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最終手段

 ただ、僕はどうしてもあの会話をシャーロックに聞かれたくなかった。いや、自分の言葉に落ち度はないと思っている。だけど、あの変なモードのマフィン君が、あの録音と共にあることないことをシャーロックに告げたとしたらどうなるだろう?

 彼は確実に面白がる。そしてそれをネタに、バックのマフィア諸君と一騒ぎ起こすんだ。僕の名声を地に堕とすために。

 いや、僕にしてみたら名声なんてどうでも良い。問題は、騒ぎの中心人物にされるってことだ。それだけは絶対に避けたい。「注目されること」はイコール「仕事がやりにくくなること」だし、それはイコール「死」でもあるから面倒臭いんだ。

 まあ彼にとってこんなに楽しい事はないだろう。凄腕の秘密諜報員(エージェント)がくだらないスキャンダルで破滅する。それはとても素敵な喜劇だものね。あーあ、逆の立場なら僕がそうしてやるのに。


 なになに、「事実無根なら何をどう騒がれても大丈夫だろう」って?

 分かってないな。この手の話は「それらしく見えた」ってだけで効果は絶大なんだ。そもそも僕ら人間は、ニュースを娯楽の一部と捉える節がある。それが真実がどうかなんて関係ない。誰も気にしないし考えないだろう? 大事なのは興味を惹かれるかどうか。面白いかどうかじゃないか?




 この悲劇を阻止するためには、何が何でもマフィン君を止めなければならない。どんな犠牲を払ってでも。

 かくなる上は……。僕は自室に一人篭って慎重にプランを練り、ナイフを研ぎ始めた。

 しかしその真っ最中に突然ドアがノックされ、か細いマフィン君の声がした。


「ロビンさん……早まらないでくださいね……実はあの録音、既にホームズさんへ渡してあるんです……僕に何かがあったら、封を開けて聞いてみてと頼んであるんです……」


 どうしよう、マフィン君が怖い。




 マフィン君はいつの間に、こんな悪漢(ピカロ)に変身してしまったのだろう。優しくてかわいい子犬のような子だったのに。

 僕も僕だ。泣く子も黙る凄腕の秘密諜報員(エージェント)の癖に、どうして下宿仲間(フラット・メイト)の恐ろしいまでの変貌に気が付かなかったのだろう。て言うか、僕の正体バレてるんじゃない? だとしたら馬鹿だ馬鹿だ馬鹿だな僕は。こんな子に後ろを取られるなんて終わりだよ。もう退職届けを出さないといけないかも知れない。長官は認めないだろうけど。

 

 僕は悩み、悔やみ続けた。晴れの日も雨の日も、嵐の夜も霧の朝も。庭の木々はいつの間にやら葉を落とし、まるで老人の細腕のように枯れて頼りない枝を、強く吹き付ける風に震わせるばかりとなっていた。

 でも、マフィン君の術中から抜け出す良い方法はなかなか思い付かない。何せ、あのシャーロックが一枚噛んでいる。僕が下手に動いたら彼は必ず感づき、録音に手を伸ばすだろう……僕が彼の企みを察知し行動を起こす時と同じように。


 僕はよく眠れなかった。毎朝の鏡で見る自分の顔は、ちょうど告白をして来た日のマフィン君のようにげっそりして、黒い隈が出来ていた。これはもう呪いだと思う。この顔のせいで、昨日などはシャーロックに「何処か悪いのか」と心配されてしまった。信じられない。どうしてくれるんだ。




 もう我慢出来ず、僕はとうとう、最終手段に打って出ることにした。どうしても嫌だったけど仕方がない。「弱みを握られている」という前提を崩せばコトは終わるのだ。


 だからつまり……死神と契約をすれば良い。


 窓から見下ろした午後の街は、一マイル先も見通せないほどに濃霧の底で澱んでいた。ロンドンはよく「パブで煙草を吹かす紳士」と例えられるけど、今日はまさにそうだった。目に見えぬ紳士の吐く紫煙は辺りかまわずと言った感じで始末に負えない。

 ほらご覧、通りを行く人は、ゾンビのように手を伸ばしてよろよろ歩いている。それか、足下をよく見るためにずっと陰気に俯いている。信号が変わる度に車のクラクションや怒号も飛び交うし、うるさいったらありゃしない。

 こんな大騒ぎの元を作るなんて自己中心的な男だ。まるで何処かの誰かみたいに。

 そんなことを思っていたら、本当に憂鬱になってしまった。


 ああ、しかし行動を起こさねば。マフィン君がちょうど何処かへ出掛けている今の内に。

 僕は不吉な予感に呻いた後、死神の住まう二号室の扉をノックした。

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