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魔物の大氾濫

「ソニア!」

「お姉ちゃん! 助けて! 怖いよ!」

「大丈夫、落ち着いて、お姉ちゃんがいれば大丈夫だから」

 

 エルノアは泣き叫ぶソニアを強く抱きしめる。

 このままダンジョンが崩れてしまうのではないかというほどの、強い縦揺れ。激しい揺れによって、床は波うち、地の底から轟音が鳴り響く。

 二人はあまりの衝撃に吹き飛ばされそうになり立ち上がることもままならない。どうすることもできずに、この嵐が過ぎるのを待った。


「おさまった……?」


 エルノアは顔を上げて、周りの様子を見る。

永遠にも思えた恐怖の時間が過ぎ去り、ダンジョンは再び静寂を取り戻した。揺れの激しさを示すかのように、ダンジョンの壁や床には、大きな亀裂が走り、パラパラと白い砂が落ちてきている。


「地震……かな。でもダンジョンがこんなに揺れるなんて」


 ソニアは涙をぬぐう。

 ルクトラではめったに地震は起こらない。少なくともソニアは、話に聞いて知っているだけで、物心ついてからは一度も地震というものを経験したことがない。


「この揺れ……。私、知ってる」


 エルノアには、この揺れに覚えがあった。かなり昔に一度経験している。

 既視感とともに記憶の底からこみあげてくるのは、戦慄、恐怖、絶望そして悲しみだ。思い出そうとすればするほど、全身から気持ちの悪い汗がにじみ出て、血の気が引き、気分が悪くなる。エルノアの本能が、激しく警鐘を鳴らしている。


「お姉ちゃん?」


 地面にへたり込んだソニアが、見上げると、いつもまっすぐな透き通ったエルノアの瞳は、震え、精彩を欠いていた。


「ソニア、急いでここから出よう。なにか良くないことが起こっている気がする」


 不吉な予感に、エルノアは、ソニアの手を引き、逃げるように促す。


「うん。町のみんなが心配だよ」


 ソニアも逃げることに同意する。ソニアも尻尾の毛を逆立てて異常を感じ取っていた。

外界から隔絶されたダンジョンに居ては一向に状況を把握できない。もしかするとこの揺れはこの階層でだけ起こったことなのかも知れない。ダンジョンならば、自分たちの知らない未知の現象が起こったとて不思議ではない。とにもかくにも、まずは外に出る必要がある。

 しかし、二人が逃げ出そうとするよりも早く不気味なうなり声と振動、強烈な悪臭とともに、何かが近づいてくるのがわかった。

 エルノアは目を細めて、暗いダンジョンの奥を睨む。

 真っ暗闇に無数のあぶらぎった目玉が、ぎょろりと黄色く光る。


「魔物……一匹や二匹じゃない……」


 しかも、ホーンラビットやスライムのような可愛いものではない。


「ゴブリンに、オーク、オーガまで」


 ソニアの顔から血の気が引き、見る見るうちに青ざめていく。

 目の前に突如として現れたのは、魔物の軍勢だ。

 最も数が多いのは、ゴブリンだ。ねじ曲がった鼻とまだら模様の緑の体表を持つ。背格好こそ、人間の子供程度のものだが、俊敏でずるがしこい。

 鼻息を荒い豚面の魔物、オークが、でっぷりと肥え太った体を引きずる。大人を三つ束ねたかのような大きさで、無骨な棍棒を持っている。

 図太い二本の角と鋭利な牙を持つ凶悪な顔に、筋骨隆々の赤い体表の肉体を持つ魔物オーガ。オークを優に超えるほどの大きさだ。得物こそないが、その肉体は鋼のごとく、魔法も矢も通さない。

 どれも普段はエルノアたちのいる第三階層では見かけない強力な魔物だ。三体の中では比較的弱いゴブリンですらホーンラビットより強く、知能も高い。ましてやオークやオーガなどはエルノアでは到底かなうはずもない相手だ。

 それも一体や二体ではない。視界が、魔物の軍勢で覆いつくされている。暗いダンジョンの奥にも、魔物の目が無数に黄色く光っている。

 数十、数百、いや、もしかすると千を越えているかもしれない。


「魔物があんなに……どうして」


 ソニアの声は恐怖で震え、顔面蒼白となり、足がすくむ。

 彼女ならば、そのたぐいまれなる戦闘能力をもって、オーガほどの魔物でも粉砕できるだろう。だが、数の暴力とは圧倒的だ。一体、一体倒すことができても、いずれ体力、魔力、そして魔法を発動するためのカードなどは枯渇してしまう。

 ソニアは、エルノアの手を強く握りしめる。そうでもしなければ、平静を保っていられないほどに、まるで心臓を握りしめられたかのような恐怖に襲われている。


「思い出した。ううん、忘れてなんかいない。忘れられるはずがない。全部覚えてる。あの揺れも、魔物も、全部十年前と同じ」


 エルノアは、既視感と激しい嫌悪感の正体を思い出す。

 十年前、ルクトラを襲った災厄。幼いエルノアとソニアから家族を奪った悲劇。


「スタンピードだ」


 スタンピード。

 魔物の大氾濫とも呼ぶべきこの現象は、ダンジョンとともに歩んできたダンジョン戦争後の諸国家と人々の暮らしとは、切っても切り離すことができない。

 通常、魔物はダンジョンの周辺にしか生息していない。

 しかし、まれに様々な要因によって魔物がダンジョンの領域から逸脱し、人里に迫ることがある。魔物にもよるが、一体や二体なら大した問題にはならない。ダンジョンの周りは常に騎士たちによって監視されているので、発見されれば、魔物はすぐに処理される。

 だが、ごくまれに、原因は不明だが、通常ではありえないほどの数の魔物が、群れを成して、外にあふれ出てくることがある。それがスタンピードだ。

 ひとたび起これば、最低でも、数百はくだらないような魔物の軍勢が、人里に向かってあふれ出し、無防備な町で暴虐と破壊の限りを尽くす。


「スタンピード? 嘘、だって、あれは十年前に起こったばっかり。こんな短期間にまた起こるなんて信じられない」


 十年前、それはこのダンジョン【巨人の螺旋剣】でも発生し、ルクトラの町に甚大な被害をもたらした。

 ルクトラの町の半分が破壊され、逃げ遅れた市民、魔物と戦った騎士の多くが命を落とした。

 スタンピードは、恐ろしい災害であるが、記録からみるに五十年や百年に一度といったレベルのまれな現象だ。実際、近年まで、昔話として語り継がれていただけで半ばおとぎ話と化していた。

 だが、十年前、ルクトラのある自由都市同盟のみならず、大陸全土のダンジョンで、スタンピードが頻発、各地で甚大な被害をもたらした。

 その痛手からやっと復興したところに、今再び、スタンピードが、起こるなどソニアには信じられない。


「私だって、こんなこと信じたくないよ。けど、今現実に起こっている」

 

 いつも朗らかであっけらかんとしているエルノアから笑顔が消えた。

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