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炎狼の妹


 まだ早朝ということもあってダンジョン内には人の気配がない。

 二人は、第三階層まで一気に駆け上った。


「はあはあ、今日もなんとかうまくいった」


 町から、ここまでノンストップで駆けてきたエルノアは、びっしょりと汗をかき、すでに息も絶え絶えだ。


「今日こそばれるかと思ったよ」


 ソニアは息一つ乱してはいないものの顔を青くしている。

 通常、ダンジョンには、正式な許可を受けたものしか入場が許されていない。ダンジョンへの不法侵入は、密猟や盗掘に当たり重罪だ。

 もっとも、この実の入りが悪いダンジョンに、わざわざ忍び込むような真似をする酔狂な人間はほとんどいないだろう。二人の少女を除いては。


「大丈夫、大丈夫。今日も守衛の騎士は寝ていたでしょ。まったく小心者だな。ソニアは」


 警備の騎士は必要最低限しかおらず、士気も低い。そのため、エルノアとソニアでも簡単に侵入できる。


「お姉ちゃんが、非常識なだけだよ。ばれたら、つ、捕まっちゃうんだよ。牢に入れられたり、はりつけにされたりしちゃうかも」

「心配しすぎ。ばれてもちょっと怒られるだけだよ。それに強い騎士になるためには、魔物と戦う。これが一番手っ取り早いでしょ。非常識ではなくて、前向きといってほしいな」


 騎士を目指すエルノアは、修行と称して、毎日のようにダンジョンに潜り込んでいる。

 そのたびに不法行為を繰り返しているのだが、エルノアはまるで気にしていない。一方、生来、臆病なソニアはエルノアについていくたびに肝を冷やしている。


「……やっぱりお姉ちゃんはすごいよ」


 ソニアの皮肉に気をよくしたエルノアは、胸を張り、その通りと鼻を高くする。小心者で心配性のソニアとは対照的に、エルノアは底抜けに明るく、なにごとも前向きだ。そして肝が太いのか、単に抜けているのか。ともあれ物怖じしない勇敢さ持つ。

二人は、修行相手となる魔物を探して、ダンジョン内を進んでいく。


「いつ来ても、不気味……」


 腰をかがめびくびくとおびえながらソニアは進む。


「えー私は好きだけどな~この雰囲気。なんか神秘的じゃない」


 エルノアはスキップしながらずんずんと前に進んでいく。

 ダンジョンの壁は驚くほど滑らかな石のようなものでできていて、完全に外からは隔絶された空間だ。

 日の光は差さないが、壁から生えている魔結晶――水晶に似た、魔力の結晶体――が放つ淡い光のおかげで、明るい。

 ただ、通路は入り組み、迷路のようになっていて、殺風景。似たような景色が続くばかりで、地図なしでは、自分がどこにいるのかすぐにわからなくなってしまうだろう。

 そして魔物に占拠されたこのダンジョンでは低層階でも魔物が我が物顔で歩き回っている。

 例えば、低級の不定形の魔物、スライムに、ホーンラビット。ホーンラビットはその名前とは裏腹に筋肉質の醜悪な見た目で、目つきもするどい。大きさは、普通のウサギより二回り大きい程度だが、とても凶暴で人間を見れば問答無用で襲い掛かってくる。

 地図を見ながら魔物を探すエルノアとソニアの前に、ぶよぶよと体を揺らすスライムと目を血走らせたホーンラビットが姿を現す。


「スライムが五匹に、ホーンラビットが三匹。稽古の相手には申し分ないね」


 エルノアは待っていましたと腰に帯びた古い長剣を引き抜く。華奢な体からは考えられないほどに洗練された動きと構えだ。毎日、暇な時間を見つけては剣を振り続けてきた努力の成果である。

 が、ソニアはそのたくましい姿を心配そうに眺める。


「私が、ホーンラビットを片付けるからお姉ちゃんは、スライムをお願いできる?」

「お姉ちゃんに任せなさい!」


 エルノアは自分の腕を叩いてみせる。


「本当にお姉ちゃん一人でも大丈夫? 無理そうなら私一人でも」

「ソニアが一人で全部倒しちゃったら、稽古にならないでしょ。大丈夫。いくら私でもスライムの一匹や二匹くらいどうってことないよ」

「うん。わかった。でも、絶対に無理しちゃだめだからね」

「大丈夫、大丈夫。ちゃんとわかってるって」

「本当に大丈夫かな……」


 自信満々に剣を振りかざして、スライムのほうに向かっていく姉の後姿にソニアは一抹の不安を覚える。


(まあ、でも相手は最下級のスライム。負けても大けがするようなことはないよね)


 そう考え、自分を納得させようとするが、姉のことをよく知るソニアは首を横に振る。


「ううん、やっぱり心配。怖いけど、私も頑張らないと」


 ソニアは、目端に涙を浮かべながらも拳を握り、気合いを入れる。だが、帯剣しておらず、武器らしい武器も持っていない。丸腰だ。

 ホーンラビットは今にも、ソニアに風穴を開けんと、鋭い角を前に突き出している。

 ソニアは、目の前の魔物を気にも留めず、腰の革製のケースからカードを一枚取り出す。

 ボロボロに使い古されたカードには、燃え盛る炎がデザインされていて、裏面には緻密な魔法陣が刻み込まれている。


「炎よ。我が手に宿れ。『炎拳ファイヤーフィスト』」


 ソニアは、二本の指でカードを挟んで構え、魔力を流し込む。魔力を流し込まれたカードから魔法陣が、まばゆい輝きを放ちながら、浮かび上がる。その魔法陣に拳をくぐらせると右の拳に炎が宿る。

 ソニアの武器はこの拳だ。


「まずは誰から?」


 炎を纏うと目の色が変わる。

 目の前のホーンラビットは全部で三体。

 ソニアは、使用したカードをケースに戻すと、拳を突き合わせて、左にも炎を移す。

 そして、地面を蹴って、飛び出す。

 さっきまで、へっぴり腰でおびえていたのが嘘のような軽やかで力強い動きだ。

 

 右腕に着けた赤い小さな宝珠のはまった銀のブレスレットにも魔力を流す。このブレスレットは『身体能力強化』の魔法陣を刻み込んだものだ。

 魔法は、魔法陣に魔力を流し込むことで起動し、力を発揮する。ゆえに騎士たちは、魔法陣を刻み込んだ装身具や、鎧、武器、そしてカードを携帯し、状況に応じて使い分ける。

 いずれも高価な代物であるため、ソニアが持っているのは、ブレスレットとカードだけだ。

両拳に炎を宿したソニアが構える。まったくの我流で、技術的にはとるに足らないかもしれないが、その気迫と轟々と燃え盛る炎は、敵を圧倒している。

 

 少し、知能のある魔物なら意気消沈して逃げ出していただろうが、ホーンラビットの豆粒程度の脳には破滅的攻撃本能しか宿っていない。

 負けじと、顎を引いて、ねじ曲がった角を突き出し、ソニアを迎え撃つべく突進する。


「そんな素直な動きじゃ当たらないよ」

 

 ソニアは華麗に身をひるがえして、ホーンラビットの攻撃をかわすと、その無防備な腹部に、炎をまとわせた拳を食らわせる。

 じゅっと肉が焼けるような音とともに、ホーンラビットは声にならない悲鳴を上げながら吹き飛ばされ、絶命する。


「ギュギュ!」


 様子をうかがっていたほかの二匹のホーンラビットが、仲間の仇討ちとばかりに、同時にソニアにとびかかる。ソニアの獣耳が、ピクリと動き、紅玉の瞳がランと光る。すでにその動きを完全にとらえている。


「二匹目!」


 ソニアは、角を突き立てて突進してきたホーンラビットの角をつかみその動きを止め、つかんだまま、もう一匹のホーンラビットの攻撃をよけて、再び拳で鋭いアッパーを打ち込む。


「三匹目!」


 そして、角をつかまれて、持ち上げられ、じたばたともがく、ホーンラビットをその拳に宿った炎を滾らせて、焼き尽くす。


「はあ、なんとか倒せたよ……」


 ソニアの拳から炎が消えると、耳は倒れ、尻尾はしおれ、気が抜けてしまう。

 獣人としての優れた身体能力と、豊かな魔力を持つソニアは、ゆくゆくは、ルクトラの未来を背負う立派な騎士になるとうわさされている。

 もっともソニア本人は、騎士になるつもりなどさらさらない。その力とは裏腹に臆病なたちで、本当は荒っぽいことは嫌いだ。

 騎士はいつ死ぬかわからない。ともに育ったエルノアと二人、町で静かに暮らすことが、彼女の願いであった。こんな騎士の真似事のようなことをしているのは、あくまでもエルノアが心配だからだ。

 だが、その才能は明らかである。エルノアより二つ年下で、騎士になれるのはまだ先の話だが、すでに駆け出し騎士のレベルはゆうに越えている。


「お姉ちゃん、こっちは終わったよ」


 仕事を終えたソニアは、スライムと戦っているはずのエルノアのほうを見る。


「きゃああ。変なところに触るな! ぐ、この、離せ! 離せってば!」


 ソニアが目にしたのは哀れにも、スライムに捕らえられ、粘液の中で、剣を片手に必死にもがく姉の姿だった。


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