今世へ
予定通り、陛下がアヴァロンへご到着となられましたのは、三日後のことでした。
曇り空の下でも傘を差し、ルオード様に抱えられてアヴァロンの地に降り立った陛下でしたが……。
「すまん、先ほど破水してな」
離宮に向かういとまもありませんでしたね。
犬笛が吹かれ、陛下はブンカケンへと担ぎ込まれ、ユストとナジェスタが駆け込んであっという間に臨戦態勢です。
急に気色ばみバタバタ始めた我々に、王子らが戸惑い、泣き出してしまいましたから、ルオード様と二人のお子を、先に離宮へとご案内することとなったのですが……。
「いかぬ! 母をおいていくものか!」
「ははさまああぁぁぁ、ははさまがえじでええぇぇぇ!」
母を拐かす不届き者みたいな顔をされてしまいました……。
なかなか一緒にいてもらえない母君とずっと一緒にいられて、道中ご機嫌なお子たちだったようですが、ここに来て奪われてしまうと思ったのでしょう。
ルオード様のお言葉にも耳を傾けず、出産中のお部屋になだれ込もうとされたのですが……。
「良いですよ。では、中へ入りましょうか。
一緒にお母様を応援して差し上げましょう」
サヤ様の言葉に、皆が唖然となさいました。
騒いでいたお子たちですらです。
「ですが、お約束を守ってください。
お母様の邪魔をしては駄目です。今、お母様はお二人のご兄弟を今世に招いてらっしゃるのですから、しても良いのは、それを応援することだけですよ」
「お、おうえん……?」
「そうですよ。新しく生まれ変わるのは大変なことですから、お母様も、赤ちゃんもとても頑張ってます。
早くお二人にお会いしたくて、一生懸命頑張って来るんですから」
お二人も頑張って来たのですもんね。と、にこり笑ったサヤ様に、兄君は戸惑い、弟君はこくんと頷きました。
中に入るためには準備が必要ですと、サヤ様はおっしゃいました。
「赤ちゃんは本当に小さくて弱いので、ちょっとのことで疲れてしまいますし、まだ生まれたてで小さいので、悪魔にも勝てません。
なので、悪いものを持って入らないように、身を清めましょうね」
サヤ様の言葉でお子らは身を清め、衣服も改め、素肌を酒精で消毒致しました。
「中は血の匂いがいっぱいします。無理だと思ったらすぐ外に出ますよ」
念を押されて身を強張らせたお子たちを、自身も身を清めたルオード様が抱えました。
そうしてサヤ様と共にお部屋に入り、産声が上がったのは日を跨いでから。
お生まれになったのは、ちゃんと色を持った姫君であらせられました。
◆
「ルオード様が血に慣れた方で良かったです。
私の国では、あまりの光景に気絶したり、怖くなってしまう男性もいらっしゃるとかで」
そう言ったサヤ様の額を撫でる左手。
貴族社会にはあまりない立ち会い出産なるものを終え、やっと部屋を出てきたサヤ様を早速軟禁されたレイシール様です。
十数時間に及ぶ出産を見届けたサヤ様は、現在寝台に寝かされておりました。
サヤ様がおっしゃるに、長期戦になるのは分かっていたから、お子らの集中力が切れた時に相手をする者が必要だと思ったとのこと。
レイシール様は立ち入らせてもらえなかったので(まぁ当然ですよね)外で出産を待つ父親よろしく右往左往しておりました。
気が気でなかったのでしょうね。医師らは陛下にかかりきりとなりますから、サヤ様に何かあったとしても手が回らない可能性がありましたから。
それにどうせサヤ様もくるくる動き回ってらっしゃったのでしょうし……。
陛下は現在落ち着かれ、もう三人目とのことで乳の出も申し分ないとのこと。越冬中は、政務も少ないため自らの乳で子を育むとおっしゃったとか。
そして結構なものを見せられたと思うお子らも案外平気そうで、生まれた妹君に興味津々。甲斐甲斐しくお世話について回っているそう。
現在は整えられた部屋でお休みですが、数日のうちに離宮へ移られるとのこと。
その報告に来てくださったルオード様を応接室にてお迎え致しました。
サヤ様はまだお部屋の寝室ですので、レイシール様が対応なさっております。
「すまなかったな。道中で少々はしゃぎ過ぎてしまったよ。
まだ産み月までひと月そこらあるからと思っていたら、思いの外せっかちだったな、我が娘は」
苦笑しつつお茶を楽しまれているルオード様。
お子二人と一緒に馬車では仕方がない面もあるのでしょう。
姫君がご無事で何よりでございました。
「離宮の方の準備は滞りなく済んだ。あとは医師の許可で家移りできよう。
本当にすまなかったね。主治医は共にいたが、流石に馬車での出産は立ち会ったことがないと申したゆえ急ぎ来る方が良いとなったのだ」
「破水は驚きますよね。俺も一度経験がありますが……あの時はもう、頭が真っ白でしたよ」
カーリンの時はバケツをひっくり返したような破水だったため慌ててしまったのですが、陛下は膜に小さく穴が空いた程度であったらしく、お子が馬車の揺れでお腹にぶつかってのことだったそうです。
「交易路はどこも問題なく、揺れも気にならぬ快適な旅だったのだけどね。
舗装のない道に降りても同じ感覚であったのが良くなかった」
「普段遠出などできない王子らに判れというのも酷な話ですからね。
成る程。それで責任を感じて、陛下をお一人にできぬとおっしゃっていたのですか。お可愛らしい」
今はもうそんな反省も吹き飛んではしゃぎ回ってらっしゃるようですけどね。
そうやって和やかなお茶の時間を過ごしていたのですが「それで、ここに来たら相談したいと思っていたことがあるのだが」と、ルオード様が切り出しました。
「今後、越冬はこちらで過ごすという形を整えたいと考えている。
まぁ、家族で揃ってとはいかぬだろうが、子らには多くに触れられる環境を用意してやりたい。見聞を広めさせたいと陛下はお考えだ。
特に獣人に関することだね。王都にいては古い認識が根付いてしまうのではないかという懸念がある」
「ちょっとやそっとでは覆りませんよね……。二千年の因習ですから……」
公爵家を中心に獣人の雇用も広がってはいるのですが、義務としてやることと内心は別物です。
獣人は安い賃金で雇えるからと、過酷な労働を強いていた雇用主が捕まるなど、色々問題も多いよう。
ルオード様のお言葉に、レイシール様はふむと思案顔をされました。
「……見聞…………。
ですが、言葉で言い聞かせるにも限界があります。
子供の体に染み込ませるとなると、より大きな声にするしかないのが現状ですよね」
「そうだな……。しかし使用人は貴族出身の者ばかりというのが王宮の環境だ」
それでは偏見を持たぬようにと言う方が難しいでしょうね。
根強く教え込まれて来ているので尚更そうでしょう。
ルオード様の言葉にレイシール様は視線を窓の外へと向かわせました。
つまり、アヴァロンならば、その偏見を覆すに足る環境があるのではと、陛下はお考えなのでしょう。
しかし現状では……ここも王都よりはマシという程度。多くを期待されているようですが……。
私がそのように考えていた時、レイシール様が持っていた茶器を机に戻しました。
そしてルオード様に問うたことはというと。
「ルオード様は、このアヴァロンの守りをどうお考えでしょう。
強固にしているつもりですが、今まで二度、外敵を招き入れてしまったことがございます」
「その外敵はもはや過去の話と思っているよ。
ジェスルも、神殿も……我々の監視下にあるし、苦難を乗り越える度、ここはより強固になったろう?」
「えぇ。私もそう考えております。
そしてね……サヤが身篭ってくれて、私はますます強く、かつての自分の願いを思い起こすようになりました」
「かつての願い?」
「はい……。
私は、普通に暮らしたかった。
街中に家を持ち、仕事を持ち、家族を持って、ごく普通の家庭を……。
勿論、今私は領主という立場ですし、地方行政官長というお役目も賜っておりますし、それに不満は無いのです。やりがいも、幸せも感じています。
何も持ってはいけなかったはずの私が、こんなにも多くのものを得られた。
そしてそれは……苦難無くして得られなかったものだと……苦しんだからこそ、愛おしいのだと思うんです」
そうですね……。
かつて貴方は、大勢の中の一人になりたかった……。
特別な何かではなく、埋もれてしまうような儚いものになりたかった……。
もう十年も過去になってしまった、そのささやかな願いすら叶わぬものと思っていた、あの頃が懐かしい。
懐かしく思えるのは、今が満たされているからなのですね。
「苦難を乗り越えるには、それ相応の努力と、それに立ち向かえる環境が必要だと思うのですよ。
我々が道を敷き、そこを歩いて行かせるだけでは、何も得られない……。全てをお膳立てしたのではいけないと思うんです」
レイシール様の言葉を、神妙な顔で受け取るルオード様。
王子らが自ら望み、戦う決意をしなければ、周りが何を言っても無駄なのだと言われれば、項垂れるしかないでしょう。
「なのでルオード様。我々は獅子と同じように、子を千尋の谷に突き落としましょう」
ですがそう続いたレイシール様の言葉に、意味が理解できなかったのでしょうね。返事は返りませんでした。
代わりに私がツッコミ役をこなします。
「……サヤ様が、獅子は千尋の谷に落とした子を救出するとおっしゃってましたが」
「うん。あと大切なのはトライアンドエラーだと言っていた。何度失敗したって良いんですよ。成功するまで続けられる環境があれば」
「それは職人に言っていた言葉ですね……」
レイシール様はにこりと笑い、ルオード様に「良い案がございます」と、申されました。
「幼い子どもは柔軟です。そして失敗したって、成功するまで繰り返せば良い。
我々は、その失敗も含めて見守って、励まして、努力を認めてやりましょう。それが王子らや他の子らにとっても、将来糧となります」
これは……何かとんでもないことを考えておられますね……。
他の子らとは、いったい誰のことでしょう……。
「それから、陛下もルオード様も、学舎に行ったからこそ価値観の多様性というものの価値を理解されていると思うのです」
「それは……そうだな。陛下も、あちらにいかれるようになって色々変わられたと思う」
「でしょう? だから、お子らにもその環境が必要だと思うのです。
さしあたり、クロードの娘のシルビア嬢が、冬は子供らと学びの会をされるとのこと。良かったら、王子らも参加なさいませんか」
学びの会……というのは、子供らに貴族的な行儀作法を教える場です。
ここアヴァロンでは近い将来、貴族出身者と平民が共に働く職場が増えるだろうと考えられており、そのための模索が続いております。
その中でシルビア様は資料館の管理官という役職を目指しておられ、庶民との触れ合いを希望されておりました。
とはいえ、白い方であるシルビア様が民の中に混じるのは難しく、環境がそれを許しません。
そのため、シルビア様の環境下に他の方を招く形として、学びの会が設定されたのです。
「まずは見学から。
楽しい会だと思いますよ」
そう言ってにっこり笑ったレイシール様の笑顔は、見るものによっては悪魔の冷笑に見えたことでしょう。
◆
雪もちらつくことが多くなりました。
祝詞日を控え、本日は学びの会。
「お姉様が来てくださるなんて、嬉しいです!」
満面の笑顔のシルビア様。
「無理をお願いしてしまいましたから……。引き受けてくださってありがとうございます、シルヴィさん」
「お姉様のお願いなら、私頑張ります! それに、陛下も白い友ですから、尚のことですわ」
ふんわりと笑うシルビア様は、本当にお美しくなられました。
真っ白いお髪を一部だけ結われ、女中のように簡素な服装をなさっておいでなのですが、華がある……と、申しましょうか。
公爵家の御令嬢には似つかわしくない衣服を纏っていてすら、貴婦人であることを疑う余地はない。というくらい、可憐であられます。
「お兄様も、公務は大丈夫なのですか?」
「この日のために必死でこなした」
「まぁ!」
「クロードもそろそろ帰ると知らせが入ったからね。それを手土産に遊びに来たんだ。菓子もほら」
そう言いレイシール様が差し出したカゴに入っていたのは、これまた白い塊です。
サヤ様とお二人で作られたメレンゲクッキー。マヨネーズの大量生産により卵白がとても余りましたからね。
これも絶対手伝いたいと、必死で仕事を頑張りました。
まぁ、この方は絞り袋に入れられたメレンゲを絞っただけですが。
「祝詞日の準備も進んでいるのですね」
「今年は婚姻の儀もあるからな。陛下のご出産は早まったが、越冬の楽しみが増えたようなものだよ」
そう言うレイシール様の太ももに齧り付くお子の姿……。王子です。
ヴェネディクト様が一子、ジルヴェスター様が二子。因みに姫君はローザリンデ様と名付けられました。彼女は生まれたてですからお留守番です。
本日はルオード様もお留守番で、陛下と姫君とで過ごされるよう。
その間のお守りを仰せつかったのがレイシール様。なんと、孤児や平民の参加するこの学びの会へ、王子を二人とも連れ出して参りました。
供は私とウォルテール、そしてシザー。
サヤ様はメイフェイアと新たに武官見習いとして召し抱えたばかりの者を連れております。
対し王子らは供を持っておりません。本日は王子ら二人だけでお越しです。
そしてこの学びの会にはもう一組、レイシール様が招いた者らがおりました。
「お久しぶりでございます」
「そうだな。飛び回るようになってなかなか顔が見れなくなった。
元気かい、ロゼ」
「恙無く過ごしております」
「そうか。レイルとサナリも大きくなったな。カロンもちょっと見ない間に随分とお姉ちゃんになった」
「カロンおねえちゃん?」
「なってるよ」
そう言うと、むふーっと満足そうな顔になったカロン。褒めてもらえて嬉しいのでしょう。
もう五歳を過ぎているのですが、出会った当初のロゼを彷彿とさせられますね。
レイルは相変わらず犬のようなのですが、ちゃんと衣服を纏っておりまして、それがなんとも可愛らしく見えるためか、周りの子らは興味津々です。
この中で一番変わったと言えるのは、やはりロゼでしょう。
天真爛漫だった頃がさほど過去ではないと思うのに、寡黙になりました。
まだ十三という若さで仕事をしております関係で、しっかりしたということではありません。
環境が……彼女をこうしたのです。
「レイルも今日はかっこいいじゃないか! サナリとお揃いにしたんだな」
そう言うと、尻尾がわっさりと動きます。
レイルは随分と大きくなりました。サナリの倍ほどの大きさです。
この子らは来年より幼年院へ来る予定なのですが、まぁ……レイルは見た目がこれですからね。どうするべきかと検討中。
サナリとお揃いの色の短衣と袴を纏っているのは本当に可愛らしいのですが、大型犬ほどもありますから子供らは遠巻きにしております。
「おいで」
そう言うと、レイルはタッとレイシール様に駆け寄りました。
それにびっくりした王子らが、慌ててサヤ様の袴後ろに避難します。
レイシール様に首を擦り付けて親愛の証を示すレイル。レイシール様はくすぐったそうにですが、それを受けております。
レイルの尻尾を追いかけてきたサナリにも腕を伸ばし、同じように。カロンもーっと駆けてきたのを抱きとめて。
「王子、これは獣人の仲良しの挨拶です。幼いうちにしかしないそうなのですけどね」
立ったままのロゼを見て、残りの二人と一匹を見て「じ、獣人……?」と、絞り出された声。
「彼らは皆姉弟です。ホセとノエミの子らですが、血が濃く出たレイルはこの姿で生まれました。
双子のサナリと姉のロゼは特徴を持っておりませんが、カロンは尻尾がありますね」
袴の中に仕舞い込んでいるのですが、ありますね。尾から背中にかけて体毛が生えているとのこと。
とはいえ細袴の男子と違って女性の袴はゆったりと広がるため、尻尾を出す穴を空けるよりしまう方が邪魔にならないよう。
ウォルテールの尻尾と脚にも慄きつつ興味津々だったお二人は、でもやはり怖いのかサヤ様から離れません。
他に招かれている子供らも、やはり部屋の端っこの方に固まっております。
その中で動いたのはシルビア様でした。
「ロゼッタさんは嗅覚師としてのお仕事もされているのですってね。
私たちが越冬を安心して過ごせるようになったのは、貴女や獣人の方々の尽力のおかげだと伺っておりますわ。
越冬中のおいしいお野菜、ありがとうございます。
それと、私の記憶違いではなかったらですけど……前、お話ししたこと、ございましたわね?」
その言葉にハッと顔を上げたロゼ。
「水合戦の時ですわ。私に手拭いを持ってきてくださったの。
真っ白で綺麗ねって、そうおっしゃってくださったの、覚えておりますわ。
私、この病で陽の光を毒としておりますから、あまりああいった場には赴けなくて……。あの日も無理を言って参加しましたの。
とても楽しかったのですけれど、王家の白をどうしても連想してしまいますもの。皆様遠巻きにされる方が多くって。
だけど貴女は、真っ直ぐに来て、お声を掛けてくださったわ」
そんなことがあったなど、耳にしてはおりませんでした。
レイシール様も初耳なのでしょう。視線をシルビア様に向けておられます。
「私の病、獣人の方々と仕組みが同じだと聞いております。
血の中の要素が重なると表に出てくるのだって。
でも多かれ少なかれ、誰もがその要素を身に宿しているのだと、お父様にもお聞きしましたの。
だから今日は、お友達になれるかしらって、とても期待しておりました。
あの日のお礼も言いたくて……」
いつも明るく朗らかにされておりましたシルビア様。
でもやはり寂しさ、悔しさは日々感じてこられたのでしょう。それでも、病なのだから仕方がないと、己に言い聞かせていたのだと思います。
その中でもたまに、こういった出会いがあり、彼女を救っていたのです。
「陽の光の中に立てない私ですけれど、どうかお友達になってくださらない?
それとも、こんな私は怖いかしら……」
「め、めっそうもない! 怖いだなんて……っ」
「本当? 嬉しいわ!
病だと分かってからは、触れれば移るのではって心配される方もいらっしゃったのだけど、血の病だから移らないわ。安心なさってね」
「う、移るだなんてそんなこと心配してません!」
「獣人の方にも同じようなことをおっしゃる方がいるのを耳にしていますわ。
ですから私、仕組みは同じですから、私に触れたら白も移るのかしらねって言ってやりました。
すごく慌てて否定されてらっしゃったわ」
くすりと笑ったシルビア様に、ぽかんと口を開くロゼ。
こんな妖精のような方が意地悪を言うのかと驚いたのでしょう。
「私、お兄様とお姉様が大切にしてるものが大好きなの。
それが私を檻から出してくれたし、家族で過ごせる時間をくださったわ。
ウォルテールも大好きよ。狼の姿もとても好き。私と色がお揃いなのも好きな部分よ」
そう言うと、ギクリと身を引いたウォルテール。
…………そういえば、色合いは似ておりますね。
「狼の姿にはあまりなってくれないのだけど、毛並みがふかふかでとても気持ち良いのも知ってます。
だからレイルさんにも触れてみたいわ」
…………これは、よもや。
個人的にお会いしていることがあるということでは?
「でもレイルさんはサナリさんの片割れですから、サナリさんが許してくれないとダメなのだって、お兄様に伺っておりますの。
ですからサナリさん、私、サナリさんとも仲良くなりたいの。もちろんカロンさんとも」
力説するシルビア様に、姉弟はぽかんとした様子です。
こんなふうに大歓迎を全身で表現する高貴な方は初めてでしょうからね。
レイシール様が例外的とはいえ、獣人を受け入れる芽は知らず知らずのうちに育っているよう。
「カロンもおねえちゃんのかみさわってい?」
真っ先にこてんと首を傾けてそう口にしたのは、カロンでした。
びっくりしたロゼとサナリが失言をしたカロンに視線を向けますが。
「良いわよ。どうぞ触って」
満面の笑顔で両手を広げたシルビア様に躊躇なく近付き、手を伸ばしました。
「ほんとにまっしろ!」
「そうなの。でも、陛下の白とは少し色味が違うのよ」
その言葉にピクリと反応したのは王子ら二人。
「私ほんのちょっとだけですけど色の要素を持っているのですって。
ですから、瞳に色がありますの」
「は、母上も、色はある。紅色だ」
「そうですわね。ですが陛下の瞳の色は、厳密には色の要素が持つ色ではないそうですわ」
「……そうなの?」
「そうですね。陛下の瞳は血流が透けて出ている色ですから、本当は透明無色だそうですね」
レイシール様が加えた補足に、ぽかんと顔を上げる王子。
そんな様子を見てシルビア様は、そうだわ! と、手をパンと打ち鳴らし、満面の笑顔でおっしゃいました。
「本日の学びの会は、皆さんと仲良くなるための親睦会に致しましょう。
私、獣人の方々のお話も聞きたいですし、この白についても話しますわ。
それから、お姉様の黒い髪のお話もお聞きしたいの。
皆さんも、興味があるかしら?」
その言葉が向けられたのは、部屋の隅に固まる子供らです。
公爵家令嬢の学びの会に参加している子らですから、親の意思で送り出されている者もいれば、病を気にしない者、純粋に学びのために来ている子と様々でしたが、基本的に物怖じしない子らです。
「お茶をしながら色々お話ししましょう。
特別なお菓子もいただきましたもの」
お菓子の誘惑もあり、その後は自然と近寄り、話に加わりだしました。
子供というのは短慮で突発的です。ですがその分、柔軟でもあります。ひとつ、ふたつ言葉を交わせば、後は自然と触れ合うことができました。
「越冬中は幼年院と孤児院の広場を解放するよ。
橇滑りをしにくると良い。大きな雪山を作るから」
「お兄様、今年も孤児院は小さき子らの遊び場になさるの?」
「うん、するよ。皆で見守る方が何かと良いしね。獣人らの中からも、狼になれる者が遊び相手になってくれる」
「私も行けたら良いのに。いっつも羨ましいの」
「シルヴィは雪原に出るのは厳しいもんなぁ。陽の光の毒もだけど、眩しすぎるのだよな」
「そうなのよね。この病はとにかく光が眩しいの」
「今年からレイルたちは幼年院の広場に入れるが、どちらに来ても良いよ」
「…………」
「レイルは優しいなぁ。今年も手伝ってくれるのか?」
「お兄様は、どうやってレイルと言葉を交わしているの?」
「ん? ……主に仕草かな。なんとなく雰囲気で話してるけど、多分合ってるよ」
領主と白き乙女の会話を大人が見れば、それが意図的に加えられた情報の羅列だと気付いたことでしょう。
聡い子供ならば、違和感は感じていたかもしれません。
情報操作と言えばそれまでなのですが、レイシール様とシルビア様は事前に打ち合わせをして、流れをある程度作っておりました。
ですがそれはただ情報の羅列。子供らに興味を持ってもらうためのものです。
「領主様……、あの……動物とお話しできるのですか?」
「いやいや、できないよ。残念ながら馬や兎と意思疎通できたことはないな。
獣人の彼らは人の姿にもなるから答え合わせができるし、そうしてる間になんとなく覚えていったんだよ」
「この子も、人になるのですか?」
「レイルはまだなったことないなぁ。でもそこのウォルテールは狼の姿になるからね」
「……僕、知ってます。冬、庭に行ったことあるから」
段々と会話に加わる子らが増えていき、レイルの人の姿を見たいという話になってきて、渋々代わりにウォルテールが狼姿を披露すると。
「ああっ、本当いつ見ても美しいわ!
私、ウォルテールの毛並みが一番好きよ」
と、シルビア様も大喜び。
毛を掻き分ければ傷だらけなのですが、それも気にしていないようです。
もちろん子供の中にはウォルテールがかつて暴れた話を聞く者もいたのですが……。
「あ、あの……助けてもらったことあります。
小さい時迷子になったって、もうあんまり、覚えてないけど……」
と、名乗り出る子もおり……。
獣人の長所も、短所も、レイシール様は隠しませんでした。
シルビア様も、病の質問に丁寧に答えておられました。
一つ困ったのは、サヤ様のお国のお話ですね。
こればかりは言えること、言えないことがございます。ですからサヤ様も、困り顔になりながら、答えられる範囲のお話をされておりました。
少し遅刻しましたごめんなさいーーっ!
なんとか更新です。




