表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/30

雪中の陰謀

 アヴァロンを出るのは久しぶりでした。

 執事長となってからは領内の運営とレイシール様の補佐に明け暮れておりましたし、そもそもが片脚で、あまり移動には適しませんでしたから。

 義足を得て歩行に支障はなくなりましたが、それもアヴァロン内だけのこと。

 やはり長時間の使用は脚の負担が大きいため、遠出をするなどできるはずもなかったのですが……。

 我が主の危機とあっては仕方がありません。


 負傷とのことでしたが、どの程度の負傷かが気掛かりでした。

 彼の方は、命さえ絡まなければ軽傷だと本気で思っている節があります。

 変に修羅場を潜り抜けてしまったせいで無駄に肝が据わってしまったと申しましょうか。

 人のことはそんなふうに考えないというのに、色々な矛盾に気付いていない様子なのがまた、腹立たしいことこのうえありません。


「ユストさんも一緒なんですし、心配ないんじゃないっすかね?」

「そうではなく、そもそも負傷するなという話なのです」

「そりゃそうだ」


 違いねぇや! と、笑うのはまだ吠狼になって日の浅い若者。本日の私の護衛役、ジルドなのですが、人でした。

 ほんの短い期間ですが、孤児院にも居たことがございます。

 元々は盗賊まがいの悪事を重ねていたとのことですが、勘と運動神経の良さを買われて現在は狼の騎手となっております。少々の荒事も問題としない肝の座った部分を買われたとか。


「ま。でも正直……身を守らず体当たりで来られたから、俺はあの人を信用できたんす。

 守られたとこから一方的に話さないのが、レイ様の持ち味でもあるんで」

「だったらもう少しマシに身を守れという話です」

「もっともだ!」


 この男は笑い上戸で困ります。


 真っ白な平原を直走る橇と、それを引く赤毛の大狼。他にも数頭が共に駆けておりましたから、遠目からでも目立ったことでしょう。

 しかしセイバーン内の冬では、然程珍しい光景でもありません。特に今向かっている西の地は吠狼の管理区域。狩猟等で冬場にも新鮮な肉を得ることができるようになり、近隣の村人も比較的彼らを受け入れております。

 狩猟が行われ、適当な量に間引かれた肉食の獣は餌不足で冬眠し損ねたりすることも少なくなり、草食の獣も良く育ち、自然とも上手く折り合いがついてまいりました。

 また干し野菜という産業もでき、作物が多く売れるようにもなりました。そういった好循環が我々獣人を受け入れる土台となっております。


 私がセイバーンに来た頃は、道も通らぬ不毛の地であったというのに。


 そんなふうに当時を思い出しておりましたら、笛の音が届きました。

 狼の耳が反応し、私が腕を上げると喋り続けていたジルドが黙ります。


「……どうやら新たな流民を発見したようですね」

「マジすか。多いな……」

「これはもう村以上の単位で何かがあったと確定して良さそうです」


 とはいえ我々が現場に駆けつける意味はなさそうでした。なので目的地へと急ぎます。

 極力休憩は省き、急いだ甲斐もあり、夕方の到着予定が随分と早まりました。

 到着したのは古城下にあった、幼き頃、レイシール様が暮らしていたあの村。

 セイバーン男爵家の管理となっている邸へと駆け込みますとレイシール様は寝台の上。執拗な女性の看病を必死で辞退している最中でした。ここの村長はまた性懲りも無く……。


「……レイシール様…………」

「うわっ、なんでハインが来たの⁉︎ 俺、負傷だって……軽傷だから命に別状はないって知らせたと思うんだけど⁉︎」

「なんでもなにもありません! サヤ様がどれ程心を痛めてらしっしゃるとお思いですか⁉︎

 わざわざ自分で出向いてさらに負傷とはどういうことですか⁉︎

 貴方はいつになったらご自分の立場というものを正しく理解してくださるのです!」


 レイシール様を誘惑するつもりがあったのか、私の剣幕に恐れ慄いた女性は慌てて部屋を逃げ出しました。

 それにより私は目的を達成できたため、多少怒りを抑えることにいたします。本当に……この方はいちいち面倒くさい状況に身を置きますね。


「いやごめん、助かった……」

「それで、軽傷とのことですが誰にやられ、何処をどう痛めたのです」

「誰とか無いから! 大したことないんだよほんと、脚をちょっと切った程度で……」

「見せなさい」


 それが言い訳なのは分かってるんです。

 脚をちょっと切った程度で、ユストが寝室に貴方を軟禁しているはずないのだと理解してください。


 押し問答の末に上掛けをむしり取ると、脹脛をざっくり大きく抉られていることが判明致しましたので、サヤ様の分も叱り飛ばしておくことに致しました。

 山間を逃げ惑う流民を救助するため説得に行き、小さな雪崩に巻き込まれ、折れた倒木で脚を抉られたとのこと。


「仕方なかったんだよ。目の前を子供が流されたら飛びつくしかないだろ⁉︎

 怪我は運が悪かっただけというか、俺が雪に埋まったとしても狼らがすぐ見つけてくれると思ったし……」

「それ下手したら窒息してたと分かってらっしゃいますか。

 サヤ様をこの世界に独り残されるおつもりで?

 貴方には軽傷の意味から教え直さなければならないのですか」


 そう言うと項垂れる我が主。

 危険だった自覚はあるのでしょう。

 とはいえ、この方は勝手に体が動くと豪語する方なので、正直無自覚に動かれたのでしょうしね……。


「それで。

 何故流民は逃げ惑っていたのですか?」

「捕まればオーストに送り返されると思ったらしいよ。

 春になればまた苦役が始まるから、越冬中に逃げて痕跡を残さないつもりであったらしい。

 村単位で土地を捨てて逃げるほど、彼らは困窮していたようだ。

 どうも、労働力以上の玄武岩生産を要求されていたようでね」


 現在、国中で街道整備が進んでおります。

 と、申しますのも、交易路が整備された関係上、流通の方面での発展が目覚ましく、より多くの荷を運べるようにと主要な街道が調整し直されているのです。

 玄武岩は硬く強く摩耗が少ないため、街道の舗装に大変適しているということで、出せば出すだけ売れる状況なのでしょう。

 とはいえ硬いということは、採掘する側の労力も大きいということです。


「仕事を急がせるせいで疲労が蓄積する。怪我人が増え、効率も落ちる。

 しかし休む間もなく、経験の浅いものすら使うしかなくなり、また死傷者を出し……という悪循環だそうだ。

 村の規模に見合わない出荷を要求されることに、もう耐えられなくなった。

 更に、輸送路の整備は後回しであるため、輸送にも手間と時間が掛かる」

「売るのに必死で自領の整備を後回しですか」


 成る程。それはそれは。


「とはいえ他領のことです。我々が口出しするのも如何なものかと。

 ただまぁ、陛下にご報告し、何かしら手を打って頂くというあたりが落とし所なのではございませんか?」

「それは願い出るさ。だがそれでは結果が民に届くまでが長すぎる。

 そうしてる間に、多くが苦しみ、死者も増える……」

「だからって、うちでできることなどございませんよ」


 オーストの財政が逼迫しているという話は聞きません。

 ですから、民を急がせているのは、単に儲け時だからでしょう。

 領地の運営は領主の手腕。オーストの責任はオーストが担うのです。民が反乱したとしても、それはオーストの……。


「だがフェルドナレンの国民には変わりない!」


 強い口調で返され、溜息しか出ませんでした。

 どうせそう言うのだとは思っておりましたとも。


「でしたら怪我などしてる場合ではないんですよ。

 今以上に忙しくすると言うなら、尚更」

「う……それは悪かったって……」

「思ってますか? 思ってませんよね。仕方なかったと言うのでしょうどうせ!

 何故貴方が敢えて動くんですか。吠狼を使うことはできなかったんですか!」

「それもう散々ジェイドにもアイルにも言われたから! 反省してるから!」

「言葉は良いですから行動で示してくださいませんか⁉︎」


 今この時もサヤ様は、貴方を想って涙を流しているのですよ! と叩き付けます。

 サヤ様のことだけではございません。関わった全てのことの責任を、貴方は負うているのですよ。


「貴方が来世に旅立てば、サヤ様がせっかく授かったお子が、貴方の忘れ形見になるのですよ?

 生まれる前からそのような苦難を与えてなんとします」

「うぅ……反省、します」


 やっと真剣に受け取った様子に肩の力を抜きました。

 使命感が強いのは良いですが、もう少し周りを使ってください。


「とにかく。ここは私が担当致します。

 貴方はアヴァロンに急ぎお戻りください。春までにオーストの件、対策を講じるつもりなのでしょうから。

 流民は見つけ次第保護。春まで庇護下に置きますが、春からについてはレイシール様の采配次第ですよ」


 負傷した以上残ることは許しません。さっさと帰還し、サヤ様を安心させるのが貴方の最優先事項です。



 ◆



 レイシール様を強制的に帰還させ、私は流民の保護と規模の確認、そして情報収集に追われる日々となりました。

 数日で戻るのは無理そうですね。しかし職務ですから致し方ございません。

 とはいえ、私が事情聴取したのでは見た目だけで怖がられてしまいますから、レイシール様にはジェイドとユストをお借りしました。

 変装が得意なジェイドを流民の世話係の中に紛れ込ませ、ユストは引き続き流民らの健康管理を担いつつ、情報を得ていただきます。

 そして代表者からの聞き出しは、私の代わりに護衛のジルドに。

 私自身は右腕を外套で隠し、腰に小剣を携えて護衛のふりに徹し、ジルドの背後に控えます。


「成る程ねぇ。どこもそんな風なんだ」

「へぇ。正直もう、耐えられんのです」

「でも逃げんのは悪手だよ。もし捕まったら罰金じゃ済まんかったろ? まぁだから越冬中なんだろうけど……命は金じゃ買えんだろうに」

「残っててもそのうち命を取られちまう」

「事故も絶えんし働き詰めなのに、一向に生活は苦しいままなんだ。

 それなら可能性のある方をって思ったんだよ」

「それでなんでセイバーンなの」

「今この辺じゃ一番栄えてるって……」

「山一つ越えるだけだったし……」

「領主さんは流民をどんどん受け入れるって……」

「あー……その噂聞いてるわけねぇ」


 話し上手で人当たりの良いジルドが苦笑つつ聞き出したのは、概ね予想通りの内容でした。

 夜半に戻ったジェイドが耳にしたことも、似たり寄ったりという内容。


「強盗や山賊の被害が多いって話も耳にした。取り締まるより出荷期限を優先で泣き寝入りなンだとよ」


 採石場を持つ町や村は、とにかく採掘に追われているとのこと。そのうえ出荷の荷を奪われてしまう被害も多く、どうやら儲けが民に回っている様子もありません。

 窃盗が相次いでいるというのに取り締まりは強化されず、それよりも出荷期日を優先せよと役人にはせっつかれるそう。

 それは、大変おかしな話です。

 盗られた分も補完するため、民は更なる労働を強いられている様子。

 役人が取り締まってくれないのでは、確かに泣き寝入りするしかございませんし、それを続けていれば身が保たないことでしょう。


「みんな栄養状態悪すぎ……。日常からきちんと食べれてない感じしかしない」

「ぞれだけ採掘してるのに収入が増えないってこっすね。でも数字上は設けてることになるし税金は上がるんだろ?」

「輸送費が嵩んでいるのでしょうね、馬も人も使い倒してる様子です」

「逃げたくもなンな。春の税金徴収が恐ろしいしかねぇよ」


 だがそれよりも気になるのは、盗難被害ですね。


「……本当にそれは盗難なのでしょうか?」

「そこな」

「あー俺もそれ思ったっす」


 元々影であった吠狼は、裏の事情にも強うございます。

 私も元は孤児ですから、人の汚い欲というものには歯止めがないことも知っておりました。

 こういった、悪事の匂いには全員鼻が効きます。


「役人噛ンでるだろ」

「噛んでるっすねぇ。絶対ちょろまかしてら」

「輸送業者も噛んでそうですね。でないと運び手が不足してしまいますし」


 セイバーンは、元々ジェスルに巣食われていた経緯もあり、こういったことが起こらないよう、二重、三重の対策を取り、更に抜き打ち検査等も不定期に行なっているのですが、オーストの経営陣というのは随分と放任されているご様子。

 とはいえ他領のことですから、我々が捕縛し問い正すこともできかねます。


「……どう手を打つかは我々の考えることではなさそうですね。

 とにかく、まずは情報と証拠の確保を優先してください。

 対応に関しては頭を使う役職の方々に委ねましょう」


 流民の対応が済めば、後はマルの仕事で良さそうです。


「ジェイド、吠狼の一団を編成してください。仕事を預けられる者を選別、人数は任せます」

「オーストの情報収集か。越冬中だから潜入中心だな」

「ええ。見つからないようにだけ注意してください」

「へっ、久しぶりで腕が鳴ンな」


 獰猛な表情で笑いますが、潜入と情報収集は吠狼の十八番です。誰にも目撃されず、痕跡一つ残さず、上手くやってくれることでしょう。

 レイシール様は躊躇する手段かもしれませんが、私は手段など問いませんし。

 とりあえず優先すべきことは決まりました。が、ここでユストが首を傾げつつ……。


「でも……不正を重ねた役人を引っぺがしたところで、オーストの経営方針は変わらないよなぁ?」


 多少は楽になるかもしれませんが、オースト中に不正があるわけではないでしょうし、無理な採掘を強いられる状況を変えるには至らないでしょう。

 玄武岩採掘はこれからも続けられることになりそうです。が……。


「そこは我々が考える部分ではございませんよ」


 そしてレイシール様も、そんな表面的な対処だけで、状況を済ませる気はないでしょう。


「心配せずとも、我らの主人は貪欲です。

 せっかく口を挟み手を伸ばす口実を得て、放置などなさいません。

 ですから我々は、彼の方の武器となる情報(もの)をいち早く提供するのです」


 それが最善ですよ。


 今後の国の憂いとなるなら、フェルドナレンの高官であるレイシール様は動かなければなりません。

 地方行政官長という職務がら、そのような立場です。

 しかし彼の方は立場や役職としてでなく、単に見ず知らずの民が心配なのでしょう。逃げられず、命に関わってしまうような単なる不幸を、己がかつて囚われていた檻を、誰にも経験させたくないのです。

 どこまでお人好しなのか。顔も知らぬ輩のために、身を粉にして働くのですから。


 勿論国民からすれば、傷の浅いうちに対処してもらえる方が良い。それをするのが他領の領主だろうが、国の高官だろうが構わないでしょう。

 誰にも感謝などされずとも、彼の方は知らぬ誰かの笑顔のために、当然のようにその道を選ぶのです。

 しかし他領に関わるのは難しい問題でした、本来ならば。


 ……ですがセイバーンは、もう何領も関わりを持ち、動いておりますからね……。

 今更そこを気にして踏みとどまってくれるような主ではないのは、重々承知しておりました。


 また何か大きなことにならなければ良いのですが……。


 そうなってくれるなと願いましたが、その思いとは裏腹に胸騒ぎが止まりません。

 絶対に大ごとになる気がします。

 いやむしろ、大ごとにする気しかしません……。

 だいたい今までの何一つ、小さく済んだことがございませんし……。


「…………」


 ではどうすれば良いか。

 それももう、分かっていました。


 諦めて、彼の方の望む結果を得るために全力を尽くす。

 それが一番簡単なのです。

 下手に足掻いてことを難しくするだけ無駄だなと思いつつ、春からの忙しくなるだろう日々に溜息を吐きました。


 そして私の予想は当然のように、現実となったのです。

ギリッギリですがなんとかアップできました!

ちょっと日々に追われていて感想返信も遅れております、ごめんなさい!

来週くらいから少し余裕が出るはずっ、もうしばしお待ちくださいっ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ