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06 浴場 カエルは投げるもの1

 二人を解散させたあと、会議終わりの貴族たちが馬車を走らせているのを見かけた。


 日は沈みかけ、王宮に静寂が現れつつあった。マリーは寝室のベッドに腰をかけようやく、落ち着いたのだった。


 カルネラは怪我を負うことなく学院に戻り、ルイスはそのまま王宮のメイドを始めた。オルヴェイトも任務があるので王宮から離れた。


 去り際にもう一度ルイスを抱擁しているのを見かけたが、ルイスは嫌がっていたと思う。


「長い一日だったわ」


 ちゃんと女王できてるのかと不安に感じるのだった。皆には女王マリーと認識されてるけど、残念ながら記憶がない。


 確かに、王宮でみた絵画は自分のもの、髪型は違っていたが記憶がないだけの女王マリーだと信じるしかない。


 今頃、ヴィルヘルム率いる神官たちが、ルイス・アステリカをフラワーロードにする取り決めを進めているだろう。


 マリーはメイドから「お風呂の用意ができています」の声をかけられ、浴場へと向かったのだった。



 王宮の大浴場はすべて大理石で造られ、少女一人にはもったいないくらいに広かった。


 西側の窓は開放され山嶺から勢いを弱めた山おろし風がはいってくる。


 エスカリエ西部は山岳地帯だった。


 標高一万メートルの規模の山嶺が連なり遠巻きからみると龍が寝そべっているように見える山岳地帯は、オーレアリアと呼ばれている。


 岩肌の土壌で農業に適さなく、高度も高いので人の気配はない。火山地帯もあるらしく渓谷には温泉が沸いているらしい。


 大浴場の鏡で自分の姿を再確認する。年齢で言うと、一五歳くらいであろうか、肩まで伸びた金色の髪は色あせて赤茶色っぽくなっていて、整った顔立ちに、青色の瞳があった。


 やっぱり王宮でみた絵画と同じ顔がそこにはあった。


 髪の長さが違うのと、強いて言うなら、胸の凹凸がないことが不満点であった。


 マリーは浴場の湯に身をあずけ、一日の疲れを癒やしていると、湯けむりの向こうからプカプカと桶が浮かんで流されてきた。


 なんだろうと覗いてみると、桶の中にミニ風呂をつくり、タオルを頭にのせたカエルがいた。


「……カルヴェイユ」


「いやー、マリー様。いい湯加減ですな。日々の疲れも癒やされますぞ、肩の凝りもほぐれてきました」


「あんたカエルでしょう。てか、どこにいたのよ。探してたのよ」


「ワタクシは学院のほうにおりましたぞ。これでも結構偉いのです。生徒たちにヒッパリダコでして」


 あんたカエルでしょう、というツッコミは出なかった。


 カルヴェイユの生徒には学院の教授たちも含まれる。喋るカエルなんていたら研究対象になるのは当然だった。


「ふむ、やはりその色は落ちませんでしたか」


 あれっとマリーは足をみる。そこには無限に続く花畑でつけた色がまだ残っていた。


「ただの花ではございませんな。相当の想いの具現化でしたので。花の汁を水だとするとこれは粘土のようにベッタリしてますゆえ」


 マリーは迷っていた。聞きたいことは山ほどあるが、まず記憶がないこと、これをカルヴェイユに言ってもいいのか判断ができない。


 最悪の事態、人違いだったさようなら、となるのは避けたい。唯一、カルヴェイユはマリーとアマリリスを別人だと認識しているのがわかった。


 でも王宮にきて以来アマリリスの気配はなかった。開かずの扉を除いては。


「アマリリスはどこにいるの? 彼女から色々聞きたいんだけど」


《想いの力》の発祥はアマリリスを起源とすると聞いた気がした。でも、この世界に来てから《想いの力》はあれど、アマリリスを聞いた覚えがない。


 違和感。開発者なのに噂にすらされない矛盾。


「アマリリス様はそうですな。この世界にはいないのかもしれませぬな。もしかしたら、別の世界から現れるやもしれません。ひょっこりと」


 誤魔化された気がした。別の世界。並行世界をこの世界に召喚する力|《想いの力》。もしかしたら別の並行世界に移動する力でもあるのかもしれない。


 マリーは、湯船に顔半分を浸からせるとブクブクと泡をたてた。


 分からないことが多すぎる。でも今のところ上手くやってる。


 でもこのままではいつか破綻する。少女が本当のマリーでないことが明るみになって、本当のマリーが現れて、いつか追放される気がしてならない。


 それまでは、偽りのマリーを演じ続けるしかない。


「ところでカルヴェイユ。あなたってオス?」


「ふむ、意外な質問ですな。人間には両生類と認識されておりますが、ワタクシに性別の概念はありません。両性類とのことですから、両性なんでしょう」


 生を性と間違えるあたり、カルヴェイユは何か抜けているところがあるかもしれない。


「人間とは面白いものです。これほどの文明力をもちながら、いまだ単体で生殖できません。性と語るというのなら、振る舞いで決めるべきでしょう。オスの個体でもメスのように振る舞えばメスであり、メスの個体でもオスのように振る舞えばオスです。それで言うなら、ワタクシはどちらかというとオスになります」


「そう、ようするに、オスってことね」

「左様でございます」


 カルヴェイユはオスであった。この言質をとったマリーは行動せざる得ない。


 今ここは女子風呂であった。マリーはカエルを掴みあげると、開放された窓の外に向かって放りなげた。射角45度。最も飛距離が伸ばせる角度だ。


「罪状は風呂のぞき。乙女の花園は男子禁制! 速やかに退場しなさい!」


 放り出されたカルヴェイユは、城壁の断崖へ落ち渓谷の底、見えなくなるまで落ちていった。


「マリー様ああああ。マナーがなっておりませんんん…………」


 と、渓谷にこだまする声はだんだん小さくなっていった。


 マリーは山脈から流れる風を浴びながら清々しい気分になった。



 大理石の広間の先、王の間の扉が開いていた。


「カルネラ・アルスバーン。黄金歴五年四月二三日、王城に侵入したとして指を失う。《想いの力》の使えない想力者はいらないとして学院を追放。五月五日消息不明。ほう、この世界を歩まなかったか。ヴィルヘルムよ、別に切ってもよかったのだぞ」


 老人に跪くヴィルヘルムは答えない。


「ルイス・アステリカ。黄金歴五年四月二四日、フラワーロードに任命。七月二三日、薔薇十字軍に参加したのち戦死。この世界が濃厚か」


 暗がりの中、燭台に火をともした明かりだけがあった。横には天蓋付きのベッドがあるが、薄っすらと眠る少女の影が見える。


 老人は手書きの手記を食い入るように読み漁る。


「ヴィルヘルムよ。開戦は七月だ。戦線を止めよ。停戦せよという意味ではない、戦ってる振りをするのだ。そして、ボーア・シュトレイゼンにアルファ41の開発を急がせよ」

「御意」


 ヴィルヘルムは畏まり男の命令に従った。


 ヴィルヘルムが部屋をでたあと、老人はヴィルヘルムから渡された黄金の杯を手にとった。


「これがグラディウスの持っていた黄金か。アマリリス様、もう少しで御座います。我らの完全なる世界はあと少しで叶いましょう」


 老人はベッドに向かって話しかけるが、少女が答えることはなかった。

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