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職を辞す

 そうして。

 越冬も終わりに近づいてきた頃。


「ハーイーンーッ、あーそーぼーっ」

「……遊びません」


 訪ねてきたロゼたちにげんなりとそう答えました。

 ウォルテールは順調に育ち、少し手が空いてきたため、移る家の準備を進めていたのですが、すると彼女らが揃って訪ねてくるようになったのです……。

 想定外の被害ですよ。誰がこんな状況を予想できると言うのです……。


「ロゼ、何度も言いましたが、私は遊べません」


 遊び方などさして知りません。女児の遊びなど更に知りませんよ。

 その上この身体でどうしろというのです……。


「じゃあ、お手伝いするよ!」

「……結構です」


 この前そう言うから中に入れたら、むしろ散らかりました……。

 とはいえ言ってもどうせ帰りません……。

 ロゼらは片親が獣人だと知られてしまいましたから、現在少しこの街での居場所に困っている状況だと聞いております。

 なら尚のこと、獣人とは絡まぬ方が良いと追うのですが……そんな風には思い至れないようで、暇があればこうして来てしまいます。

 食事処にもしょっちゅう顔を出すと耳にしていました。

 幼いながら、嗅覚師としての職務もこなしているロゼは、年の近い友人も作りにくいのでしょう。


 だからって何故私に白羽の矢を立てるのか……。

 ……いえ、必然ですね。

 よく考えたら、他の獣人は大抵職務がありますし、暇そうなのが私だけということなのでしょう。……致し方ありません……。


「……手伝いは不要ですが……休憩しましょう。

 コレット、皆に休憩だと伝えていただけますか。食事処へ伺います」


 たまたま近くを通りかかっていた臨時の雇い人にそう声をかけますと、パァッと表情を輝かせました。

 彼女は一昨年孤児院を出たばかりの若い女性ですが、レイシール様を通じて私とも面識がありました。そのためか、私を恐れず接することのできる、数少ない者のうちの一人であったため、この度臨時に雇ったのです。

 バート商会からの手伝い二名とこのコレット。そして更に二人を流民から雇いました。


「ロゼ、貴女たちも来なさい」

「良いの⁉︎」

「勿論です」


 家にあげるよりよっぽど被害が少ないですから。


 とはいえ、雪の中の移動は結構大変で、私の歩みはどうしても遅くなります。

 杖と片脚ですからね。致し方ありません。


「前の領主様が使われていた車椅子みたいなもの、サヤ様にお願いしてみたらいかがですか?」

「まだあれに甘やかされる歳ではないのですよ……。

 身体は使わねば更に鈍りますからね」

「そうなんです?」

「ええ」


 そんな会話をコレットと交わしつつ、壁伝いにゆっくりと足を進めます。

 なかなか進めませんので、使用人らには先に食事処へ向かうよう指示したのですが、コレットは何故かこの場に残っていました。

 まぁ、うるさいロゼとサナリを先に連れて行ってくれたのは良かったのですが……レイルは犬と判断されているようで、おいていかれております。彼が一番邪魔だったのですが……見た目がこれですから仕方ありません。


 雪は少なくなってきたものの、まだまだ多くありますし、中途半端に凍ったりしていて、へたをすると滑ってしまいます。

 足元をうろちょろするレイルが邪魔でしょうがなかったのですが、いちいち指摘して注意を怠ると、転んでしまいそうでした。


「……あの、手を貸しますよ?」

「甘やかすなと言ったでしょう」

「甘やかしじゃないです、介添えですよ」

「老人扱いしないでいただきたいですね」

「そうは言ってもうちのおばあちゃんよりヨボついてますよ」


 …………? 孤児院にいたのに、うちのおばあちゃんとはこれいかに……。


 ついそう気を取られてしまった時、レイルが足元を掠めて走り抜け、杖が滑りました。


「危ない!」


 コレットが慌てて手を差し伸べてくださったのですが、小柄な彼女では私を支えられるはずもなく……。

 そのまま彼女を押しつぶしてしまうところだったのですが、背後から何者かの腕が伸び、私の腹をがしりと抱え込みました。

 そのため私は杖を手放してしまったものの、倒れることはまぬがれ、コレットは雪の上に尻もちをつくだけで済んだのです。


「コレット、大丈夫ですか⁉︎」

「えぇ、はい。ちょっとお尻が濡れただけなので……」

「申し訳ありません。衣服は弁償いたします」

「濡れただけで大袈裟ですよ」


 そう言いつつ、よいしょと身を起こすコレットに、レイルがキューンと細い声をあげました。

 反省しているとでも言うのでしょうか……。それならばもう足元をうろちょろしないでいただきたい。

 手を離れた杖は雪の上に転がっており、あれをどうやって手に取ろうかと悩みつつ、腹の腕……これの感触に、何故か既視感を抱いておりました。


 視界の端には、濡れた長靴がございます。高級品であるとひと目で分かりますが、傷も多く入っているため、決して飾りではなく、実用品として買われたのでしょう。

 長靴から生える細袴は、外套でほぼ隠れておりましたが、長いすらりとした脚が一部見えておりました。その外套も、毛皮が裏打ちされた高価な品。

 私の腹に回されたのは右腕で、手先もついてましたから、レイシール様ではありません。もちろんギルも違います。彼よりは華奢……。

 長く、がっしりとした力強い腕です。しかし、手首や指は意外に細く、そこはかとなく丸みを帯びているように感じ……。

 そしてありえないことと思いつつ、何度も思い描き反芻していた、鼻腔に香るこの匂い……。


「……ロレン様? 何故貴女がここにいるのです?」


 そう問うと、望み、叶うはずもないと思っていた声が、確かに耳に届きました。


「…………助けてやった第一声がそれ?」

「ですがまだ越冬中です」

「そうだけど……春を待てない理由ができたから、ちょっと権利を行使させてもらった」


 聞き間違いではない……。


 脚をつき、身を起こしますと、コレットが杖を差し出してくれました。

 それに手を伸ばそうとしたのですが、先に別の手が杖を受け取ります。


「ありがとうお嬢さん、だけどもう少し待ってやってくれないか。焦らせるとまた滑る」


 女性としては低めの声を、意識して更に低く、使っている……そんな声音。

 コレットが、びっくりしたように瞳を見開き、私を抱える人物を見上げております。

 その唇が、わぁ、かっこいい……と、動いたのが見えました。

 …………釈然としません。


 無理やり身を剥がそうとしましたら、逆にガッチリと抱えられてしまいました。


「焦るなって言ってるだろ」

「焦ってません」

「焦ってる。ちゃんと足元を確認しろ。支えておいてやるから」


 この体勢は、貴女の顔が見えないんです!


「焦るなって言ってる、ちゃんと立て! それともボクにまた抱き抱えられたいのか?」


 それは絶対に嫌です。


 なんとか身を起こし、平な足場を確保してから杖を受け取り、きちんと体重を乗せました。

 杖を使う身がもどかしい……。これを持つ以上、手が使えない。触れることができないのです。

 けれど、無様なところを見せるのも嫌で、虚勢を張るために杖に手を伸ばしました。

 きちんとやれていると、見せなければ……。


 ロレン様は私がちゃんと立ったのを確認し、やっと腰に回す手を離してくださいました。


「来てみりゃお前、何やってるんだ? 雪の中で……。

 お慕いするレイシール様は、先に行ってしまってるのか?」


 どこか皮肉げなその口調……。

 緊張を誤魔化すために、悪態をついているのだと、もう私には分かってしまう……。

 視線は遠方を見るように逸らし、私の進むであったろう方向を見渡しておりましたが、それも私を視界に入れないため、敢えてそうしているのでしょう。

 ……まぁ、この方からすれば、一方的に私に懸想されているだけですからね……。


「食事処に向かっていたのです……」

「なんだ……今日は休み? 珍しい……去年来た時は……」

「私のことは良いです。それよりも、権利を行使したとはどういうことです? それは職務として来られたということですか」


 私服であるのに……? それとも、近衛の制服を着るわけにはいかない案件なのでしょうか。


「火急の要件であるならば、ここで油を売っている場合ではないでしょう」


 そう言うと、ギクリと一瞬、身を強張らせました。


「あ……いや…………そうでもない。けど……」

「レイシール様に御用がおありなのですね?」

「…………いや、そういうわけでも……」


 …………?


 視線を逸らしたままのロレン様は、言葉まで要領を得ません。

 そのうえ何としても私を見ようとしませんから、暫く待ったものの、先に私の忍耐の緒が切れました。

 肘までの右腕で、ロレン様の左肩をトンと押すと、ハッとした表情をこちらに向けたロレン様。やっと視線が絡まった途端……コレットが。


「旦那様、部外者がいる場所では口にできないご用件であるようですから、私は食事処に向かいます」


 彼女の言葉で、その程度のことにも気付けなかった自分に驚きました。

 いけない……私も相当、慌てていたようです。


「お願いします。……あぁ、好きなものを食べておいてください。料金は後日まとめてとガウリィに伝えていただければ。それと私は……」

「お勤めが入ったと皆にも言伝ますね。家の掃除も進めておきますから。

 おいでレイル、抱っこしたげる」


 走り寄ってきたレイルを躊躇なく抱き上げて、コレットはペコリとお辞儀をしました。

 思っていた以上に気の利く娘ですね。これは良い相手を見つけたかもしれません。

 気を使わせてしまったと思ったのでしょう、ロレン様もコレットに詫びの言葉を述べてくださいました。


「すまない、お内儀……」

「あらやだお内儀だなんて。気にしないでください。では」


 お内儀…………?

 ……あぁ、コレットは結婚したばかりと聞いた気がします。

 ということは、うちのおばあちゃんとは、夫の身内ということですか。納得しました。


「ロレン様、私の右腕を支えてください」

「……え、あ、おい⁉︎」


 せっかく持ったばかりの杖を手放し倒してしまった私に、慌てたロレン様が右腕を掴み支えてくださいました。

 その間に空いた左手で外套をめくり、内側……襟元に下げていた犬笛を取り出します。

 音を覚えておいて良かったですね。確かにこれは便利です。


 ――ロレン様、来訪。

 レイシール様にご用件あり。緊急とのこと――


 念のため、同じ内容を二度吹きました。連絡に利用したのは初めてでしたが、上手くできたと思います。

 そうして笛を口から離し、ロレン様に視線を向けたのですが……っ⁉︎


「どう、されました⁉︎」


 血の気の引いたお顔…………。動揺を隠せない、打ちひしがれた表情があり、愕然としました。

 只事ではない。今までコレットがいたから、必死で取り繕っていたのでしょう。

 そこでまた、笛の音。


 ――是。即来られたし――


 あの音はジェイドですね。

 良かった。お時間を作っていただけるようです。


「ロレン様、気を確かに。レイシール様がすぐお会いくださるそうです。

 彼の方なら、まぁ大抵のことは安請け合いなさいますし、なんとかしてくださいますよ」


 軽口をたたいてみせたのは、ロレン様があまりにお辛そうだったからです。

 不自由な身の私ですが、レイシール様への繋ぎとしては、優秀であると自負しておりますし、あの方は絶対、どんな案件でも、ロレン様を無碍にはなさらない。

 その自信があっての言葉だったのですが…………。


「…………いや、まぁ……もう、良いのかなって気もしてる……」


 返ったロレン様の返事は、やはり力無いものでした。



 ◆



 片脚の無い私を連れていては、火急的速やかにとは参りません。なのでロレン様だけ、先に向かってもらおうと思ったのですが……。

 レイシール様の言いつけで飛んできたウォルテールが、背を貸してくれました。わざわざ狼姿なのは、その方が速かったからでしょう。

 無論乗れはしないのですが、大柄な彼が右側を歩き、右腕を背に預けておけるだけで、安定感も速度も違いました。


 直ぐに応接室へと案内されたのも、火急と伝えていたからでしょう。

 促されるまま長椅子に座るとほぼ同時に、レイシール様だけでなく、サヤ様も部屋へとお越しになりました。


「ロレン! フォギーと来たと聞いた、どうしたんだ⁉︎」


 ……そういえばそうですね。ここまで来るのに狼を使っていないはずがなかった。

 私が慌てて知らせることもなかったですね、これは……。


「レイシール様、私は席を外します」


 従者を辞す身で、耳にして良い案件とは思えませんし……。

 そう考えたのですが……。


「いや、ハインもいてくれ。彼女のことは、俺よりお前の方がよく理解していると思うんだ」

「……ですが……」

「頼むから、そうしてやってくれ。

 まずお前に会ったということは、彼女にとってその方が良い理由があったのだと思う」


 …………先に私に会った理由?

 いえ、私が外を歩いていたから、たまたまお会いしただけかと……。

 そう思ったのですが、レイシール様は真剣な表情で、本心からそう考えているのだと伺えます。

 そしてロレン様の様子が気になるのも事実でした。

 初めのうちは、ここまでの案件とは思えないくらい、ハキハキと喋ってらっしゃったのですから。


 ……まぁ、昨年の越冬の間、ずっと共にあったのは事実ですし……。

 つい皮肉を口にする彼女の性質を考えると、正直に話をしない可能性もありますしね。

 レイシール様が彼女の気持ちを読み違うとも思えませんが……ご命令ですから……。


 内心でそんな風に言い訳を重ねつつ、もう一度席に座ると、レイシール様は安堵の息を吐き、ロレン様にお心を傾けられました。


「よく来たねロレン。急ぎとのことだったが、何があった。

 王宮からの知らせではないとフォギーには聞いた。だから、君個人の案件なんだろう?

 なんでも話してくれて良い。俺は君に大きな借りがあるし、力になれることならなんでもするよ」


 普段なら甘すぎると腹の立つ言葉も、今日は頼もしく聞こえます。


 レイシール様の言葉に、しかしロレン様は口を閉ざされています。

 すると席を立ったサヤ様が、こちらにお越しになり、そのまま床に膝をついて、ロレン様の手をその両手で包み込みました。


「ロレンさん……」


 かつて慕っていた女性ですからね。

 それでようやっとロレン様の凍えきっていた心が、動いたのでしょう……。


「サヤ、さん……」

「大丈夫。心配しないでください。

 レイシール様は口にされたことを、違えたりなさいませんから」


 そう言うと、くしゃりと表情を歪め、顔を俯けた彼女は…………っ、まさかっ⁉︎


 ぽたりと膝に落ちた雫に、驚きを通り越して呆然と見入るしかありませんでした。

 これは、やはり涙? この方が? けれど気のせいではない様子で、それは二つ、三つと数を増やし……。


「…………近衛を、辞す、ことに、なりそう……です」


 絞り出した言葉は、更に驚きを呼ぶ内容でした。


「何故ですか? ロレンさんは、近衛の職務に誇りを持ってらっしゃいました」

「……い、家の……指示で。ボクに、縁談の話が……。

 こんな機会、今後は絶対に無いだろうからと、そう、言われ……春にも辞すようにと……」

「貴女は士族家の方でしょう⁉︎ 血を繋ぐことを義務とはしないでしょうに!」


 ついそう口を挟んでしまったのは、私も驚いてしまったからです。

 貴族であるならば……血を繋ぐことを義務とされる家もございます。

 ですから、職を辞して嫁ぐべしと指示されることも分かる。けれど、士族職は世襲ではございません。


「なにより近衛は、名誉ある陛下のおそばに(はべ)ることが許された特別な職務なのですよ⁉︎

 婚姻を理由に辞すほどそれは……陛下の命より優先せよとのことなのですか⁉︎」

「故郷の、幼馴染に……伯爵家の者が、おります。それの、五番目の妻にと……。

 まだあそこには、後継が生まれておらず、そ、それで……」


 成る程。血を繋げる義務を持ち出されたのですね。

 ですが、昨年の彼女の話を思えばおかしな内容でした。

 今までずっと、彼女の彼女らしさは否定され、故郷では虐げられていたはず。なのに五番目とはいえ妻へと望まれ、近衛の職務よりも優先せよとは……。

 彼女は、生きていくために近衛となった。自らの足で立ち、稼ぎ、生きると叫んでいたのに。


「…………ロレン様は、その方へ嫁ぐのが、お嫌なんですね?」


 冷静なサヤ様の声が、部屋に響きました。

 キリリとした真剣な表情のサヤ様は、そのままロレン様が座る長椅子の隣に腰を下ろし、ロレン様の肩をさすり、頭を抱き寄せます。


「正直に言って、大丈夫ですよ……。私たちは貴女の味方です」

「…………ずっと、ボクを馬鹿にしてきた奴……っ。だから、これも……ボクが、女近衛になったのが、気に入らないから……。

 ボクを、貶めるためだけの、婚姻。だって今、子を孕んでる奥方も、いる……」


 歯を食いしばり、伏せられたお顔が絞り出す声……。

 それを見守っていたレイシール様が、やっと口を開きました。


「…………つまり、子は授かっているけれど、生まれるまでは確証が無い。

 だから、子を授からぬからという理由が成立し、ロレンは求められた。……そして父親には、その命に逆らえない(しがらみ)があるということか……」


 五人目の妻など、本当は必要無いのでしょう……。

 何より彼女をあそこまで頑なにした相手だと思えば、腹が立つでは済まない話でした。

 ですが……。


「これをどうにかするとなると……それより優先される理由が必要ってことだもんな」


 それですね……。


「因みに、その身籠られてる奥方は何番目で、何ヶ月目なんだ?」

「……三番目の方で、今、四ヶ月くらいに……」

「成る程。その婚姻の話がロレンに来たのはいつ?」

「…………先月……」

「……つまり、身籠(みごも)っているという確証を持ったうえで、婚姻の話を取り下げる気もない……ということなんだな?」


 女近衛はまだ人数も少なく、ロレン様は貴重な人材でしょう。

 だから陛下も、ロレン様を手放したくはないはずです。けれど、伯爵家の血を繋げる義務を持ち出されると、少々厄介でした。

 妊娠四ヶ月ほどと言うならば、奥方の腹も目立たぬ段階でしょう。まだ身籠っていない。気付いていなかったなどと言い張れなくもないでしょうし、流れる可能性があると言われれば、強くも出れませんか……。

 それを確認してから、レイシール様は更に質問を重ねました。


「リカルド様やハロルド様には相談できなかったの?」


 それに顔を伏せたままのロレン様……。

 見かねてサヤ様が口を開きました。


「……レイ、あちらは血の地位を強く意識する土地柄ですよね……」

「あぁ、そういえばそうか。……だけど、リカルド様なんかは、相談すればきちんと話を聞いてくださるだろう?」

「……レイシール様、ヴァーリンの感覚ならば、女の幸せは家庭に入ることだという意識も強いのではと」


 私がそう口添えすると、レイシール様は眉を寄せました。

 そうして暫く考えてから……。


「……腹がしっかり目立ち出すのは三ヶ月後くらいか。

 それまでに式を済ませるとなると、本当に突貫……妻を娶ると言うわりに、おざなりな扱いだな」


 確かに伯爵家に嫁ぐとは思えない性急さです。

 しかし、士族の娘とはいえ平民で、五人目となればそのようなもの……と、言い逃れもできそうですね。

 良識ある行動の範囲。隙間を縫うようなねちこいやり口。そのお相手とやらはあまり良い気質ではなさそうです。


 私がそんな風に考える間も、レイシール様は瞳を伏せて何か思考に(ふけ)ってらっしゃいましたが……暫くするとまた顔を上げ。


「……ロレン、その話が嫌だったのは分かった。それで、どうしてセイバーンへ?」

「っ……!」


 その質問で、ロレン様は少し落ち着いていたはずの気持ちを、また硬直させてしまったよう。

 ガチガチに緊張してしまった様子に、レイシール様も驚いたのか、目を見開きました。

 ロレン様を抱きしめていたサヤ様も同じく驚いたようで、ぽかんと口を開いて、隣に座る同僚に視線を向けております。


「…………いえ、理由は、無い……んです。なんとなく……ただ、なんとなくで……」


 そう絞り出した声は震えておりました。

 元々サヤ様に懸想されておりましたしね……。サヤ様は流民という立場から男爵夫人となられましたから、立場的にはロレン様と似ておられます。

 それでこの地へと気持ちが向いたのかもしれません。


「……そうか」


 とりあえずはそう返事をしたレイシール様。またキュッと一瞬だけ、眉間に皺を寄せましたが、次の瞬間ふわりと表情を緩めました。


「と、いうか。来て早々に長々問い詰めてしまった。ロレンも疲れているだろうに、配慮が足りなかったな。

 一旦この話は終わろう。どうするかはまた明日以降にして、まずは休むべきだ。

 サヤ、彼女の客間を準備するよう指示してもらえる?」


 のほほんと平和なお顔で、そう言いますと、サヤ様がはいと席を立ちます。


「ロレン、安心して。何か方法はあると思うから、少し時間をもらうだけだ」


 そう言ったレイシール様は、私でも内心を読みにくい、完璧な笑顔を作っておられました。

いつもご覧いただきありがとうございます。

なんとか今週も書き終えた……書き終えたよ……。

来週も気合いで乗り越えようと思います。展開的にも先延ばしできない感じになってきましたしっ。

が、頑張りまーす!

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― 新着の感想 ―
[良い点] >>彼の方なら、まぁ大抵のことは安請け合いなさいますし、なんとかしてくださいますよ おいw まぁ事実ですけども。 しかしロレンに胸糞気味な縁談ですか。 実はもう結婚してたんだよーん作戦と…
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