春詩の騎士団
時は少し遡り、エルノアとソニアが別れた直後。
スタンピードの影響は、第三階層のみならず、第一階層にも現れていた。
「第一階層なのにオークまで出てくるなんて」
女剣士が、血の泡を吹いて倒れているオークの首筋から、黒いレイピアを引き抜く。そして、レイピアを軽やかに振り払い、剣身にべっとりとついた血のりを落とす。
女剣士は、足が長く均整の取れ颯爽とした体つきで、漆黒のポニーテールと黒曜石の瞳が目を引く。レイピアを操るため、敏捷性に優れた軽装の金属鎧を装備している。
「ゴブリンどもも、ひっきりなしに湧いてくる。撃っても、撃ってもこれじゃあ、きりがないよ」
耳長の女エルフの弓士が、矢筒から矢を取り出しながら言う。
若葉のような新緑の短髪に、深碧色の目。エルフによくみられる容姿だ。弓士らしい緑を基調とした服に身を包み、とがった羽飾り付きの帽子をかぶっている。
女エルフの弓士は、取り出した矢を自慢の長弓につがえ、その細腕で、めいっぱい弦を引き、放つ。矢はまっすぐに飛び、奇怪な声をあげながら、突進してくるゴブリンの眼球を貫く。ゴブリンはそのまま、前のめりに転んで絶命する。
「これは早く逃げたほうがよろしいかもしれませんわ。昨日は少し派手に飲みすぎてしまいましたし……」
一見するとドレスのような派手な重装鎧を着たもう一人の女剣士は、菫色の縦ロールを揺らし、大剣にもたれかかっている。
大剣は女剣士よりも大きく、一見すると大盾にも見える。その大剣には、これまた豪華に装飾されている。
華やかさとは逆に、げっそりとした表情で、葡萄色の瞳はくすんでいる。
この三人の女騎士たちは、騎士学園と呼ばれる騎士養成機関出身の正式な騎士だ。
騎士学園出身者は、正統騎士と呼ばれる騎士の中でもエリート。
とはいえ、三人ともまだ学園を卒業したばかりで、実戦経験には乏しい。
剣士のリーナを団長に、弓士のシリルともう一人の剣士ヘレナの同級生三人組で、春詩騎士団という騎士団を結成している。音符の紋章のブローチがその証だ。
「さっきの地震といい。一体何が起こっているの?」
第一階層は、普段はほとんど魔物らしい魔物も出ないような場所だ。にもかかわらず、さっきから リーナたちはひっきりなしに魔物と交戦している。
大きく稼ぐため、わざわざ競合相手に少ない早朝の時間帯に、ダンジョンに来たのだが、それが完全に裏目に出てしまった。
「あらあら、とんだ災難ですわ。早く行こうだなんて、だれが言い出したのかしら」
「はあ? シリルが、騎士団の金に手をつけて、夜遊びなんかしてるから、余計に稼がなくちゃならないんだろう!」
「あら、貧相なエルフは、心まで貧相なのかしら。器の小さいこと」
ヘレナは腕で、胸を寄せて、シリルを見下す。
小柄なシリルはどんなに背伸びをしても、ヘレナと同じ目線にはなれない。
もっともシリルは小柄だが、貧相というほどではない。ヘレナの豊満な肢体が、人並み外れているといったほうが適切だろう。
「ぐぬぬ。慎ましやかで、品があるといってほしいね」
「質素で無欲というのはリーナのような人を言うのですわ」
ヘレナがリーナを指さす。
「ぇ? 私って、そんなに、質素……?」
リーナは胸に手を当てる。
彼女の小さな声は、いがみ合う二人には届かない。
これでも団長としてみすぼらしくないように、気を配っているつもりだったが、質素といわれ落胆する。
「それに、品格というのは、あなたのような田舎育ちではなく、わたくしのような貴族に備わるものですわ」
「なにが品格だよ。大酒飲みで、でっぷり太ったヘレナに備わっているのは、品は品でも下品の方だろう。鎧で肉を隠したってバレバレさ」
鎧の隙間から腹の肉をつかもうとするシリルの手をヘレアは払いのける。
「やめなさい。大剣を扱うわたくしには、多少の筋肉も必要なんですわ。それに多少は肉づきが良いほうが、殿方からの評判もよろしくてよ」
「多少の域を超えてるね。筋肉質っていうのはちゃんと鍛えているリーナのことを言うのさ」
シリルが、リーナの太ももを指さす。
「ぇ? 私って、そんなに、筋肉質……?」
リーナは不満そうに、自分の太ももをさする。
確かに、騎士という仕事柄、日々鍛錬に精を出し、ダンジョンでの戦いに明け暮れているから、自然、筋肉もついてくる。悪いことではない。褒められているのもわかっているつもりだが、複雑な気分だ。
「だから、ヘレアは……」「シリルだって……」
とシリルとヘレアは、つまらないことで言い争いを続ける。
自由都市同盟の盟主、ララリア王国の貴族であるヘレナはもともと金銭感覚が庶民とは合わない。それでいて、貴族令嬢の淑女のイメージからはかけ離れた遊び人だ。自然その金遣いは異常に荒い。
エルフは自然とともに生きる清貧を美徳とする。大家族出身ということもあってまめな倹約家のシリルとは、金銭感覚が合わずもめることが多い。
いがみ合うヘレナとシリルを団長となるリーナは静観することが多いが、なぜかいつも流れ弾を食らいチクチクと傷つけられる。
「はあ、二人ともやめて、ここで喧嘩したって状況は変わらないし、私が持ちそうにないわ……」
不毛な争いが起こったときは、自由都市同盟の平均的な家庭に生まれ育った団長のリーナが、仲裁する。アクの強いヘレナとシリルだが、不思議と平々凡々を自認するリーナの言うことは素直に聞く。
二人は、はっとした表情になり、自分たちの置かれている状況を思い出したようだ。
「ごめん。リーナ。シリルも悪かったよ」
「あら、自らの過ちに気付いて非を認めるとは殊勝な心掛けですこと」
「また、そうやって、人をおちょくって!」
真面目すぎるシリルはいつも、ヘレナに遊ばれているのだが、本人もそれがわかっていて乗ってしまう。
「ほら、二人とも敵が来た」
言い争いをしているうちに、再び、魔物が現れる。ゴブリンが五体に、オークが二体だ。




