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28 蹂躙(じゅうりん)という言葉をお教えしよう

今日2月14日はバレンタインデー? いえ、アマリリスの誕生日です。

 同日、マリーとマーガレットがアリアの宿舎に行く前の頃。


 カルネラは王宮のヴィルヘルムの執務室にいた。筆を走らせるヴィルヘルムの前にカルネラが跪いていた。


「来たかね、カルネラ・アルスバーン。ボーア・シュトレイゼン達が召喚した個体番号アルファ41、その試作品の実証実験に赴いてもらいたい。もっとも、個体番号アルファ41に限りなく似せた贋作であり、威力も百分の一とちっぽけなものだがね。場所は、エスカリエ南東、エリバルディ国境沿いにて行われる。手筈は既に整っている。エスカエリエ兵を退却させ、後方に観測所を設けた。君の任務は、単身で現地へ趣き起爆させることだ。ああ、心配する必要はない、安心したまえ。君が死ぬ運命になることはない。君が死なない未来は既に決定しているのだよ。行動を開始せよ、カルネラ・アルスバーン」



 ローズ近衛分隊はメイド養成学校の同期で結成された。対して、メイド養成学校の第二位、フリーダ・ユスタナシアは別の道を歩んだことになる。


 フリーダは、かつてのフラワーロード、マルガレーテ・カタリナ・アルスバーンの剣技に惚れ込んだ経緯があり、お遊びの騎士団よりも己の研鑽に勤しんだ。


 ユスタナシアの家の叔母の命令により、弱小貴族の騎士クラスの男たちと一緒にいるが、それはフリーダの本心ではなかった。


 巨漢の男ロイス・カルエルの隣で、うなだれるフリーダの姿があった。


 貴族服には肩鎧、胴鎧といった部分的に鎧を装備して、膝まであるスカートの裏には投げナイフが仕込まれている。特に、学院から支給される鎧は、彼女の胸の膨らみに追いつかなかったために、胴鎧は特注だった。


 フリーダは己の美貌を武器にして、あえて肌の露出を増やすことで、相手、特に対異性の目線を武器から逸らすことができた。フリーダが剣を振るたびに、その純白の太ももが見え隠れするのだった。


 そんなフリーダは今、巨漢の男ロイス・カルエルと甲冑の男集団と一緒に見知らぬ密林へと召喚されていた。


「どうなってるのよ……」


 パチパチと音をたてる焚き火には、脂ののった淡水魚が串焼きにされている。巨漢の男ロイス・カルエルが、バリバリと骨ごと噛み砕いて食べていた。


「フリーダ。すこしは何かを食え、飢え死にしてしまうぞ」

「誰が、こんな原始人みたいなことするもんですか」


 マーガレット・ルイス・アステリカを失脚させるために、マーガレットが親しくしているローズ近衛分隊に嫌がらせをしようと企んだ。


 そして偶然にも隊員の一人が魂を食らう猫の被害にあったと知らせを受けて、その隊員の宿舎に向かっていた矢先だった。


 斥候から帰って来たであろう男がロイスに耳打ちをした。


「何ぃ? 数名の女どもをみたぁ?」


 フリーダはロイスの声にゆっくりと顔を上げた。


「フリーダ、いい話だ。どうやら、この密林に飛ばされたのは、俺たちだけではないらしい。ローズ・ヴァレンシュタイン、その取り巻き共。さらに、狐面をした女、ルイス・アステリカも一緒だ」


 フリーダはルイス・アステリカという言葉を聞くと、腰に携えている翡翠色の剣の柄を強く握った。



「来ます……! こっちに向かってきている。かなり大きい!」


 マリーたちの目の前に、褐色の毛むくじゃらが横切った。時速五十キロメートルはくだらない速さで接近し、赤く光る目は七人の少女を捉えている。


 額には幾多の縄張り争いに勝ち続けたであろう古傷が窺えて、今もなお、放たれる獣臭はこの一体を牛耳るヌシを主張していた。三メートルはくだらない熊だ。


「くま!?」


 さぞ、不機嫌なのだろう。威嚇の唸り声をあげながら、開いた口からはよだれが垂れている。


 褐色の毛むくじゃらは、二本足で立つと前足にある鋭利な爪で襲いかかってきた。


 ローズは剣を抜き、その爪を受けた。その剣は少女が持つにはいささか大きすぎるロングソードだ。


「ローズ!」

「すまない。流石の我だとしても、これには無理がある」


 流石に応対できないと判断し、逃げる準備にとりかかった。まともに相手していては誰かが犠牲になる。


 しかし、今から逃げようにも手遅れだった。人間が走ったところで、時速五十キロメートルで追いかけてくる熊から逃げ切ることは不可能に近い。むしろ、安易に背中を見せることは、自らの命を差し出しているに等しい。


 ならば、


「戦うしかない」


 マリーがそう決意したとき、マーガレットが前にでた。


「《完全なる世界の再現(プレイ・ザ・パラレル)》」


 マーガレットの剣に光が纏った。


 詠唱されるのは《完全なる世界の再現》、並行世界の一部を一時召喚する力だが、多重詠唱することで、たった一振りから数千の斬撃を生み出すことができる。


 マーガレットは詠唱と同時にこう付け加えた。


「――蹂躙(じゅうりん)という言葉をお教えしよう」


 マーガレットの剣から数千の斬撃が召喚された。それはその剣が辿ることができた軌跡をこの一瞬に圧縮したもの。複数の並行世界の召喚だ。


 褐色のけむくじゃらは、毛は刈り尽くされ、肌色のすっぽんぽんになって倒れた。


「……っ」


 マーガレットの視界がぼやけた。相手が未知だからこそ手加減はしてないが、《想いの力》の代償、抗えない睡魔もその分ひどくなる。


 マリーはマーガレットに肩をかした。


「お疲れ様」


 マーガレットは詠唱後、三十分気を失った。


 マーガレットの意識が戻ったとき、マリーはマーガレットの肩にもたれて眠っていた。


「マーガレット殿、目覚めたか。見事な剣技であったな」


 ローズたちは火を起こし、甲冑の一部をメイスで叩いて成形した鍋もどきに、密林の食べられそうな素材を入れていた。


 マーガレットはローズの声で状況を確認する。


「何、貴公が眠ってしまったのだから。メアリー殿は身動きはとれないだろう。そして、数分もしないうちにメアリー殿も眠ってしまったというわけだ」


「それは?」


「貴公が仕留めた熊の鍋だ。殺してしまったのだ。せめて、食せねば命の冒涜というものだ。……というのは建前だ。メアリー殿が、また蛇を食べようとしないようにと思ってだな」


 ちょうど、その時マリーも目が覚めた。


「マーガレット! あら? 何かいい匂いがするわね。美味しそうな匂い」


「マリー様。申し訳ございません。本来なら、主を一人にしないように《想いの力》は控えるべきでした」

「何言ってるの? 私の命より、みんなの命でしょ。あなたはみんなを助けたのよ。誇りに思いなさい」

「メアリー殿、マーガレット殿、そろそろできたぞ。ローズ近衛分隊がふるまう熊鍋だ」


 ローズは木の皮で作られた器に具をよそい、マリーとマーガレットに手渡した。

 具だくさんで温かい熊鍋は、疲れた体によく染みた。


「ああ、生き返るわ」


 命に感謝すべき味だった。

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