ダンジョン脱出
「ゴブリンは僕が片付ける。ヘレナは、あのデカブツを!」
シリルは素早く、矢を三本、弓につがえ、放つ。三本の矢は別々の方向に飛び、走ってきた三体の
ゴブリンを貫く。
「言われなくともやってやりますわ」
ヘレナの鎧のドレスに刻まれた魔法陣が光る。どれも身体能力の強化に特化した魔法だ。
常人では浮かすことすらできないであろう鉄塊を軽々と持ち上げ、突進。飛び上がり、大上段から大剣を振り下ろして、オークを叩き潰す。オークは断末魔をあげることもできずにミンチにされる。
「なんだかんだ連携はばっちりじゃない。ちょっと嫉妬しちゃうわ」
反りの合わない二人だが、リーナが疎外感を覚えるほどに、戦闘においては、呼吸があっている。
リーナは、レイピアの柄に刻まれた魔法陣に魔力を流し込み、魔法を起動させる。
「うごめく影よ、敵を縛れ、アンブラル!」
リーナの影が伸び、地を這う。影はオークを縛り上げ、身動きをとれなくする。
魔法陣の刻まれた武器は、魔法武器と呼ばれ、使用者が魔力を供給し続けることで特別な力を発揮する。このレイピアもその魔法武器であり、アンブラルと名付けられたリーナの愛剣だ。
「はあっ!」
リーナはアンブラルを手に飛び上がると、一息にオークを刺突する。黒色の細剣アンブラルは、オークの分厚い皮膚を突き破り、その首を貫いた。
そのままアンブラルを引き抜き、オークの体を踏み台にして、飛ぶと、オークの小さな傷口からどろどろとした赤黒い血が噴き出る。
アンブラルの一撃は軽いが、内蔵された魔法によって敵の動きを止め、確実に敵の急所を突ける。オークの太い血管に、穴が開き、それが致命傷となった。
「グゴガァ」
オークは、あふれ出る自らの血で、窒息し、もだえ苦しみながら、後ろに倒れる。
空中で一回転したリーナは、オークの腹の上に着地すると、無慈悲にも、アンブラルで、オークのぶよぶよとした頭を貫いた。
「さすがは団長。お美しい手並みですわ」
まるで舞踊でも舞うかのようなリーナの戦いぶりを、うっとりとした表情で眺める。
「殺しは殺しだろう。これだから人間は野蛮なんだ」
残りの二匹のゴブリンを適当に片づけながら、シリルが言う。
「あなたのような平民には芸術的感性というものが欠如しているようですわね」
「貴族様が悪趣味ってだけじゃないの?」
「こら、ことあるごとに喧嘩しないの。まったく、もう……」
リーナはため息をつく。
喧嘩するほど仲がいいというが、仲裁する身にもなってほしいと若き団長は思う。
「にしても少し敵が多すぎるわね。早く脱出しましょう」
程よく稼ぐにはいい塩梅だが、第一階層でこの魔物の数と種類は尋常ではない。なにか異常があるとみて間違いない。状況がわからなければ逃げの一手に限る。騎士学園で教官から最初に習ったことだ。
「待ってリーナ。ものすごいスピードで何かがこっちに向かってくる」
「新手の魔物ですの? わたくしには見えませんが?」
「森育ちは目がいいんだよ。まずい。こっちに突っ込んでくる」
周りの魔物たちをひき殺しながら向かってくるそれは、ほんの数秒で、シリルだけでなく、リーナとヘレナの目にも映る。
「ここはわたくしが対処いたしますわ」
ヘレナは巨剣を地面に突き刺し、腰のケースからカードを取り出す。その後ろにリーナとシリルが隠れ、身構える。
「『光輝の宝壁』!」
巨剣にカードをかざし、魔法を発動する。『光輝の宝壁』は強
力な防御系統の魔法だ。
ヘレナの巨剣も、リーナのアンブラルと同じく魔法武器。その剣身にはびっしりと流線型の文様が刻まれ、それが魔法の発動を補助、強化するための魔法陣として機能している。
宝飾の巨剣の名はアヴァンチュール。およそ戦闘向きではない装飾過多の宝石がちりばめられた黄金の剣。その剣身に刻まれた魔法陣が、魔法の力を増幅させ、分厚い魔法の壁を築いた。
「来ますわよ」
三人は、なおもまっすぐ直進してくる炎を帯びた物体との衝突に備える。
「待って! あれは敵じゃない」
ちらりと敵の姿を見たシリルが、叫び、防壁の前に飛び出す。
「馬鹿! 何をやっていますの!」
「僕だよ! シリルだよ!」
ヘレナの忠告も聞かずに、シリルは、両手を懸命に振りながら、叫ぶ。
「ソニアちゃん、止まってえええ!」
ぶつかる。リーナとヘレナは思わず目をつぶる。が、ぶつかった音はしない。
目を開けると、猪突猛進してきた火球は、シリルの目と鼻の先で止まっている。
「ふふ、死ぬかと思った。少し漏らしちゃったかも」
血の気の引いたシリルは、安心したのか、魂が抜けたようにその場にへたり込む。
「ソニアちゃん、なの?」
リーナが、問いかけると炎が消え、少女が姿を現す。
「……リーナさん」
ソニアだ。崩れ落ちるように倒れ、リーナに抱きとめられる。
「ソニアちゃん。ボロボロじゃない」
「魔力ももうほとんど残っていないようですわね」
「大変だ。早く治療しないと」
ソニアの目はうつろで、装備も焼けこげ、体中傷だらけの満身創痍。どれだけ過酷な戦闘が行われていたのか一目瞭然だ。
「お姉……ちゃんが……上で……」
ソニアは必死に口を動かし何かを伝えようとしているが、意識もうろうとしており、声はかすれていて、リーナ達には、ほとんど聞き取れない。
「エルノアちゃんがいない。やっぱり、上で何か起こっているんだわ」
リーナたち春詩騎士団は、騎士になりたいと無邪気に語るエルノアとそれを不満げな顔で、いつも楽しそうに聞いていたソニアを妹のようにかわいがっている。よく知った仲だ。
ダンジョンに潜っては、隠れて稽古していることも委細承知している。
「ラモンおじ……。スタン……」
「ラモン。ラモンさんのところに行けばいいのね? ソニアちゃん、ソニアちゃん」
リーナは尋ねるが、答える前にソニアは目を閉じて、死んだように動かなくなってしまった。
「大丈夫、気を失っているだけみたい」
シリルは、弱り切ったソニアのかすかな心音を聞き取る。
「とにかくラモンさんのところに急ぎましょう。あそこならきっと治療もしてくれるわ」
リーナはソニアを担ぐ。
「私がソニアちゃんを。二人は突破口を開いて」
ここはダンジョンの第一階層、入り口までの距離はそう遠くない。
しかし、今は、本来いないはずの魔物で埋め尽くされている。その数、数十はくだらない。
だが、三人なら倒せない数ではない。
「了解! そろそろ本気で行くよ」
シリルは、自慢の長弓に魔力を込める。長弓の名はミストラル、風の矢を放つ魔弓だ。
「『突風速射』!」
弓の前に魔法陣を展開し、矢を連射する。魔法陣を通った矢は、風を纏い魔物たちを頭に吸い込まれるように飛んでいき、次々に魔物の頭を粉砕していく。
「酔いもさめてきたことですし、わたくしも全力で行きますわ!」
ヘレナは巨剣アヴァンチュールを大上段に構え、魔力をありったけ注ぎ込む。剣身の文様は魔力で満ちて、光り輝く。魔力が結晶化して、アヴァンチュールはさらに巨大化する。
「『金剛圧縮撃』」
巨剣アヴァンチュールをたたきつけると魔物たちは、一斉に吹き飛ばされ、壁や床に叩きつけられる。衝撃で体中の骨を砕かれた魔物は、二度と立ち上がることはなかった。
「さあ、行きましょう」
三人はダンジョンの出口に向かって、魔物の群れを斬り進む。




