決意
そうして私のセイバーンでの生活が、再開しました。
戻ってみますと、アヴァロンを去った者もそれなりにおりまして、街の雰囲気もまだ、落ち着いたとは言い難いようでした。
例えば我々と共に職務にあたっていた派遣官や、研修に赴いていた職人ら。セイバーンに仕官しておりました者や、衛兵の中にも……当然のようにあったはずの顔がございません。
前ここにいた頃は普通に会話をしていたはずの方が、私を避け、困ったような視線をこちらに向けてくることもございました。
故郷に呼び戻された者だけでなく、レイシール様に対する不信を叫び自ら去った者もいたようです。
しかしレイシール様は、それらを全て受け入れておりました。
「申し訳ない。
私も貴方が変わったわけではないと分かってはいるのだけれど、不信感を拭えない者のうちのひとりだ」
クロード様にもそのように言われましたが、私としては、特に気にしておりません。
「お気になさらず。我々獣人にとって、重要なのは主の名誉。
貴方がレイシール様を主とされ、忠義を尽くしてくださるならば、私に異存はございませんので」
それよりも大きな懸念事項はいくらでもございます。
まず何よりも問題なのが……。
全く私が役に立たないということです。
◆
身の回りのことは、極力自分で行えるように訓練してきたつもりでした。
しかしやはり、それはまだまだ未熟で、自身の身支度ひとつすらまともに行えませんでした。
「おはようございます」
朝一番、ウォルテールがやって来て、私の身繕いの手助けをしてくださるのですが、それがまず苦痛でした。
極力彼が来るまでに色々を済ませておきたかったのですが、思う量の半分も進まないのです。
「……毎朝お手数をお掛けしますね」
ある朝、自分の不甲斐なさに嫌気がさして謝罪したのですが。
「……いえ。貴方の手脚を奪ったのは、俺の所業なので」
そう言われました。
ウォルテールは、私がセイバーンに戻れないでいる間に、従者見習いとしての道を歩み出しておりました。
獣人である彼を起用されたのは当然レイシール様です。
「ハインという前例があるのだし、気持ちがあるなら挑戦したら良い。やりたいと思うことをやったら良いよ」
と、彼の道を後押ししたそう。
当然読み書き等もままなりませんでしたので、見習いからですが、耳や尾、脚が狼のそれであるウォルテールは、従者として振る舞う以前のことから苦労しているようでした。
私と違い彼は、見るからに獣人なのです。
私には違和感を感じる程度で済んでいる方も、ウォルテールには恐怖心や嫌悪感を抱きます。
人の身体に狼の部位が生えている姿は、やはり奇異であると感じるのでしょう。
そんな、居心地の悪い日々を過ごしているであろうウォルテール。
「……何故、従者をしようと思ったのです?」
獣化できる彼は、獣人の中でも優秀と判断されます。
現状の獣人で、貴族に雇用される者の殆どが獣化できる者であると聞いておりますし、彼も今まで通り、吠狼の一員として過ごせば、今よりはまだ過ごしやすかったかもしれません。
何より彼は、どの獣人よりも獣化を得意としておりますし、体型にも恵まれているのです。
獣化できる獣人として、もう少々高待遇を望めたでしょうに。
私の問いに、ウォルテールは短くなった耳をピクリと震わせました。
そこには銀の飾りがあります。
人の姿であっても狼の特徴を持つ獣人が、きちんと貴族の元で管理されていると証明するために新しく考案された印で、これにより彼が貴族に囲われていることを示しています。
まぁ……獣化できる者はいざという時危険であるから、目の届く範囲で分かりやすく管理しておきたいという、貴族側の考えも透けて見えますし、一概に良いものとは言い難いのですが……。
「……俺は本来なら、斬首に等しい罪を犯してますのを、レイシール様が庇ってくださったから生きています。
彼の方が許されこの地に戻る時も、俺のことは問題になった。実際に貴族を襲っているのに危険だと……。
それを彼の方が、もう自分が俺の主になったと……自分の管理下に置くからと、そういう形で救ってくださったんです。
だから……ちゃんとあの人の管理下にいると示す必要があったのと……」
もごもごと言いにくそうにウォルテールは視線を彷徨わせました。
「……ふ、ふたりの側に、いたかった……。
もしまた、姉ちゃんに会った時にも、俺……。それでも、ちゃんと、抗えるように……」
血の繋がりにより、幼くから姉を主としてきた身です。
レイシール様がウォルテールを庇い、右手を失ったあの時、多分ですが……姉との本能の鎖は絶たれているはず。
それでも姉に再会したら、また気持ちを引っ張られてしまうかもしれない。そんな不安があるのでしょう。
その気持ちは、分からなくもないです……が。
それではレイシール様の負担が増すばかりです。従者となったからには、彼の方に守られるのではなく、守る側に立たねばなりません。
「……持論ですが、獣人は従者に向いていると思うのですよ」
急に話の方向を変えた私に、ウォルテールは不思議そうな視線を向けてきました。
私の非難を甘んじて受ける覚悟であったのかもしれません。確かに、以前の私であれば彼を排除しようとしたでしょう。しかし……。
私は構わず、言葉を続けることに致しました。
「我々獣人は、主を仰ぐことが本能としてありますから。
主の命に従い、行動することを喜びとし、生きる意味とできます。
ですが……。
我々の祖先はきっと、それで失敗したのでしょう」
「……失敗……ですか?」
「はい。獣人が悪魔の使徒と言われることとなった要因は、ただ獣人が利用されたということではなく、やはり理由があったと思うのです」
純粋な獣人に近かったであろう我々の祖先は、ただ従うのみで、その意味をきっと、考慮しなかった。
人の社会構造と獣人のそれに、大きな隔たりがあるなどとは考え付かなかったのかもしれません。
その結果が獣人の地位を貶め、悪魔の使徒となる道へ繋がったのではないかと思うのです。
ですから我々は、同じ過ちに踏み込んではならない。
二千年過去と同じであっては、ならないのです。
「せっかく人の血も持っているのですから……ただ主に従うだけなどという、愚かなことをしてはいけません。
それは指示がなければ動けないと同義ですし、貴方が前の主に傅いていた頃となんら変わらない……。それは、褒められた従者とは申せません。
ウォルテール。レイシール様の従者を目指すならば、貴方は彼の方の心を拾えるようにならなければならないのです」
「…………心……ですか?」
「えぇ。彼の方は、口で言うことと心で言うことが案外違うのですよ」
かつて私も、師であるワドルに言われたのです。
「彼の方の言葉の表面ではなく、心を見つめられるようにならなければなりません。
彼の方の言葉のままを、その通りにこなすのは、貴方も彼の方も、傷付け孤独にすることですから。
難しいことだと思います……。でもどうか、彼の方の心を、掬えるようになってください」
過去から学ばなければいけません。
人は間違う生き物で、それはレイシール様とて同じなのです。
ですから、主に全てを委ねてはいけません。己の責任は己で背負うべきですし、主が間違っているならば諌めなければなりません。
正しい忠義を身につけ、良い従者となってください。そして……。
どうか私の代わりに、彼の方を支えてほしい。
私はもう、盾とはなれそうにありません。
◆
「……今、なんて言った?」
「従者を辞すと、申しました」
越冬直前のとある日、私はレイシール様にその決意を伝えました。
オゼロより戻ってひと月弱、色々と模索しておりましたが、やはりこの結論を覆すことはできなかったのです。
本日はギルも訪れており、越冬の間にバート商会の研究所をアヴァロンに纏めたいという旨の話をレイシール様と進めておりました。
二人が揃っているので丁度良いと思い、区切りがついたところでこの話を伝えさせていただいたのです。
片脚で歩むためには杖が必要で、杖をつけば残る手が塞がります。
片眼も見えませんから、死角も大きく気付くべきことにも気付けない……。
これではなんのお役にも立てません。
「自身の身の回りのことすら思うようにならぬ状態で、職務の遂行は困難と判断しました」
ギルと、控えていたウォルテールが瞳を最大限に見開き、私を凝視して固まっております。
そんなに驚くことではないでしょうに……。私の状態を考えれば、分かりきっていたことなのですから。
従者は主の手足となり、盾となれなければいけません。
けれど私はもう、そのどれにもなれないのです。
ここに残っている意味など、無いではないですか。
「今日までそれでも何かしらお役目を果たせるのではと模索しておりましたが、やはりそれも難しく……。
ですので、職を辞すお許しをーー」
「駄目だ‼︎」
怒りに満ちた声が、私の言葉を遮りました。
滅多に声を荒げたりしないレイシール様の剣幕に、執務室にいた他の面々が驚き顔を上げ、こちらを見る気配を背中に感じます。
視界の端で、慌てて立ち上がったサヤ様が部屋を飛び出していくのが見えました。それをメイフェイアが追いかけていきます。
その足音が遠去かると、部屋はしんと静まり返りました。
そこにレイシール様がもう一度、念を押すように拒否の言葉を重ねてきました。
「駄目だ。それは許さない」
…………貴方はそう言うと分かっておりましたとも。
ですが、今後のセイバーンに私という者は不要です。使い道が無い者は、処分を考える。それも獣人の主として必要なことなのですよ。
「……許されない意味が理解できません。役に立たぬ者を傍に置くのは非効率です」
「効率の話なんかどうだって良い!」
「良くありません。職場の秩序を乱しますし、他の者にも示しがつきません」
「お前はっ! 俺を庇ってその身体になったんだ!」
「それがなんだと言うのです。だからそれに報いるために使えもしない者を雇用し続けると?
事情を知らぬ新しく入る者らには分からぬことですし、このような役立たずを侍らせ重用しておくことは、貴方の醜聞にも繋がります」
「言わせたい奴には言わせておけば良い!」
「良くありません。貴方は立場ある身です。皆の生活も背負っているのです。
私を獣人への同情心を煽るための看板としてご所望なのだとしても、人にしか見えない私ではやはり力不足でーー」
執務机をバン!と、叩きつけて立ち上がったレイシール様は、そのまま左手を私の胸元へ。
衣服を掴まれ強引に引かれて、片脚しか無い私はぐらりと身を傾けました。それを見たギルが慌てて腕を伸ばし、私を支えます。
「…………いちいちわざと、俺を怒らせる言葉選びをするな」
私の襟元から手を離したレイシール様が、怒りと悲しみに歪めた表情で、私を睨み絞り出したのは、そのような苦しい掠れ声。
勿論、貴方は私のことをそんな風には考えていないと承知しておりますが、こうでもしなければ貴方は無駄に足掻くでしょう?
「私は間違ったことを言っておりますか?」
私は片眼は失いましたが、耳は両方残っているのです。
ですから、色々拾いますよ。私を気味悪く思う方は当然多いですし、死んでもおかしくない怪我で生き残っているのは、悪魔の使徒であるからかもしれないと、まだそんな風に嘯く者もいるのだと。
私を未だに傍に置くことを、仕事をせぬ者に高待遇すぎる。獣人贔屓だと揶揄する声も。
貴方が私の耳に、それを入れぬよう苦慮していることも……。
人と獣人という、今まで反目していた我々が共にいる場なのですから、小さなことを大きく言う輩は当然出るでしょう。
けれど越冬を前に、これを放置してはいけません。
今は小さな傷でも、雪に閉ざされる冬の間に、軽視できぬ問題になる可能性もございます。
私がいることがこの場の為にはならず、レイシール様に私を切る気がないから、自ら動くのです。
「もう私に従者は勤まりません。それは今日までの日々で、充分お分かりでしょう」
そう言えば返す言葉がなく、レイシール様は口を閉ざして視線を逸らしました。
実際にそれは感じていたのでしょう。けれど口にできなかった。私を切り捨てられなかった。
大丈夫。貴方に仕えたいと考える獣人はいくらでもおります。
傍に置くならば、使える者を置いてください。獣人の主として正しく振る舞っていただきたいのです。
貴方は今、人と獣人を繋ぐ唯一の歯車。規則正しく回らねばなりませんし、そこに使えぬ歯車は必要無いのです。
「役にも立たぬのに、ここにいることは私にとっても苦痛です」
そう言うと、傷付いたように眉が下がりました。
この言葉を私に言わせてしまったことが苦しい顔。
……それでも、言うべきことだから言っているのだと、ご理解ください。
「長らくお世話になりました」
「俺はお前に命じたはずだよな、盾の襟飾を渡した時に、俺の従者であり続けろって!」
「残念ながらそのお約束は無効でお願いします。
私はもう、その盾を所持しておりませんし……」
去年のあの日に失いました。本来ならお返しすべきですが、それも叶わず残念です。
そしてもう私は、新たなものを受け取れはしません。その襟飾ひとつすら、自ら身に付けることができないので。
「ですが誓い通り、私の魂はこれからも貴方のものですし、一生、この残った血肉も全て、貴方に捧げる。そのことに変わりはございません」
こんな身になった私が貴方に残せるものは、限られる。
「明日より、ウォルテールに職務の引き継ぎを行ない、越冬中に、彼を一人前の従者に育てます。
それを私の最後の職務といたしましょう。
獣人の従者は、やはり人と同じではございませんから……」
彼がいてくれて良かった。
私の経験を彼に引き継げば、きっと今後も、従者を目指す獣人らに活かすことができるでしょう。
そして彼らがこの方を守ってくれる。
越冬中に、春からの私の身の振り方も、考えなければなりませんね……。
「俺は許可してない!」
それでも尚、レイシール様は引き下がりませんでした。
どうせ何を言おうと、受け入れてはもらえないと分かっておりましたとも。
ですが私は貴方の従者ですから、主の過ちは正さなければならない。本能よりも、主の命と名誉が重要なのです。
そこにパタパタと、サヤ様が走って戻られました。
だいぶん離れた場所まで行かれたのか、この方が少々息を弾ませております。
腕に何やら布の塊等、大きなものを抱えておりました。
「あのっ、ハインさん、実は……」
この方も、私を繋ぎ止めようとしている……。
「いえ、結構です。もう話はつきましたから」
そう言うと、衝撃を受けたように表情を強張らせ、次にくしゃりと歪めてしまいました。
今にも涙を溢し始めてしまいそうだったので「引き継ぎがありますので、メイフェイアをお借りいたします」と、言葉をたたみかけて視線を逸らし、ウォルテールにも声を掛けました。
「まずは打ち合わせをしましょう」
「ハイン‼︎」
「現実を見てください。まさか、領主としての責務をお忘れではないでしょう?」
私を特別にして良いはずがない。
小を捨てて大に就くのが貴方の役割です。
「もし私に、最後の使い道ができた時は、おっしゃってください」
どんな道でも従いましょう。
それが私にできる、最後の奉仕です。
◆
どうして⁉︎ と、ウォルテールに言われました。
どうしても何も、言った通りのことですが……。
「貴方がいるのに、私が居らねばならない理由は無いでしょう?」
「お、俺が、従者になるって、言ったから……っ⁉︎」
衝撃を受けてしまったように、ウォルテールは顔色を失いました。おおかた、私から役割を奪ってしまったとでも思ったのでしょう。
ですから「違いますよ」と言葉を返します。
貴方であろうと、なかろうと、この結論は出ておりましたし。
「よくお聞きなさい。
レイシール様は、人と獣人を繋ぐ唯一のお方。ですから、必ず獣人の従者は必要です。
サヤ様はもう奥方様ですから、人の従者は当面ルフス一人にお願いすることになるでしょう。
しかしルフスは武の心得的に心許ない。盾の役割を頼むには、少々難しいものがあります。
なので、獣人の従者が役立たずでは困るのですよ」
彼の方は人にも獣人にも狙われる。全てにおいて賛同を得るなど無理なのですから。
どうせ今までだってあったのでしょう? だからサヤ様をセイバーンに残し、自身は国を飛び回るという役割を担っていた。
彼の方は、サヤ様が傷付くようなことは極力減らそうとされたはずですから。
敢えて積極的に動き回ることで、周りの敵視を自分に集めていることも、私に分からないと思ったのでしたら、舐められたものです……。
「メイフェイアは今まで通り、サヤ様を守りなさい。彼の方の強さは揺るぎありませんが、心には脆い所をお持ちですから。
レイシール様のお考えも薄々勘付いておられるかもしれませんが……ウォルテールが役割を果たせる限り、均衡は保てるでしょう」
「お、俺が、何⁉︎」
「レイシール様の盾役ですよ。だから、私では駄目なのです」
いざという時に動けぬこの身では、なんの役にも立ちはしない。
「獣人の従者は、賢くなければなりませんよ……。場を読む力は必須。いざとなれば泥を被ることも必要となります。
人の従者には、人としての立場や家庭というものがありますから、身分を越えた踏み込みに躊躇する。
けれど我々は、主こそを第一にできるのです。ですから、盾は獣人である我々が担うべき役割なのですよ。
ウォルテールは特に、一度過ちを犯しております。
ですから、踏み込む時には細心の注意が必要になります」
そう言うと、ウォルテールは慌てて表情を引き締めました。
「レイシール様に叱責が行かぬよう、あくまで個人で対処できなければなりません。
幸いにも貴方は獣化できますし、体格にも恵まれている。私などより余程良い盾になれるでしょう。
しかしそれも、従者としての及第点を得てからの話。ですから春までに、貴方を使い物になるようにします。
覚悟してください。貴方では無理だとなれば、私は躊躇なく他の者を選び直します」
本心を言えば、他を選ぶ気などありませんでした。
貴方がうってつけなのですよ、本当に。
人を傷つけた経験があるがゆえに、人には寛容になるでしょう。
そしてその経験があるからこそ、人に恐れられる……。
獣人としての血が濃いのですから、主に対する忠誠は、血の鎖も作用してとても強固であるはずです。
そのうえで自在に獣化を操れる……。これ以上の人材はおりません。
「分かりましたね? 私が職を辞すのは、レイシール様をお守りするためです。
分かったなら、犬笛を吹いてください。アイルかジェイドに極秘の報告あり、レイシール様には知られぬよう……その様にお願いします」
メイフェイアが笛を吹き、アイルが現れました。
現在北の地の獣人はリアルガーが管理しておりますが、アヴァロンの獣人はアイルが統括しております。
ロジェ村はローシェンナが担当しているとか。
ジェイドが来なかったのは、多分レイシール様に捕まっているのでしょうね……私を説得するとかなんとか、息巻いているのかもしれません。
「アイル、現状の敵対勢力、王宮の動き、神殿の動き、レイシール様の方針を全て詳らかになさい。
それから、私が今まで把握してきたセイバーンのことを貴方にお伝えしますので、まず私に現状を把握させてください」
そう言うと、アイルは理由の追求もなく、私の要求に応えてくださいました。
途中でメイフェイアとウォルテールは帰し、このことはレイシール様の耳に入れぬようにと念を押すことも忘れませんでした。
約二時間掛けて、現在の状況と、セイバーン内の力関係を確認し、今後の計画を見直します。
そして話がまとまり、それぞれ職務に戻ろうかと言う頃に、ぽつりとアイルが口にしたのは……。
「……本当に辞すのか?」
確認されたことを不思議に思いましたが……。
「当然でしょう。今までの話でお分かりでしょう? 私が彼の方の傍にいることが全く意味を成していないのが」
すると少し思案した後、こくりと頷くアイル。
獣人同士は話が早くて助かります。
その時、笛の音がしました。
この音程はジェイドですね……。レイシール様はご存知ないでしょうが、彼らが使う笛の音は、少しずつ高さや鋭さが違います。
全く同じ音の笛を作り上げるのは困難だそうで、その代わりに音を覚えれば、どの音が誰のものか理解できるようになっていました。
「……職を辞しても、ここには残るんだろう?」
またアイルが、何故かそう聞いてきました。
「他に行き場もございませんからね……。
この身体ですから一人で過ごすこともままなりませんし……使用人でも雇ってのんびり過ごします」
なによりレイシール様やギルが、私がここを離れることを許さないでしょう。
あの二人のことですから、姿を眩ませば、どれだけ時間を掛けてでも私を探し出そうとするでしょうし……。
そのようなややこしいことにならぬよう、アヴァロンかセイバーン村に、家でも買おうと思います。
「財産の没収もされておりませんでしたからね。全く使ってこなかったので、使い道ができて良かったです」
「そうか……分かった。
ならば暇を持て余すことだろう……笛の音を覚えると良い。後で一覧を届ける」
そのように言われ、首を傾げました。
「ここを離れる私には不要だと思うのですが……」
「どうせ音を拾うのに、事情が分からないでは不安になるばかりだろう?
覚えておいて損はない」
「……まぁ、それはそうですね」
「お前にも、新しいのをひとつ渡す」
笛をですか?
それもかつては持っていたのですが、やはり昨年、失くしておりました。
しかし持っている間も、全くと言って良いほど使わなかったのですし、それこそ必要ないと思うのですが……。
「何か聞きたい時もあるだろうし……。
お前の良い使い道があれば、連絡できる」
……それもそうですね……。
このような身体でも、役立てていただけるならば、それも良い。
「承知しました。
では後ほど、宜しくお願い致します」
「あぁ」
それで言いたいことも、聞きたいことも、なくなったのでしょう。アイルは唐突に踵を返し、窓からひらりと身を躍らせました。
そしてしばらくすると、アイルの持つ笛の音が響きます。
細かく切れ、震える音……。
これで会話ができるようにした者は、本当に頭がキレる御仁だったのでしょうね……。
これの意味が分かるようになれば、少しは慰めになるかもしれません。
「…………っ」
この冬で、終わる……か。
それを改めて思うと、胸が痛みました。
生きてるだけで充分と、ロレン様には言われましたが、やはりただ生きているだけでは、苦しいです。
これから死ぬまで続くであろう虚無を思うと、恐怖すら感じます。
何もできないこの身体で、ただ呼吸し続けるしかない……。
ただただ、ひたすらに……。
「………………」
壁にもたれて、その胸の痛みと恐怖をやり過ごすために、今までの日々を思い起こしました。
けれどそれは……何ひとつ、私を慰めてはくれませんでした。
いつもご覧いただきありがとうございます。
毎週一話ずつで申し訳ない……でも今日はやっとこさ、分量が戻ってき始めております!
まぁつまりコンテスト投票期間になったーーーっ!
やれることはやった……後は……票! あ、詳しくは状況報告に記しますね。
というわけで、とりあえずソワソワしつつ、来週の一話をまた執筆します。
来週もまた金曜日、お会いいたしましょう〜。