恐怖
その日の語らいを恙無く終え、気付けば夕刻。
とはいえ、獣人について語ったのはもっぱらレイシール様で、ロゼは静かに座しているばかりでした。
「ロゼ、今日は来てくれてありがとう。
久しぶりに姿を見れて、嬉しかったよ」
帰り際、ロゼを呼び止めてそう言ったレイシール様でしたが、ロゼはペコリとお辞儀をしただけで、妹たちを促し帰路につきました。
視線のあるうちはにこやかに笑っていたレイシール様でしたが、その背中を見つめる表情は翳っておられます。
王子らは緊張していたのか、あまり会話には加わってこられなかったですね。特に二子のジルヴェスター様は、サヤ様にしがみついて既に夢の中。
まだ幼いですから致し方ないのでしょう。
ブンカケンまで戻るため、馬車に乗り込みました。
ウォルテールが御者を務め、シザーともう一人の武官は警備のため騎乗。残りは馬車に乗り込みます。
ジルヴェスター様はメイフェイアがサヤ様からあずかり、抱えて座席へ座りました。
「如何でしたかヴェネディクト様。市井の子らとの語らいは。
立場というものを除いた語らいの場というのは、初めてであられたのでしょう?」
そう問うたレイシール様に、窓の外を眺めていたヴェネディクト様がハッと我に返ったよう。
「ん……そう、だな。
だが思いの外、きょうみ深かった」
ヴェネディクト様はカロンよりも年下なのですが、やはりしっかりしておられますね。
「獣人というのは……姿形がああも個体差があるのか……」
「そうですね。同じ兄弟でも、血の濃さが人に寄るか、獣人に寄るかで大きく差が出ます。
彼らの母親のノエミはレイルに近く、でも人型です」
「……セイバーンどのは、彼らが怖くないの?」
そう言いつつ瞳を伏せたヴェネディクト様は、少し申し訳なさそうに眉を寄せておられました。
これはつまり、怖かったのでしょうね……。
ウォルテールからも距離を取っているように感じておりましたが、思い違いではなかったよう。そしてそれはレイシール様も感じてらっしゃったのでしょう。
「んー……どこを怖いと思うのでしょう?
私は、従者のウォルテールよりも、執事のハインの方が怖いんですよね。いつも怒られますから」
どちらも獣人ですがと添えると、今まで私を人だと思ってらっしゃったのでしょうね。ギョッとしてジルヴェスター様を抱えるメイフェイアに身を寄せました。
「ハインは獣人らでも人と間違えてしまうくらい、血が薄いのですよ。
そして今日いた嗅覚師のロゼッタは、人でありながら獣人よりも嗅覚に優れております。
本日は、王子に獣人とは何か……というものを、正しく見ていただきたくて彼らを招きました。
人であるロゼッタとサナリ、獣人であるレイルとカロン。血を分けた姉弟ですが、姿形も随分と差があった。
彼らには少し、酷なことをさせてしまったのですがね……」
「こくなこと?」
「正直に申し上げますと、この都ではかつて、獣人を巡る事件が起こっておりますから、彼らを恐れてしまう人はそれなりにいるのです」
「……聞いている」
そう言った王子はちらりとレイシール様の右手を盗み見ました。
ご自身が生まれた日。そしてレイシール様が右手を失われた日。
何を言えば良いのか困ってしまったように、視線を彷徨わせ、また窓の外へとそれが流れました。
「ですが今申し上げたように、獣人は既に人と混ざり切っております。
だから、血によって強く出たり、弱く出たりで、人・獣人と言い分けておりますが……実際には同じ種です。
人と獣人の見分け方は、主に匂い。ですが、たまに人の匂いでも獣人的な外見を持っている者もおりまして、そんな場合は獣人だと認識されてしまいますね。
ロゼッタは、嗅覚だけに特化して獣人の特徴が強く出ておりまして、人でありながら、嗅覚は獣人以上の性能です。
カロンは尻尾を持っておりますが、ああして普通に見ていれば人と変わらない。
レイルは人の姿すら取りませんが、狼ではなく、獣人で、彼らの愛すべき兄弟だ」
「……セイバーンどの。あのロゼッタという者は、私があの者の家族を怖がったことで、傷付いていたのだろうか」
轍が石畳を行く音にかき消されそうな小声で、そう言ったヴェネディクト様。
その言葉にレイシール様は、どこか愛おしげに苦笑なさいました。
「いいえ。ロゼッタにとってそれは日常茶飯事なのです。
だから彼女が傷付いて見えたのは、家族を己が傷付けていると感じる日々にです」
「? どういう意味だろう? すまないが、よく分からない」
「ヴェネディクト様がお生まれになった日も、ロゼッタはこの都におりました。
私は反逆者と勘違いされてしまい、ここを追われた。その時私に協力していたロゼッタの生死も不明となりました。
まぁ、陛下の英断のおかげで、彼らの身の安全は保障されておりましたが、越冬となりそれを知らせることはできないままで、ロゼッタの家族は、ロゼッタを失ったと思ったのです」
レイシール様の始めたお話に、ヴェネディクト様は姿勢を正し、神妙な面持ちです。
家族を奪われる悲しさ、寂しさは、先日ヴェネディクト様も感じられたばかり。
「春になり、私の誤解も解けて、ロゼッタが無事なことも伝えられました。
そして獣人が人であるという発表もされました。だから、山奥に隠れ住んでいた家族はロゼッタの元へとやって来ました。もう離れ離れのままでいたくなかった。
それはロゼッタに嗅覚師としての職務があったからです。
嗅覚師は保存食研究になくてはならない存在。麦の生産性においても重要な役職でした。だから家族は、ロゼッタを呼び戻すのではなく、このアヴァロンに来る方を選んだ。
おかげで、この都の越冬はとても豊かになりました。
ですがその反面、ロゼッタの日常は、獣人の特徴を持った家族が、皆に怖がられたり、悪く言われたりする日々となりました。
だからロゼッタは、自分のせいで家族をいつも苦しめていると、そう思っているのですよ」
今、ロゼの家族は、獣人らとなるべく共に過ごすようにしています。
だから、弟妹らはまだ良いのです。
問題はロゼ。彼女は人の中で役職に就き、生活する時間が一番長いのです。
「彼女の耳に、最も良く入っているのですよ。獣人を傷付ける言葉がね。
何も悪いことをしていない、ただ特徴がそちら寄りというだけで、怖がる人々を日々見て、苦しんで、そんな痛みを家族に強いていることに、更に傷付いているのです」
レイシール様の言葉に、ヴェネディクト様は驚愕の表情。
そして自分の気持ちを恥いるように俯きました。
「そんな……思い出すのも苦しいだろう日に、私は命をたまわったのだな……」
生まれる日は選べはしません。だというのに、まるで申し訳ないように口にされた言葉。
「私にとってはかけがえのない日ですよ」
ですがそう続いたレイシール様の言葉に、また視線が戻ります。
「あの日がなければ、今が無いのです。ヴェネディクト様がお生まれになったからこそ、今日があるのです。
傷付き亡くなった者もおりますから、こんなことを言うのは少々不謹慎なのですが……私にとっては、とてもとても大切な日です」
残った左手を、隣に座るサヤ様に伸ばし、膝の上に重ねられた両手に添えて。
その腹に宿る命を愛おしそうに眺めてから。
「因みにお隣のメイフェイアも獣人ですよ」
「えっ⁉︎」
「あはは、やっぱり気付いておられなかったのですね。
つまり、獣人と人の差などその程度。我々人は、姿が変わらないと気付きもしないのです」
悪戯が成功したみたいに笑うレイシール様。
「ヴェネディクト様。結局怖さとはね、無知であることなのですよ。
知らないものが怖いのです。でも知れば、変わりますよ。
分かります、本当に怖いかどうかがね。
だから貴方が今すべきは、皆と言葉を交わし、怖い理由を追求してみることです。
幸い、この都にはそこかしこに獣人がおりますから、色々な人に聞いてみてください。彼らなりの獣人についてを語ってくれるでしょう。
人にも、獣人にもね、聞いてみると良い。きっと楽しいですよ」
◆
祝詞日となりました。
例年通り、今年も初日は祭日です。アヴァロンの広場という広場に机が出され、御馳走が並べられ、雪の降る中でも活気にあふれた一日の始まり。
屋台も用意され、お面や風車など、子供の喜ぶ品々や、装飾品等が売られております。
その中でも中央広場は本日、サラダコンテストなるものが開催されておりました。
広場の机に並べられた木芽野菜の列。そう、料理でどれだけ可愛い箱庭を作れるかというコンテストです。
サヤ様が木芽野菜で木を模したポテトサラダを作られてから、毎年誰かが真似をしていたのですが、だんだんと規模が大きくなってまいりまして、収拾がつかなくなりました。
よってもう展示会にしようという話になり、サヤ様のお国ではコンテストというのだと話をすると、このように……。
賑わう会場に、我々も訪れておりました。
本日はこの都に住む者らへの労いの日でもありますから、セイバーン男爵家からも振る舞い酒や菓子、料理が用意され、至る所に配備されております。
その状況を確認がてら、共に祭りを楽しみます。
サヤ様のご懐妊も発表されて、行く先々でおめでとうございますと声をかけられ、レイシール様は満面の笑み。
そしてお二人並んでコンテスト会場を歩かれました。
中央広場が小さな森になっているのは圧巻ですが、おかしなものもございますね……。
「これはまた……高くしたものだなぁ……」
見上げる大きさの聳え立つ木芽野菜の木。
ヴァイデンフェラーの料理人が作り上げた超大作です。
一般人に混じって料理人まで参加ですか……。
「うわぁ、可愛いっ、家もあるぞ」
クッキーで作られた家と、庭の木。こんもりとした丘もポテトサラダでできています。
「…………これは、縫いぐるみの熊かな」
もはや木の形を捨てています……。
皆が机を巡ってああだこうだ言って品評会を楽しんでおります。お昼になったら一斉に食べられてしまうのですけどね。なんとも無常……。
その中に、少し変わったものがございました。
「…………黄色?」
ポテトサラダというのは基本的に馬鈴薯の色をしております。そうであるはずなのですが……何故か鮮やかな山吹色のものがございました。
それが拳大に丸められていると申しましょうか……瓢箪のように若干の窪みがあるものがずらりと並んでいるのです。そして上部には……顔。
人参を使ったらしき嘴に、胡椒粒の瞳。わらわらと集まっている姿はさながら雛の大群です。
しかもどういったわけか、人参の蝶々を頭に停まらせていたり、本と思しき干し胡瓜を持っていたり、にっこり笑顔のものがいたり、怒り顔であったり……。
「……サヤ様ですか?」
「違いますよ。トゥシュカさんとスティーンさんの合作です。
孤児院の様子を雛に模したそうです」
なんとも微笑ましい光景に、可愛いの声が溢れております。
「南瓜を使ったんですね。そういえば作ったことありませんでした」
「南瓜もポテトサラダにできるの?」
「パンプキンサラダになりますけど、できますよ」
「ぱんぷきん……また、おかしな名前になるんだな。ぶろっこりーと良い勝負だ」
くすくすと笑うレイシール様が、サヤ様を抱き寄せて額に口づけ。
途端に悲鳴があがり「人前です!」と、抗議の声。そして周りの拍手喝采。
「サヤ、もう一回ぱんぷきんと言ってくれ」
「意味が分からないです!」
「可愛かったんだよ」
「もー! 恥ずかしいっっ」
相変わらずの溺愛っぷりですが、周りも慣れっこなのですから気にしなくても良いでしょうに。
そんなやりとりを呆れ半分に眺めておりましたら、あちらからも騒がしい一団がやって参りましたね。
「今年はまた凄いでござるな!」
「や〜ん、何これ可愛いっっ。可愛いがいっぱい〜!」
「父上っ、くまだ! これ僕が持ってるくまでしょう⁉︎」
「おうちある。とりさんいる!」
動物の半面で目元を隠されており、簡素な衣装に着替えておられますが、明らかに貴族。
しかし祝詞日は不敬を問わないと前もって伝えられているため、傅く者はおりません。
「あぁ、見つけた。セイバーン殿」
「いらっしゃいませ、オード殿」
おざなりな偽名ですが、まさか王婿とは誰も思いません。
陛下は陽の光が毒となるため、ローザリンデ様とお留守番となっているようですが、王子らは楽しまれておりますね。ジルヴェスター様はルオード様に抱かれ、風車を握っておられます。
しかし見渡せば、そういった方々は意外に多いのですよ。
この都に住む貴族は随分と増えましたから、悪目立ちしなくてなによりです。
とはいえ警備も万全。女近衛の面々が日常着で周りをさりげなく見回しております。相変わらず我が妻とフィオレンティーナ様は男装。違和感皆無です。
しかし男性近衛よりも小柄で華奢。そのため物々しさは数段誤魔化せます。
「ヴェディ殿、ジル殿もお面お似合いですね」
そう声を掛けますと、とても嬉しそうに口元を綻ばせました。
子供の玩具というものにはあまり縁が無いとのことで、朝方サヤ様より御一家に献上された品なのです。
お忍びで遊びに出るにはうってつけですからね。まぁ……そのために露店も出しました。
「凄い広場だね。これが全部食せるなど、まるで夢の園だな」
「え……食べれるの⁉︎」
「食べれるんですよ。お昼になったら」
「ぼ、僕も食べて良い⁉︎」
キラキラと瞳を輝かせてヴェネディクト様。
ルオード様は失言してしまったと苦笑顔。どうしたものかとレイシール様に視線が向きます。
勿論、やんごとない立場の方々ですから、宜しくないのですが……。
「毒味はさせていただきますよ?」
「うん。それでかまわぬ」
「獣人らの鼻にも安全を確認してもらいます」
「分かった」
そんなやり取りの末、許可となりました。
勿論広場は常に吠狼の警備下にございますし、安全には気を配っております。
どれが食べてみたいですか? と、お聞きしますと、指差されたのはくまのサラダ。
「ヴェディ様はもしかして、くまがお好きなのでしょうか?」
サヤ様がそう問われると、こくんと頷き、恥ずかしそうに視線を逸らします。
「お、男なのに、と、思われますか……」
「え? 全然良いですよ。私も沢山持ってます」
というか、製造元であられますからね。
「俺も部屋に黒猫の縫いぐるみがありますよ。
とても可愛いです。毎日愛でてますよ。出張が多いので最近は結構持ち歩いてますし」
……貴方はサヤ様だけでは足らず、縫いぐるみのサヤ様まで愛ですぎです。
だいぶん変態度合いが危険な領域に差し掛かりつつあることを危惧しておりますと、スッと身をかがめたレイシール様が、ヴェネディクト様に悪い笑顔で耳打ち。
「ところで……このアヴァロンには特別なくまがいるのですが、ご存知でしたか?」
「と、特別なくま……⁉︎」
「サヤの故郷にしかいないくまなのです。シルビアも大層愛でいます」
「シルビアどのは、持ってるのですか⁉︎」
「実はあの部屋の飾り棚に座していたのですよ。お気付きにならなかったですか?」
なんたること! と、衝撃のお顔。
サヤ様は若干おろおろしておられます。
本当は特別なくまではなく、需要のないくまなのです。くまというか、ぱんだですが。
なにせ知る者がおりませんから、作っても売れないのですよね。何かの琴線に触れた一部の熱狂的な物好きにしか。
「次の学びの会が近々あるのですが、またいかがですか?」
「い、いきますっ」
「畏まりました。手配しておきますね」
ちゃっかりと約束をとりつけたレイシール様に、ルオード様は苦笑顔。
サヤ様が申し訳なさげにしておりましたが、ルオード様も王子が積極的に動くことは好ましく思ってらっしゃる様子です。
「そうだ、あちらで子供たちに菓子を配っているのですが、もうもらいましたか?」
「ぼ、僕ももらえるのですか⁉︎」
「お二人とももらえますよ。子供らが集まっているのですぐに分かりますが、ご案内しましょうか?」
今回配られているのは金平糖です。
サヤ様の故郷の菓子ですが、製造には特殊な機器と根気が必要でした。
なかなか思う形にならず一年ほど試行錯誤を繰り返し、何とか再現に成功。
色付けにはこれまた保存食研究で作っております果実の砂糖煮を利用しましたので、見た目にも鮮やかです。
ローザリンデ様へのおみやげに一袋余計にもらい、お昼のご馳走時間までを楽しく過ごされた様子の王子ら。
学びの会で出会った子供らと遭遇したりもしましたので、分かる者には王子だと分かっていたのですが……。
「お忍びなんだ。内緒だぞ」
悪い笑顔でしーっと口の前に指を立てるレイシール様に、子供らものりのりでしーっとしておりました。
どれほどの効果があるのかは分かりませんが、王子らは楽しそうだったので、まぁ良いのでしょう。
◆
十日間ある祝詞日の中頃に、ギルとオリヴィエラ様の婚姻の儀がございました。
サヤ様の時と同じく、真っ白い婚礼衣装です。
アヴァロンで行われる婚礼の儀は、こんな白い衣装で行う方がことのほか増えました。
「リヴィ様、おめでとうございます」
「すごく、すごくお綺麗よ、お姉様」
アギーの代表として婚姻の儀に駆けつけたクオン様が、リヴィ様の手を取り涙声。
サヤ様の仕立てた、サヤ様の国の婚礼衣装を身につけておられるリヴィ様は、本当にお美しく飾られておりました。
ワンピース型はサヤ様の時と同様なのですが、太腿の半ばくらいから裾が広がる意匠は、サヤ様のものと随分違う雰囲気になっておりますね。
上半身と腰から後方には、ふんだんに刺繍が施された紗が重ね縫いされており、腰の袴部分には布製の花と、散る花弁が装飾されております。
上着の右胸から肩にかけても同様。立体的な白い花はなんとも斬新でしたが、背の高いリヴィ様には大変お似合いでした。
この国の婚礼衣装だと背の高さが際立つのでは? と、気にしておられたリヴィ様のためにあつらえられた、特別性のウエディングドレス。
「サヤ、ルーシー、とても美しい衣装をありがとう」
「お義姉様のためですもの」
そう言ったルーシーも誇らしげです。
……それはそうと、ギルのことは叔父様なのに、リヴィ様は叔母様とは言わないのですね……。
やっぱりわざとだったのかと苦笑するレイシール様。
「ギルが出発したわよ」
そう報告に来てくれたヨルグに礼を言い、ルーシーは慌てて帰り支度を始めました。
リヴィ様の着付けを手伝っていたのですが、彼女はバート商会研究所の門前でリヴィ様を迎え入れなければなりません。
今年は王都よりギルとルーシーの母君であるアリス婦人がお越しで、越冬もこちらで過ごされます。今頃は曽孫マリアの面倒を見がてら、研究所の方で待ち構えていることでしょう。待ちに待ったギルの婚姻ですからね。
「では我々も向かいましょうか」
「そうね」
飾り帯を紗の上からかけて、祝金代わりの真珠の連なりを纏ってから、ブンカケンの門前へ。
花嫁共々ギルの到着を待っておりますと、かなりの大股で来たのか早々にギルが到着。
目が潰れそうなほどにギラギラしております。
「絶対に幸せにしろよ」
「言われるまでもねぇんだよ」
憎まれ口を叩き合いながらリヴィ様を引き渡しますと、ギルは着飾ったリヴィ様にまず口づけ。
「とても綺麗ですよ、我が姫」
周り中から黄色い声が上がりました。
クオン様に向き直り、姉上を大切にすると告げてから、リヴィ様を抱き上げたギルは、この光景がその後物語として記されるなど知る由もなかったため、大変凛々しかったとお伝えしておきます。
◆
越冬。
離宮に移られた王家の方々は、恙無くお過ごしの様子です。
それが分かるのは、吹雪の合間、不意に訪れる晴れの日。幼年院と孤児院の、前庭開放日。
「もう出産からはだいぶん経ったではないか。
なのにルオードが書類仕事ひとつまかりならんなどと言いおる!」
「それはですね、出産後に目を酷使すると視力が低下してしまうことがあるからなんです。
大抵は一時的なものなのですけど、無理を重ねると戻らぬ場合もございます。陛下は元々視力に不安がございますから、ルオード様は余計気にされているんだと思いますよ」
「む……」
離宮を訪問いたしますと、サヤ様は大抵陛下に捕まってしまいます。
本日も捕まりこのままお茶に付き合えと言われ、レイシール様は……。
「ではヴェディ様とジル様をお預かりします……」
「うむ。帰りにサヤを返す」
と、泣く泣く任務遂行を優先されました。
「毎日共におるのだから半日くらい良いではないか」
「越冬中くらいなんですよっ、毎日一緒にいれるのはっ!また春になったら離れ離れなんですっっ」
「……お前、年々病が悪化しておらんか……」
サヤ様狂いは陛下が見ても病的なのですね……。
「レイどの、気を落とさないでおくれ。帰りにはちゃんと奥方をお返しする」
「分かってます……すいません、お気遣い感謝致します、ヴェディ様……」
王子にまで慰められる始末でなんとも悲しゅうございますね。
とりあえずさっさと気持ちを切り替えてくださいと諌めますと、レイシール様も渋々動き出しました。
本日は、雪遊びに王子らを誘ったのです。
「雪遊びは王都でもよくやった」
「そうでしょうね。でもアヴァロンの雪遊びは規模が違うのですよ」
「きぼ……?」
「本日は合戦や、犬橇競技をして遊ぶんです。題して冬の雪合戦!」
「雪合戦⁉︎」
これは近年提案されたものです。
夏に水鉄砲で合戦をするので、冬にも何か催し物をと考え出されました。
「手順としてはこうです。
前庭を左右で陣地分けして、宝を色んな場所に埋めます」
「宝……っ」
「次に、大きな雪玉をつくり雪人形の将を用意します」
「将……!」
「将の頭に的を乗せまして、その的を雪玉で落とせば得点が入ります。
また、陣地の将と宝を守りつつ、相手の将の的を落としつつ、隠された宝を探しだし奪うのです!」
「すごい合戦だ!」
昨年はとても盛り上がりましたね。
「なんだその面白そうなものは。私も見たい!」
「クリス……君には眩しくて見えないよ。あと目を酷使するから我慢なさい。その代わりサヤとお茶を楽しもう」
悔しがる陛下を宥めつつ、ルオード様から準備いただいていた着替えを預かりました。雪遊びはドロドロになりますから着替えは必須です。
因みにお話ししたのは五歳以上の大きな子たちの雪遊びでして、ジルヴェスター様には少々危険なので、幼き子は橇遊びです。
「辻橇ごっこをします」
「つじぞり?」
「乗合場所にある荷物や人を、次の場所まで運ぶ競争です」
きゃー! と、喜んだ王子らを伴い、応接室を出ますと「楽しんでこい」という陛下のお言葉が追いかけてきました。
もう何度も王子をお預かりしているため、レイシール様とお二人が連れ立って歩いているのも当たり前となりつつあります。
雪が深く積もっているので馬車でのお迎えも難しいため、徒歩で離宮を出て幼年院まで歩きます。
王子らも文句を言いません。というかむしろ、このように振る舞える日々がとても新鮮で、楽しくある様子です。
王都では街中をぶらぶらするなどできるはずもないのですが、アヴァロンは堀に囲まれ、吠狼が警備を怠らぬ都。越冬中はここより安全な都などございません。
「あ、ヴェディ様!」
「ジル様ー!」
前庭には顔見知りになった子供たちも多く来ており、早速お声がかかりました。
行って良いかと見上げてくるヴェネディクト様にどうぞと促すと、嬉しそうに駆けていきます。
陰ながら警備についているアイルらにヴェネディクト様を頼んでから、我々は孤児院へと足を進めました。
「おー、準備できてるな」
孤児院の職員らが総出で用意した、道と待合所を張り巡らせた前庭。幼き子を持つ母親も多く来ております。
外遊びだけでは寒さが辛いため、休憩用に温めてある校舎の部屋も提供しております。
そしてひと遊び終えれば湯屋へ行き、温まって帰るいつもの手順。
「レイさまだっ」
「お。カロンとレイルもこっちに来たのか。サナリはどうした?」
「おかぜひいちゃった」
「あー……それは残念だったな」
いつもは必ず子供達と来ているロゼの姿が無いのは、サナリの看病をしているのでしょうか。少し気になりましたが、それよりも……。
「じゃあカロン、レイル。俺たちと一緒に遊ぼう?」
どことなく浮いていた二人に、そう声を掛けました。
それにホッとしたような顔をしたカロン。
「……カロン、レイル」
しゃがみ込んだレイシール様が二人を抱きしめ、いつもの挨拶を交わすのを、庭に来ていた大人たちが遠巻きに眺めておりました。
いつもご覧いただきありがとうございます!
今週は遅刻しなかった!
とりあえず書き上げました、分量的にも程々かっ。
来週もこの調子で行けるよう頑張りたいっ。が、来週からは仕事ラッシュです……。
こんな感じで行けるよう、頑張りまっす。




