ちょっと食べてみるかな)
少し食べてみたが全く味がしなかった。無理やり水で流し込む。
(こんなものしか食ってなかったらすぐ栄養失調になる・・・)
一日1回、プレイ出来るという話だったのを思い出し、筐体へと向かった。
昨日の金髪リーゼントは居なかったが、その取り巻き連中や、今度は別のモヒカン頭が金網を取り囲み、野次を飛ばしていた。
(やれやれなこった・・・)
また3曲ほど並び、金網に入る。
「昨日の下手くそ音専野郎だぜ!!てめえの居場所はここにはねえ~!!とっとと帰りなァ~!!!」
(俺にはもう帰る場所も無ぇんだよ・・・)
胸の中で反論した。
今日はquaver♪を選曲する。
金網をバシバシ後ろから叩かれるせいで一向に集中できないのだが無視してプレイを続けた。
結果は・・・ 3253点。MAXマイナスには届かない程度のスコア。獲得デラーは150だった。
(アップ無しでこのスコアは正直良くやったと思う。しかしこのままでは・・・ 100万デラーはおろかいずれ餓死してしまう・・・)
しばらくすると金髪リーゼントがプレイし始めた。
(あの野郎・・・ 一体どんだけの上手さなんだ・・・)
金髪リーゼントが選んだのは"Snakey Kung-fu"
(こいつ、意外と・・・ 出来るっ!)
終わってみれば金髪リーゼント、Snakey Kung-fuは3407点。2桁落ちの高スコアを叩き出していた。
獲得したデラーは17000デラー。
「ケッ、しけてやがるぜ、こんなデラーじゃ酒代にもならねえな!」
そう言い捨てて、金髪リーゼントは取り巻きと一緒にどこかへ消えた。
(あのリーゼントどこかで見た気がしたが、、元プロの"ジャガー信長"か!)
(プロツアーにも出場していたが素行が悪く、ビート賭博と八百長で永久追放された男だ・・・)
(まさかこんなところに居るとは・・・)
一日に1曲のプレイをし、獲得デラーは100に及ぶか及ばないか。
デラーとモノが交換できるコンビニのような場所があり、そこで商品棚を見てみたが100デラーぽっちではおにぎりを1つ買うのが精いっぱいだった。
(物価はおおむね1円=1デラーで間違いなさそうだ。つまり俺が得たデラーは100円ってところか・・・)
およそ10日ほどが経過し、俺は実力通りのプレイをするのでは十分なデラーを得ることは出来ないと悟った。
配給の粉とわずかなものしか食べていないために、プレイ中の2分間姿勢を維持することが困難となっていた。
(そういえば、昨日はうのとらが倒れてそのままどこかに引きずられていったな・・・)
目がかすみ、立ちくらみが止まらない。
(これでは発狂曲をやるのは無理だ・・・)そう思った。
どうやって上達すればいい?どうやったら上達出来る・・・とにかく金網の中のプレイヤーをじっと見て、何かヒントを探すことにした。
そうして気づいたことだが、ヤジを飛ばすでも無く並ぶでもなく、画面を真剣な眼差しで見つめている者が居た。
筐体に向かって獲物を見定める鷹のような鋭い眼光を送っている男。
その男は画面を見ているだけで微動だにしていないのに、しかし身体の周りの空気が曲に合わせて揺らめいていた。
そしてどれほどの時間が経っただろう、ついに鷹の目の男が筐体に立つ。
選んだのはEXUSIA。
鷹の男が纏うオーラ、そして打鍵音。普段はヤジを飛ばしているオーディエンスも男のプレイに釘付けになっていた。
俺は空腹でもうろうとしながらも必死で男のプレイから何かを盗もうとしていた。
(この男・・・呼吸が違う!肺が大きく膨らんでいる!そして心音!
男の心臓の鼓動がこちらにまで伝わるようだ!)
(生とし生けるものが持つ生命鼓動、それを楽曲にシンクロさせ打鍵に乗せることで自らの魂を筐体に共鳴させている!!!)
(全身から溢れるこの圧倒的なオーラエネルギー!!!観客はこのビートオーラの前では釘付けにならざるを得ない!!!)
そのスコアは3918。MAX-10。
当然ながら地上での歴代すら更新する一撃。
あまりに圧倒的なプレイにオーディエンスの盛り上がりはMAXXとなった。
獲得デラーこそ見落としてしまったが桁数から100万を超えていたようだった。
―――俺は今までビートマニアを誤解していた。
ビートマニアはモグラ叩きなどではない。
己の魂を燃やしてビートを刻む、それがビートマニア。
長年プレイを続けながらなぜそのことに気づけなかったのか…
その後のことはよく覚えていない。
その日のプレイのために筐体に立ったようだが途中で気を失って倒れてしまったようだった。
その日、自分が部屋に戻った後のことだった。
『なかなかしぶとく生き残っているようですねえ』
to beat continued...