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 翌朝、帰還するロレン様を見送ることとなりました。


「……あの、お世話になりました」

「なんの。またお越しいただけると嬉しい。な、サヤ」

「はい。是非また。

 今度はゆっくり遊びに来てください」


 馬格、白の馬を引いたロレン様は、とても凛々しく精悍でした。

 この時期になれば、もう狼でなくとも大丈夫だろうとのことで、馬での帰還となります。そのついでにと、セイバーン領主より王都へのお使いを仰せつかったロレン様。


「これが陛下への密書。それから献上品の、セイバーン産牝馬、馬格、白。確かに託した」

「承りました。必ず無事お届けします」


 勿論、このお使いは建前です。

 王都に寄らなければならないなら、故郷への帰還は当然遅れますからね。彼女を有利にするため、少しでも時間を稼ぐ策のひとつなのでしょう。

 きっとレイシール様は密書の中にも、何か手を打っていると思います。

 この件をあんな風に軽く扱ってらっしゃる様子だったのは、絶対の自信がある策を有していらっしゃるゆえだと確信を持っておりました。ですが……。


 それをお伝えいただけないのは……私が従者を辞すつもりであるからでしょうか……。


 そう考えると、胸が痛む心地でした。

 この方との間に、確実に距離が開いてきているのだと……お姿を目にすることすら叶わぬ日々が近づいているのだと、どうしてもそう考えてしまいます。


 私が内心でそんな不安と闘っている間にも、ロレン様の旅支度は整ってまいりました。使用人が馬の背に荷を括り付けていきます。

 その隣で、私の贈った小剣を腰に携えておられますロレン様はというと、どこか微妙なお顔でレイシール様と話し込んでおられました。それというのも……。


「陛下への献上品なのに……本当にボクが乗って行っても良いんですか?」

「馬を運ぶのに、馬に乗らないのは馬鹿らしいじゃないか」

「……まぁ、そうです……かぁ?」

「そうだよ」


 あっけらかんと肯定するレイシール様に、首を捻っておられます。

 普通に考えれば確かにおかしな話ですからね。

 けれど王都に着き、陛下に密書をお渡しいただけましたら、この献上品が陛下を介し、ロレン様へと贈られたものだと分かるでしょう。せいぜい泡を食ってほしいものです。

 ……そうして少しでも、私を思い出してくだされば良いのですがね……。


 準備は進み、 鞍嚢(あんのう)に昼食用の弁当などもしまい込まれました。

 旅立ちの時。

 アヴァロンの入り口となります桟橋まで、ロレン様を見送る一同がぞろぞろと足を進める中、歩みの遅い私は、ブンカケンの門前まで。

 進む皆の背を見送っていたのですが……先頭を進んでいたロレン様が足を止め、馬の手綱をサヤ様に預け、何故か小走りで引き返して参りました。

 振り返る皆の視線を背に、私の前までやって来たロレン様は……。


「……捨て台詞でも忘れておられましたか」


 と、挑発した私の襟をぐいと引っ張り……。


「あぁ、忘れ物だ。あんたに返す」


 何を返されたのか分かりませんでしたが……。


「ボクはこの剣を貰ったから……これからあんたを思い出す時は、(これ)を手に取る……」


 思いがけない言葉に、つい声を失ってしまった隙に、ロレン様は更に言葉を続けました。


「ボクを女扱いしたのは、生涯できっと、貴方だけだよ……」


 とっさに身を乗り出そうとした私の胸をトンと押して、ロレン様は距離を取りました。

 もう一度触れたい。そう思った私を彼女は拒み、そのまま踵を返し、あとはもう振り返りません。

 サヤ様のもとまで戻って、手綱を受け取り、何も無かったかのように足を進め、離れていく……。


 突き放すのに、その台詞は卑怯でしょう……。


 そう思いました。

 けれど、どこかで救われてもいたのです。

 自らの在り方を否定するに等しい行為を、私に許してくださったのはやはり……多少なりとも想いがあったからだと。

 気持ちが全く無いならば、彼の方は私に身を委ねてはくださらなかっただろうと、そう思えましたから。


 皆の姿が見えなくなり、時が刻まれ、またひとり人数を減らして戻ってまいりました。

 門前に微動だにせずとどまっていた私に、皆様は少々怪訝なお顔をされましたが、歩み寄るレイシール様に気付き、納得し、興味を失ったよう。


「無事旅立ったよ」


 そう報告してくださったレイシール様に「左様ですか」と返事を返しますと、そのまま足を進めてきた我が主は何故か、私に手を伸ばし……。


「襟、崩れてる」


 ……引っ張られましたからね……。

 微妙な嫌がらせを受けた心地です。


 けれどそこで、我が主はふっと表情を緩めて「あぁ、戻ったんだね」と、言葉が続き……?


「これ、()()()()ロレンが持っていたのか……」


 レイシール様の左手が私の首を撫で、ひんやりとした金属を感じ、襟元を歪められた理由をようやっと理解しました。

 あの戦いで失ったと思っていた、私の襟飾……。


 ではあの言葉は……。

 私に何も残してはくださらなかったあの方は、何も無かったと思っていたこの一年も、飾りを(よすが)として、私を思い描いてくださっていた……?


 自然と、視線が足元に落ちました。

 強情を張らずにいれば良かったのかもしれません。

 もう少し寛容になれていたら、彼女はもっと、違う未来を選んでくれたのでしょうか?

 そんな後悔が、表情に滲んでしまったのでしょう。レイシール様は困ったやつだというように苦笑しました。

 そうして、言うべきか迷うように視線を逸らし、少し考えてから……。


「……ハイン、お前は獣人だから、ロレンはきっと、心配だったんだと思うよ」


 それは、獣人と(つが)うことへの恐怖でしょうか。

 こんな状況下でなければ、あの方は私に身を許してはくださらなかったのでしょうし……。

 けれど私がそれを言葉にする前に、私の考えを察したレイシール様は……。


「そうじゃない」


 それまでの和やかな雰囲気はなんだったのかと思うような、真剣な表情となっておりました。

 このお顔は……勝負に出る時のお顔です。何かを掴むために、一手を打つ時の。


「ついこの間まで獣人(おまえたち)は、獣として扱われ、不意に切り捨てられても文句すら言えない存在だったんだ。

 そのお前が、伯爵家の妻へと望まれた者を奪ったことになる。

 女性というだけで、彼女をずっと虐げてきた相手だもの。お前にだって容赦しない……そう考えたんだと思うよ」


 そこには考えが及んでおりませんでした。

 私は彼女が貴族の妻とならずに済むこと。それにしか思考が向いていなかったのです。


 ならばあの方のあの態度は、全て私を庇うためのものだったと……⁉︎


 合点がいきました。そして後悔しました。彼の方を独りで故郷に向かわせたことに。

 けれど、こんな身の私は、彼女の足手纏いにしかならないでしょう。

 職も辞し、ただの獣人でしかなくなる私は、五体すら不十分で、自らこの地を離れることすらできない。

 なにより、私の主はレイシール様。これだけは、従者を辞したとしても譲れない。私が今世に在る意味。


 でもだから、ロレン様は私を突き放した……。


 私に、私の大切なものを捨てさせないために、そうしたのです。

 なんて浅はかだったのでしょう。どうして私は、その考えに思い至らなかったのか……!


「お前が自分を責めるのも違うよ。

 ロレンは多分、ここに来た当初からそのつもりでいたろう。

 お前を頼ってきたけれど、お前を巻き込むつもりははじめからなかったんだよ。

 だから、伯爵家にも想い人がいることは告げていないだろうし、操を捧げた相手の名を出す気もないだろう。

 お前をここから連れ出す気も無かった。

 お前が俺に魂を捧げていることも、その決意も、全部知っていたからね」


 そこまで語りレイシール様は。


「ハイン、お前に従者を辞すことを許す」


 今まで、ずっと跳ね除けられていたことを、何故かこの時、認めてくださいました……。


「その襟飾を返してくれて良い。お前はもう、俺の盾にはなれない……。

 俺の盾はこれから、ウォルテールが担ってくれる。お前がそのように、彼を育ててくれたから」


 私の役目。

 それがこの瞬間に、全て、失われました。



 ◆



 この時が来るのは分かっていたことです。

 私が望んで、そうなるべく動いてきた。

 けれど、やはり……。

 それは恐ろしいほどの喪失感を伴いました。


「……長らく、お世話になりました。

 このような身ですから、自らこの飾りを外すことも叶いません。

 なので……」

「あぁ。……サヤ、ハインの襟飾を外してもらえるか」


 レイシール様の言葉で、いつの間にやら後方に控えていたサヤ様が、私に歩み寄ってまいります。

 サヤ様の表情は、凪いで静かなものでした。この方もこの時が来ることを覚悟していらっしゃったのでしょう。

 両手を伸ばし、襟飾を外してくださる間を私は、歯を食いしばって耐えておりました。

 さほど待たず、襟飾が外されたよう。

 襟を貫いていた針に被せを戻し、襟飾をレイシール様へと差し出したサヤ様。それを確認したレイシール様は鷹揚に頷き、視線で何かの指示を。

 サヤ様は一礼してさがり、襟飾を持ったままその足を街の方へと向け、控えていたメイフェイアが付き従います。


 当たり前にあった日常が、今日この時からもう、私のものではないのか……。


 そのことを呆然と噛み締めていたのですが。


「……さてハイン。ロレンを守るための算段を進めようか」


 そう話を振られて、目を瞬きました。

 今の一連の流れでどうしてその話が戻ってくるのでしょう……?

 従者でなくなった私にとって、レイシール様は雲上の人となりました。こうして直接言葉を交わすこともできない間柄となったはず。

 なのにこの方は、まるで当然のように私に話しかけ、それどころか考えもしなかったことを口にするのです。

 何よりそのための一手を、貴方はもう、仕込んでくださったのでしょうに……?


「私にできることが、まだ何かあるのですか?」

「言ったろう。ロレンを守る役目は、お前が担うべきたって。

 俺では力不足だし、俺には担えない役なんだ」


 そう言ってからレイシール様は、私をブンカケンの中へと促しました。

 極力秘しておきたいことのようで、応接室のひとつへと誘われ、座るように指示。

 戸惑いつつも席についた私にレイシール様は。


「さっきも言った通り……ロレンはお前を守りたいと思ったから、お前を切り捨てることを選んだ。

 でもその選択が間違っていることは、俺が身をもって知ってるからね……。

 十六歳のあの時……お前が、全部切り捨ててきた俺の、初めて切り捨てられないものになってくれたから、今の俺はあるんだよ」


 そのように言われて、今の状況が確かに……あの時をなぞらえているように感じました。

 セイバーンに呼び戻された時、この方は私を捨てようとした。だから命懸けで食らい付いたのです。

 命くらい賭けなければいけなかった。それくらいの覚悟を、此の方もされていた……。


「今回もね……相応の覚悟が必要だよ……」


 そう呟いてレイシール様は、居住まいを正しました。


「お前も知っている通り、現状の女近衛は人員不足。ロレンひとりだって失うのは大きな痛手だし、未来への損失なんだよ。

 それは上位貴族間においても周知されていることだ。

 だから例の伯爵家はきっと、ロレンに緘口令を敷き、自ら職を辞すよう求めてきているのだろう。

 リカルド様やハロルド様に相談できなかった様子なのも、多分ね……そちらはもう封じられていたからだ」


 おおかた、ロレンの父親はその伯爵家に仕える身で、その伯爵家はヴァーリン傘下でも有力な血なのだろうとレイシール様。

 おふたりにことが知られれば、父親や家族がどういった扱いを受けるか分からなかったり、もしくは他に大きな弱みがあるのかもしれないと。

 相手をぼかしてそうおっしゃいましたが、レイシール様には、その相手に目処が立っているのかもしれません……。

 この方の交友関係は実に広く育ち、吠狼の耳や、マルの膨大な知識もございます。

 この方はもう、孤独なはみ出し者ではない。


 そして貴族社会は常に、血でもって強固にされてきたという、今までの経緯がございます。

 それゆえに捨てられない柵というのは、まだ多く蔓延っているでしょう。

 その中でロレン様が、この地のレイシール様を頼った理由は……。


「俺はヴァーリン傘下ではないけれど、ヴァーリンとの柵は比較的強固だ。

 だから地位の低い男爵家でも、俺の元にいれば、お前は守られる……。ロレンはそう考えたんだろう」


 それに俺には、クロードがいるしね。と、レイシール様はおっしゃいました。

 男爵家で、上位の公爵家、しかも二家の血を引くクロード様を従えている稀有な存在は、異国を含めて探したところで、きっとこの方しかいません。


「それに……どうせお前、職を辞す話はロレンにしていなかったんだろう?」

「……言う必要がございましたか?」

「いや……多分言ってたら、女近衛を辞めなきゃいけないなんて弱音は吐いてくれなかったろうしな……。

 襟飾を返したのも、お前を守るため……お前が俺のものだって示すために、必要だと考えたからだろう。

 だからお前があれを返すと分かってたら、あの飾りは帰らなかったさ」


 彼の方(ロレン)がそこまで考えていたでしょうか……。

 そう思いましたが、レイシール様はたまによく分からないほどの精度で先読みをなさいますからね。

 そんな風に読める何かを察知していたのやもしれません。


「まぁでも良かったよ。

 これが返ったおかげで、体裁が整う。お前の襟飾はそのままウォルテールに引き継がせて、お前には別の職務を担ってもらいたい」

「…………意味が、理解できかねるのですが……」


 私はもう役に立たない。それが分かったから、襟飾を返して良いとおっしゃったのでしょうに。


「私に盾は担えないと……この体で職務にあたることは困難であると、もうお分かりになったのでしょう?」


 その私の言葉にレイシール様は、苦い笑みを浮かべました。


「うん……それは認める。

 お前が従者という役割に誇りを持ち、今日まで仕えてくれたことを、俺はちゃんと考えてやれてなかった……。

 お前は正しく俺の盾となってくれていた……。それがもう難しくなったから職を辞すと言った。

 それは、頭では分かっていたんだ……だけど正直……俺も、認めたくなかったんだよ……。

 お前を失うことなんて、考えられなかった。当然ずっと傍にいてくれるものと思っていたんだ」


 それは私にとって望外のお言葉でした。

 役に立たなくなった私でも、この方は必要なものであると考えてくださった。それを言葉にしてくださったのです。

 今までの勤めに対する情けではなく、私を必要としてくださっていたと。


「だから、盾役はお前の推薦通り、ウォルテールに担ってもらおうと思う。

 お前が今日まで支えてきてくれたことを俺は、本当に嬉しく、有難く思っているよ。

 そしてこれからもそうであって欲しいんだ。

 居なくなってもらっては困るんだよ」

「……おっしゃっている意味が分かりかねます」


 それは、針の筵に座り続けていろということでしょうか?

 こんな身体の私にどんな役割が担えるというのでしょう……。


「勿論、そうじゃないさ」


 レイシール様は、力強くそうおっしゃいました。


「お前はちゃんと、このセイバーンに必要な存在なんだと証明する。役立たずなんかじゃないって。

 俺がどうしたいか、何を考えるか、それが正しい判断か、間違っているか……。

 それを冷静に見極めてくれるのはいつだってお前だ。だからお前には、俺の『懐刀』となってほしい」


 …………は?

今回は少し短いです、ごめんなさい!

コンテスト最終日を明日に控え、とにかく落ち着かない……。

でもそれとこれとは別ですからね。来週も更新だけはできるよう、時間確保頑張ります。

あともし良かったら、活動報告をご確認いただけると幸いです。


ではっ、また来週も金曜日、八時以降でお会いしましょう!



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