外伝一話 美しき冬の出来事
投稿が不定期になりますので、お詫びの一話です。
もし、この話を読むのであれば、百一話を読んでからにするのをお勧め致します。
本編では無いのでアレですが、伏線回収があったりとかしますので、ネタバレにお気をつけ下さい。
白が降り注ぐ、銀世界を見つめる1人の女性が居た。1枚の窓を隔て、外を眺めている。中も外も白い景色で、呆然と雪の動きを観察している。
退屈そうに、何かを諦めている様にも見える。
無音の空間に、ガラガラと何かが転がる様な音がする。ゆっくりと首を動かせば人が来ている。
冬の学生服を着た女の子。高校一年生の頃からの初めての友人である。
私は来てくれた親友の名前を呼ぶ。
「メイちゃん」
呼ばれた親友は、歯を見せて笑う。親友が私のところまで歩いて来て、椅子に座る。だが何故か、立ち上がって宣言する。
「アイさん参上!」
ポーズをとってドヤ顔である。静かになってしまう。元々静かだったので、戻っただけとも言える。そして親友が話し始める。
「ミーちゃんだけだよ?私をメイって呼ぶのは」
「それは、まあその」
「ミーちゃんが、最初に呼んでくれたのに」
「間違えちゃったから。あの時はごめん」
「謝らなくていいけどさ。まあ、そのお陰で、アイちゃんて呼ばれてる訳だし」
親友の言葉を聴いて、私は思い出す。
そう、アレは入学式を終えて、クラス分けをした後の教室。
私は自分の席を調べて、座って待っていた。
すると、私の後ろの席に座る女の子が、チョンチョンと背中を触っている。
何だろうか?と思い振り返る。そうすれば、私は話し掛けられる。
「これから、よろしくね。あなたの名前は?」
問い掛けられたので私は答える。
「私は、高里美冬。えっと、貴女は」
そう言いながら、私は相手の名札を、見つけて読む。
「つきみや、あい?」
私が名前を呼べば苦笑いする、女の子。
「あはは、やっぱり間違えたか」
「え!?」
「メイ、だよ。私の名前は月宮愛生」
私は慌てて謝る。だが気にして無いのか、すぐさま笑顔になっている女の子。
この光景を眺めている周りの生徒。私はざわめきの中心に居る。次々と、メイちゃんに話し掛けるクラスの人達。応じるメイちゃん。
「メイちゃんって言うんだね?」
「アイで良いよー。可愛いよね!?ミーちゃんが、あだ名を付けてくれたんだよ」
「ミーちゃん?」
「そう!美冬ちゃん。名付けてミーちゃん」
紹介されて、私は恥ずかしくなる。
クラスの子達は、積極的に話し掛けて来る。友達が出来るか不安だった。だが、メイちゃんのお陰で馴染めた。高校に入って、最初に出来た大切な親友なのだ。
私は目を細めて記憶を辿っていれば、声が聞こえて現実に引き戻される。
大切な親友が話し掛けて来る。
「なーに、してたの?」
「雪、眺めてた」
「そっか。早く、良くなるといいね」
「うん」
「良くなったらさ、どこか行こうよ。ね?どこか行きたい場所ある?」
問われた私は考える。
そう言えば、昨日テレビで温泉特集を見た。
とても、心地良さそうに入浴する女優さん。
もう、暫くお風呂に入れていない。今の私は、お医者さんに体を拭かれるだけだ。露天風呂に少し憧れている。なので
「温泉」
「え?」
「露天風呂に入ってみたい」
「そっか」
「うん」
少し無言になる。しかし繋いでくれる私の親友。
「ならさ、行こうよ。治ったら、私とデートしよ?」
照れながら笑う親友。とても眩しい笑顔で、目を合わせられず、避けてしまう。
私は下を向いて頷く。それを見て悲しみの表情を浮かべる親友。
そして、それをかき消すために、急に動く親友。悲しみを吹き飛ばす様に、何かを取り出して言う。
「これ!誕生日!!」
可愛らしい、箱の様な何かを私の前に置く。そして、続け様に口を動かす親友。
「ミーちゃん。誕生日おめでとう」
「あ、そっか。そうだね。ありがとう」
忘れていた。今まで家族には、お家で祝って貰ってたから。まあ、そんな事よりも凄く嬉しい。なので私は開けて良いか訊いてみる。
「開けて良い?」
「うん!是非。あ、でも手紙だけは、その」
許可を貰って、私はリボンを解く。そして、中から出て来たのは、丸くて透けている球のような物。雪の様な模様が浮いていると言うか、何と言うか。
所謂スノードームと呼ばれる物である。
とても綺麗で、私が見惚れていると、話し始める親友。
「これさ、手作りなんだ」
「綺麗だね」
「でしょ?ミーちゃんをイメージしたんだよ」
「そっか。嬉しい」
「えへへ」
2人はお互いに笑い合う。優しげな空気が漂う。
そしてそこに入って来る、1人の大人。その人を見て反応する2人。
「あ、お父さん」
片方がそう呼べば、その父親が口を動かす。
「おや?確か、月宮さんかな?」
「あ、はい。お邪魔してます」
「いや、いつもありがとう。丁度良いかな?少し良い?」
「え?ここでは駄目ですか?」
「うん」
親友とお父さんが会話を繰り広げている。しかし、お父さんが親友に許可を取ってから、部屋を出て行く。
そして、退屈な私は親友が居ないのを良い事に、手紙を読む。
暫くして、お父さんが戻って来た。親友がいないので、私は疑問に思い、首を傾げれば父が話し始める。
「あっと、その、月宮さんなんだが、用事があるらしくて、帰ってしまったんだ」
「そうなんだ」
気まずそうにする父。そして父からも誕生日プレゼントを貰う。
綺麗な写真立てを貰ったので、早速家族3人の写真を入れる。
悲しそうな表情を浮かべて、写真を眺める父。私は思わず、喋る。それはお礼の言葉だ。
「ありがとう」
「急に、どうしたんだ?」
「私は何も出来ないから。お礼だけでも言わなきゃって」
「っ、!気に、しなくても良い」
「ううん。いつも、ありがとう。お父さん」
「‥‥‥ああ」
感謝を述べていれば、母が来て会話をする。
それは、他愛のない話だ。母も誕生日プレゼントを渡してくれて、私は今とても幸せだと思う。親友からも大切なお手紙を貰い、家族からも優しくされている。それも先週から特に。元々優しかった親は、もっと優しくなってしまった。
そう、私は察している。
最近なんだか、起きれない。ゆっくり薄く伸ばされる様な、鈍い感覚。間違い無い。
私はきっと、もうすぐ死んでしまう。
痛くない。何も感じないから。
怖くない。もう、過ぎてしまったから。
辛くない。今はもう、幸せだから。
だから、お礼を言おう。幾らでも。数え切れない恩がある。
その全てにお礼を言おう。
全てが、終わるまで。返し切るまで。
日は巡る。
寒さは厳しいが、親友が来てくれたから、寒さは気にならない。静かに見合っていたら、重々しく口を開く親友の言葉に、耳を傾ける。
「ミーちゃん」
「どうしたの?」
「辛く無いの?」
「え?」
急に涙を流す親友。それに笑顔で答える私。
「辛く無いよ?」
表情が歪み、私よりも辛そうな顔で、私に問いかける親友。
「どうして!?」
「幸せだからだよ」
「なんで、どうして」
私の答えが納得出来ていないらしい。
問われても決まっている。大切な家族。大切な親友が、側に居てくれるのだから。
私は答える。
「メイちゃんのお陰だよ?」
悲痛な面持ちで私を見つめ、親友は叫ぶ。
「どうして、お礼なんて言うの!?」
「感謝してるからだよ?」
私の無表情が良くなかったのだろうか?感情的な親友は怒鳴る。
「ミーちゃんの馬鹿!」
色々な想いが混ざっているのだろう。親友はそう言って、部屋から飛び出す。
もう、心は無くしていた。半分諦めていたのだから。
心は痛む。幸せの筈なのに。
前が滲んで、何も見えない。泣く感情は消えていた筈なのに。
私の感情は、生きていた。そして最後に親友が動かしてくれた。そうだ。諦めたら駄目だ。何があっても私は頑張るんだ。
少女は願う。生を。無駄だとしても。諦めない。
大切な親友を怒鳴ってしまった。
そんなつもりじゃなかったのに。辛い筈なのに、弱音を吐かない親友。
もう何もかもがぐちゃぐちゃで、苦しい。謝らなきゃ。そう思い、また明日会いに行く事を決める。涙を拭い、言葉を紡ぐ。
「謝って、明日はずっと、ミーちゃんとお話しする。ごめん。ミーちゃん。ごめんね」
女の子は約束をする。果たされぬ約束を。