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そして夜は明ける  作者: 轆轤輪転
1/1

現生の夜桜

Part1 「現生の夜桜」




 惣闇色(つつやみいろ)の世界をかぎ分け、眠れる森を突き進んでいく。


こんないつから始まったかも忘れた毎日を私は過ごしていた。上下左右、闇ばかり。


太陽の光も朧気に見えてしまうくらい私の視界は暗い。


過去からも未来からも見据えても暗い世界を私は万年観てきた。


不老不死とは残酷極まりないものだった。斬っても斬られても死ぬことはない。


罪を犯せばほぼ永久的に贖罪(しょくざい)を担って生きていかなければならないし、裕福な生活を


手に入れたかと思えば乱戦に巻き込まれて一瞬で崩壊し、その情景が脳裏を過る度に


人間と私の命を比べて自壊していた。


けどもういいよ。どう足掻こうが、何も変わらない。


妙に暖かい風が肌を撫でた。夜だというのに、生々しく暖かかった。


この変な風、既視感のある風を辿るように草木を素手で払いのけながら更に奥へ進んでいった。


時間という概念のゼンマイがとうの昔に抜け落ちている私には一体どのくらいの距離をどのくらいの時間で歩んだか全くわからないが、どうやら終点に着いたらしい。気が付けば全身に纏わり付いていた忌々しい感触は消えていた。広場に出たのだ。しかし丑三つ時の真っ只中ということもあり、視界自体は相変わらずだった。


「ぬう・・・」


周りに探りを利かせる。眼はある程度闇に順応していて暗い大地と先に聳え立つ何かだけはなんとか

視認することができた。


夜空を見上げる。微量の揺蕩う光を放つ層雲が力なく漂っていた。後ろに隠しているのは間違いなく月だった。そう悟った瞬間脊髄が犇めいた。


「おぉ月よォォ、我が身体に祝福の光をォォ。」


なんて言葉で表せばいいか分からないが、どうにも私は無性に光を欲した。母なる光を。


優しい光を。今まで私の願いは色々な因果関係の下で消し炭にされてきた。故に心情は穏やかではない。きっとそれが露出してしまったのだろう。涙腺は壊死して涙は出ない。それが何より辛かった。心の棘が刺さったまま浄化されない。


「厭だな・・・」


私はその場に座り込み、俯く。視界には長年の年月を経て伸びきった己の髪と自然豊かな雑草が広がる。そして可愛らしい桃色の花弁が舞い込む。そこで私はようやく気付いた。


正面を見上げる。そこには此処の主が立っていた。


「・・・っすごい・・・」


枯渇しきった身体に一瞬で生命を吹きかけられ直立する。桜だった。大きな、立派な、変に既視感のある、崖っぷちに、月明かりの下に咲くたった一つの桜だった。

私は無意識に両手を伸ばす。全てを捧げても善いような気がした。そう思おうとも胸から直接汚物を抉りだされるような感覚に勝手に陥る。目尻に潤いが戻っていく。

「全てを、託しまsっ」

「ねェ。」

「・・・っ」

背後から刃物を突き付けられる腐れ縁の感覚に似ているその声の出所に全身を向ける。

中高生位だろうか、そんな風貌の女性がそこに立っていた。

「・・・はい?」

「わっ、声低っ、男の子か」

どの部位で女と思ったのか疑問ではあったがよく考えたら私、髪長かった。

私が応答に懊悩する暇を与えまいと女性は歩を進めてくる。大昔の名残の本能が危険を察知したのか脳が命令を下す前に身体が勝手に身構える。

「おおぅ、怖がらないで。私はただこれを見に来ただけだから。」

女性は指差す。

「ほら綺麗でしょ?何もかもをあれに預けたくなるでしょう?」

私は再び桜に向き直る。いつ見ても綺麗だった。さっきほど月影を明るく纏ってはいないもののされど

美しかった。また色々なものが持っていかれる感覚に喰われそうになるも隣の微量の気配に搔き消される。

「・・・いつの間に・・・」

「いや驚いたのはこっちの方だよ。また桜見つめ始めたと思ったら話しかけてもうんともすんとも

言わなくなるんだもん。それがかれこれ5分くらい続くんだもん。ホントビビる。」

女性は私の隣で体育座りをしながら腕時計と桜を交互に見ていた。

私にはほんの数秒の感覚だった。体内時計の誤作動を改めて実感した。

時間という単語を引き金に発射された言葉が一文。

「あっそういえばお姉さんこんな時間に外出歩いてて大丈夫なんですか?」

「だいじょぶりきんとん。ここら辺治安良いから。」

「そっ、そういう問題じゃなくて・・今丑三つ時ですよ?深夜ですよ?ご両親心配しません?」

次は私と腕時計を交互に見た。

「今時の子って難しい単語使うんだね。でもよく聞いて?今、午後8時。」

「へ?」

女性の腕時計を覗き見る。ちなみに腕時計を見たのはこれが初めてである。

不意に女性が私の身の丈を擦って呟く。

「え・・・すごい汚れ・・・」

油断していた。今まで私は人知れず自然に溶け込んで生きてきた。勿論、もう長い間体を洗ってない。

私は彼女の手を振り払い距離をとる。

これを機に私の正体がバレてしまってはまずい。最悪の場合、

この人を・・・・。

そんな疾風 (はやて)の過ぎた思考にまんまと絆されて上手く頭が動かなくなる。

「ちょ、なんでそんな・・・君・・・家あるの?」

「ヌッ・・・⁉ぅう・・・」

言葉すら紡げなくなった。本来ならばここで、

「家あるから、お構いなく。」

っと言った方が正しかった。むしろ言えたはずっだった。

私の尋常ではない焦りを目の当たりにした女性は全てを吐き出すかの様に軽く深呼吸をして

私に眼を向ける。全て憶測で察したかの様な眼を。

「まぁ一旦落ち着こう。座りなよ。夜桜でも見てさ。」

そう言って彼女は再び体育座りの体制へと戻る。このまま突っ立っていても埒が明かないと判断して

私も一呼吸おいて胡坐をかく。本日三回目の花見である。あれから随分時間がたったように思えたが

未だに桜は光を失ってはいなかった。さっきの様にまた虚無に苛まれるのかと思ったが

不思議と今回はそうはならなかった。

そうして静寂な空間が展開され、長時間の沈黙の間が設けられる。

フと彼女の横顔を見る。すっかり夜桜の虜にされてしまったご様子で完全に虚無に陥っている。

髪は肩までと長く、身長は158㎝といったところか。顔も整っていて心底羨ましい。

静寂の空間に声が響き、亀裂を走らせる。

「ねぇ、家無いんだったらうち来る?」

静寂の空間に声が響き、また一つ亀裂が走る。

「え・・・いやでも、そんな・・お気遣いを・・」

静寂の空間に声が響き、また一つ亀裂が走る。光が見え始める。

「気遣いとかじゃなくて、本気で検討してる。」

影が蠢く。

「今まで野宿で過ごしてきた訳だし、いいよ。」

光が影に牙をむく。

「生まれてからずっと?赤ちゃんの頃から一人で生きてきたの?」

光が影を喰らう。

何も言い返せなくなる。目を瞑る。記憶を掘り起こす。辿り着いたのは真っ暗な世界。

言葉で言い表すなら「星一つ無い宇宙」そのものだった。

ここに辿り着いたということは何か意味があるんじゃないかと皆無を進む。

道中想う。

 私は不老不死。いくら時が経とうと、致命傷を負おうとも、首を括ろうとも死ぬことのない不老不死。いつ、何故こんな身体になってしまったかなんて今となれば説明がつかない。

忘れてしまった。そんな記憶、最初から無かったんじゃないかと思うくらいすっぽりと

そこだけがない。

でもそれ以外の記憶ならいくらでもある。

変な浮遊感に身を任せながら幾千にも満たす記憶を追憶し改めて気付く。

なんだ、私独りじゃなかったじゃん。失いはしたけど彼らが居る時はその都度、

恐るるに足りなかった愛情をもらっていた。沢山の仲間に囲まれた私の情景が観える。

深く偲ぶ。遥かを飛ぶ。

既に錆びれて消えてしまったとばかり思っていた沢山のそして、私と愉快な仲間たちだけの愛世。

・・・違うか、

「私が置き去りにしていた沢山のそして、私と愉快な仲間たちだけの愛世。」

そんな幾つもの愛世が輝かしい愛世が今、目の前にある。そして、私に入ってくる。やがて大地に足をつける。

光が影を呑み込み静寂の暗かった空間が崩壊する。

「だからね・・・。・・・⁉フフ、決心はついた?」

今まで何かを語っていたらしいが私の表情を見て笑みを創る。

私はすっかり明るくなった視界で彼女の眼を見て笑う。

「よろしくお願いします。」

そして姉さんは私の手を取り家へと引っ張っていくのだった。












これが生きてる証か


はじめまして、生ける有機物の轆轤輪転です。


第一話、無事に投稿することができて安堵の意。

本物語を読んでいただけて光栄の至り、ありがとうございます。

また逢う日まで。

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