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エルノアの夢


「ごめんね。エルノアちゃん。ヘレアが、迷惑かけちゃったみたい」

「まったく、この馬鹿貴族は、だれが後始末をすると思っているんだ」


 あきれ顔のリーナとシリルが現れる。


「ヘレアさんは大丈夫なの?」

「あー大丈夫大丈夫。ヘレアは、酒好きの癖に酒に弱いんだ。こうやってだれかれ構わず絡んだ後に、死んだように寝て、まったく始末に負えないよ。ほら、いつか襲われても知らないからね。って重っ」


 シリルは歯を食いしばり、ヘレアの両足をもって引きずって、わきによける。


「まったく、どうしてみんな、お酒が好きなのかしら。ソニアちゃんもまだ眠ったままだし、エルノアちゃんだって疲れているでしょう」

 

 リーナはエルノアの体調を気遣う。傷一つなかったことには驚いたが、かなり、疲弊していることは容易に想像できる。


「いいの。私は賑やかなほうが、好きだし、ソニアが回復したら、もう一度、祝えばいいしね」

 

 エルノアは笑った。

 ソニアがまだ完全回復しておらず、パーティに参加できそうにないということで、また後日に開催しようという流れになっていたが、エルノアの提案で、開催する運びとなった。

 エルノアは命を賭して戦った騎士たちには、戦いの後くらい笑顔でいてほしかった。


「このご時世、酒を飲まなきゃやってられないからね」


 シリルは、そこら辺に転がっていたジョッキを拾い上げると、エールを注ぎ込む。


「今日も駐屯騎士団の連中、ひどい態度だったよ。一体だれが、後始末をつけたと思っているんだか」

 

 シリルはそう言うと一気にエールを飲み干す。

 ルクトラの防衛を担う駐屯騎士団はすべてが終わった後でのこのこ出てきて、エルノアやソニア、呑龍騎士団や春詩騎士団の功績だけを奪い取って行ってしまった。

 幸い、金目のものは、あらかた取り終えていたのだが、感情は煮え切らず、行き場のない怒りが残ったままだ。


「そうね。国境では、また帝国が怪しい動きをしているっていうし。スタンピードもまたいつどこで起こるかわからない」


 酒に弱いリーナも今日ばかりはと葡萄酒を飲む。

 人々にとっての脅威は、なにも魔物たちだけではない。エルノアたちの住む、自由都市同盟は、隣国であるガルシオン帝国とはダンジョンの所有権や国境線をめぐって常に緊張状態にある。五年前に一度大きな戦争があり、その時は辛くも勝利をおさめ、和平を結んだが、根本的な問題解決には至っていない。

 また、自由都市同盟に所属する都市同士の不和も高まっている。


「魔物たちと戦わなくちゃいけないのに同じ人同士で争うなんて」


 エルノアはうつむき暗い表情になる。

 自分から大切なものを何もかも奪ったスタンピード。魔物に奪われるだけでもうたくさんだ。それなのになぜ、人同士で争いあうのかエルノアには理解できない。

 リーナとシリルは、とりとめもない愚痴をこぼしながら、酒を飲むペースを上げる。

 ふと、エルノアがシルウィアを見上げると険しい表情を浮かべてなにやら考え事にふけっていた。

 鉄仮面卿の言っていたことが真実なら、シルウィアは遠い過去からやってきたことになる。今の時代に思うところがあるのだろう。

 エルノアは、シルウィアが最初に出会ったときの名乗りを思い出す。


「ねえ、リーナさん。ヘイリオス帝国って知ってる?」

「ヘイリオス……ああ、古典の授業で聞いたことあるわ。よく知っているわね。エルノアちゃん」

「その話なら、ヘレアが詳しいよ。一時期、天帝戦記って本にドはまりしていたから」


 学生時代ヘレアと同室だったシリルが苦々しい表情をする。シリルはヘレアのシルウィア話に一晩中付きあわされていた。

 貴族趣味のヘレアは、古典への造詣が深い。残念ながらエルノアは話を聞こうとするも、ヘレアは伸びてしまっている。


「シリルさん。その話聞かせてくれない?」

「いいよ。耳にたこができるほど聞かされたからね。天帝戦記は、ダンジョン戦争よりも前の話。黄金の髪と瞳を持つ女神のようなプリンセス・シュバリエが、混沌とした世界を束ね、大きな国を作り人々に安寧をもたらすって話さ」

「それでそれで、シルウィアはどうなったの?」


 エルノアは前のめりになって話を聞こうとする。

 黄金の髪と瞳を持った女神のような英雄。今は子供の姿になってしまっているが、まさしくシルウィアのことだ。


「物語はそこで終わり。ヘレアの話だと、そのあと反乱があってシルウィアは敗北し、国は滅んだって言うけど実際のことはわからないね。なにせダンジョン戦争であらゆる記録は、全部焼けちゃったからね」


 シリルは、エールを飲み干す。

 ダンジョンをめぐる大きな戦争で、多くの文明が失われた。その戦争が数百年前も前の話だ。話が本当ならシルウィアはそれよりもっと前の人物ということになる。


「シルウィアって本当に皇帝だったんだ……。しかもプリンセス・シュバリエだったなんて」

「プリンセス・シュバリエとやらは知らんが、皇帝であるといったであろう」


 話を聞いていたシルウィアはエルノアをにらむ。


「だって、そんなすごい幽霊が、自分の前に現れるなんてふつう思わないでしょ」

「まだ、理解していないようだな。予は幽霊ではない。予はシルウィアであり、エルノアなのだ」


 シルウィアはため息をつくが、エルノアはまだわかっていない。


「……どういうこと?」

「つまり、お前は予の生まれ変わりということだ」

「ええっ! 私が、シルウィアの生まれ変わり!」


 驚いたエルノアはのけぞり、椅子からずり落ちそうになる。

 変な目で見られると思ったが、幸いリーナもシリルも酒が進んだのかだいぶ酔っているようだ。


「驚くこともあるまい。予がエルノアの前に現れたのも、予の魔法を魔力に乏しいお前が使えたのも、すべて、つじつまが合う」

「いや、ぜんっぜんわかないよ……。生まれ変わったのなら、シルウィアはいなくなっちゃうはずでしょ? それとも魂が二つ宿ったとか?」

「予もこの事象を完ぺきに理解できているわけではないが、おそらく魂は一つ。それを二人で分け合っているのだろう。お前が魔法を使えなかったのもそこに原因があると考えている」


 シルウィアは再び沈黙する。

 悠久の時を超え、この世界によみがえったことは、シルウィアの本意ではない。いや、実際のところは、特に自分の死に関する記憶がほとんどなく最期どうなったのかはわからない。

 ともかく、シルウィアは、エルノアに不完全な形で転生し、シルウィアの人格が目覚めるまでの間、エルノアの魂は半分しかなかった。つまり、常人とは異なり、魔力を得ることができなかった。それが、どれほど辛いことか、魔法文明全盛期を生きていたシルウィアにはよくわかる。


「辛い思いをさせたな。エルノア。すまなかった」


 シルウィアは頭を下げた。

 尊大な態度からは想像もできないが、彼女は、苦しむ人々のために、懸命に戦い混沌の時代を終わらせた優しき皇帝だ。エルノアの境遇を自分のことにように悲しみ、自責の念に駆られていた。

 エルノアはシルウィアの言葉にうつむいたままだ。


「エルノア……」

「……ううん。大丈夫。自分の人生を後悔なんかしてない。シルウィアを恨んだりしないよ」


 エルノアは微笑を浮かべる。


「それに、今はとにかくうれしいの。これで私も自信を持って騎士になれるって!」


 こみあげてくる喜びを爆発させたエルノアはテーブルの上にのぼる。

 エルノアにとっては、自分の過去のことなどどうでもよかった。普通の騎士と同じように魔法が使えるようになったことが嬉しかった。


「みんな、聞いて!」


 騒がしかった騎士たちが、エルノアに注目する。

 エルノアは父の形見の剣を掲げて、叫ぶ。


「私、騎士になるよ! ララリアに行って騎士になる! それでプリンセス・シュバリエになってやる!」


 酒場は静まり返る。

 プリンセス・シュバリエ。女騎士の中でも特に優れたものが得ることができる名誉ある称号だ。

 騎士になることすら不可能といわれ、スライムにも勝てない魔無しのエルノアからは、もっとも遠いところにある存在だ。

 誰もがなれるわけがないと笑うだろう。騎士になるなど危ないと反対するだろう。

 だが、エルノアは力を得た。それにもともと魔力が無くとも夢をあきらめるつもりはない。

 どっと歓声があがった。


「ははは! 今更、言われなくてもみんな、わかっているよ」

「エルノアは、小さいころからプリンセス・シュバリエになるって言ってたもんな」


 呑龍騎士団の古参騎士たちが笑う。


「エルノア。騎士ってのは厳しい仕事だ」


 ラモンは厳しい表情だ。

 時には命も失う危険な仕事だ。スタンピードのような惨事がまた起こるかもしれない。


「よくわかっているつもり……だけど」


 反対されるのではないかとエルノアは戦々恐々と首をすくめる。


「だが、あのスタンピードの中を生き抜いた」


 ラモンが顎を撫で笑うと、おうと騎士たちは合意の声を上げる。

 呑龍騎士団の騎士たちは、エルノアがスタンピードの中、生き残ることができたのは運だけではないとわかっている。騎士たちはエルノアとソニアの家族だ。エルノアには、自由に生きて、夢をかなえてほしいと思っている。


「よし、行ってこい! お前は俺たちの自慢の娘だ。プリンセス・シュバリエだろうが、なんだろうがお前ならやれるさ」


 ラモンは力強くエルノアの肩を叩いた。


「新たなる騎士の誕生に!」


 ラモンは再び、ジョッキを掲げる。


「将来、有望な後輩に!」


 リーナたちも乾杯する。


「さあ、今日は朝まで飲みますわよ」


 泥酔して昏倒していたはずのヘレアが、顔を真っ赤にして起き上がる。


「ちょっと、ヘレナさん、大丈夫?」

「後輩の門出を祝うのにおちおち眠ってなんていられませんわ。ほらほらご遠慮なさらず」

「待って、私、お酒は……」


 ヘレアは、葡萄酒を片手にエルノアに迫る。

 酒精の低く極端に甘い葡萄酒だが、酒に不慣れなエルノアはもう、においだけで酔っぱらいそうだ。


「リーナさん、シリルさん助けて……」


 エルノアはリーナとシリルに助けを求めるが、すでに二人は陥落していた。


「私なんてどうせ地味な女なんだわ」


 リーナは涙を流してうなだれ


「あはははは! あははは!」


 シリルは意味もなく狂ったように笑っている。


「そんな二人とも……」

「その身をもって酒の恐ろしさを知ることだな」

 

 シルウィアはいずこへと姿を消してしまう。

 エルノアの悲鳴が夜のルクトラにこだまする。そしてエルノアは真の恐怖を知ることになる。

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