表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/20

大宴会

 スタンピード騒動もひと段落して、日もすっかり暮れたころ。魔物の残党狩りを終えた騎士たちは、呑龍騎士団の酒場に集まっていた。

 結局、スタンピード騒動は、本来対処に当たるべきルクトラ駐屯騎士団がほとんど動かず、呑龍騎士団と春詩騎士団他、有志たちの手によって後処理がなされた。

 この場にいる誰もが、朝から働き詰めで、疲労困憊だが、騎士は仕事終わりに一杯やらないと気が済まない性分らしい。

 酒樽を立てて、板を乗せただけの簡易的なテーブルの上には、所狭しと無骨だが豪華な料理が並び、香ばしいにおいを漂わせている。

 葡萄酒でほろほろに煮込まれた牛肉、ヤギ肉の串焼き、様々な魚介類をトマトとともに煮たスープ、それにルクトラ名物のチーズに、焼き立ての白いパン。葡萄酒やエールに至っては、樽で置かれていて飲み放題だ。

 今回のスタンピードは、エルノアの活躍もあって短時間のうちに、損害もほとんどなく終結した。そのため普段よりも魔物を多く効率的に倒せたとあって、騎士団の懐は温かい。

 今日は、とびきり豪華な祝勝パーティとなった。


「さあ、乾杯だ。みんな、ジョッキは持ったか」


 宴会の音頭をとるラモンは、エールがなみなみ注がれたジョッキを高く掲げる。


「もう、これ以上じらさないでくださいまし」


 酒好きのヘレアは、ごちそうと大好物の葡萄酒を目の前にして、身もだえている。


「ルクトラの平和に」

 

 奇跡の生還を果たした今回の主役、エルノアの声に合わせて皆が、次々と叫ぶ。


「エルノアとソニアの生還に」


 ラモンが言うと、最後に春詩騎士団を代表してリーナが


「役立たずの正統騎士様に!」


 と、不器用に笑った。


「「乾杯!」」


 皆、はじけたように合唱すると、ジョッキをぶつけ合わせて、疲れ切った体に燃料補給とばかりに酒を流し込む。


「かーこれだよこれ。このキンキンに冷えたエール!」

「ああ、こいつがなけりゃやってられないぜ!」


 魔法によってキンキンに冷やされたエールが、ラモンたちの体に染み渡る。


「ちょっと、みんな、もう若くないんだから、あんまり飲みすぎないでね」


 老境にさしかかりつつあるラモンたちに、エルノアはくぎを刺す。


「なーに、こんくらいどーってことねえよ。今日の俺たちの活躍ぶりを見ただろう。若いもんにはまだまだ負けねえさ」

「そうですよ。それに私たちは孫の顔を見るまでは死ぬ気はありませんからね。精をつけないと」


 いつになくご機嫌なバルドもエールを飲み干し、口の周りに泡をつける。

 ラモンのみならず、いつも理性的なバルドまで、羽目を外しているようだ。


「そうだ、そうだ。食うぞ食うぞ。ガハハハ。いや待て、エルノアに男はまだ早い。この俺より強い男じゃなきゃダメだ!」


 すでに酔いが回り始めているのか、ラモンはひとたび陽気に笑い出したかと思えば、串焼き肉にかぶりついて、大声で怒鳴り始める。

 あとはもう訳も分からず、みんなでテーブルの食事を食い荒らし始め、頭からかぶるように酒をあおり、腹を満たす。そして、どんちゃん騒ぎで踊り歌う。


「よかった。みんなでまたこうやってご飯を食べられて」


 エルノアは、やかましいほどの活気に、喜びを覚える。もしスタンピードを止められなかったら、みんなの顔を拝むことも二度となかったかもしれない。


「ひどいありさまだな」


 あまりの痴態にシルウィアは顔をしかめる。


「そうだけど、私たちはこれに救われたの。みんなも一杯傷ついていたはずなのに、いつも笑って楽しく歌ってた」


 呑龍騎士団に育てられたエルノアにとっては日常の光景であり、この場にいるだ

けで、安心する。つらいことも悲しいことも当然楽しいことも、全部、笑い飛ばす。

 酒に頼るという方法の是非は別として、エルノアはこの宴が何より好きだった。

酒に慣れていないエルノアは、大好物のカスタードの上に、ザクザクの焦がしたカラメルが乗ったクレームブリュレをちびちびと食べていた。


「んーおいしい。これだけでも十分かも」


 エルノアは、スプーン一杯に、カスタードと、カラメルを乗せ、口に運ぶと満面の笑みを浮かべる。


「……」

「もしかして、シルウィアも欲しい?」


 エルノアはスプーンを止める。シルウィアの鋭い視線が、クリームブリュレにくぎ付けになっている。


「馬鹿を申せ。予はそのような、あまっとろいものは好かん」

「そう、ならよかった」


 エルノアが、ぱくりとほおばると、シルウィアは一瞬残念そうにしゅんとする。


「シルウィアは、ご飯、食べられないの? それにほかの人に姿が見えてないみたい」

「予は魔力で構成された思念体、いわば幽霊のようなものだ。エルノアにしか予の姿は見えん。触れることも叶わん。その逆もしかりだ」

「そんな。どうにかならないかな。ずっと横で見られてても食べにくいし」

「気にすることはない。存分に食すがよい。エルノアが腹をすかしていては予も危うい。食事は予を助けることと心得よ」

「ふーん、そんなもんか」


 エルノアには、よくわからなったが、とりあえず気にしなくていいということなので、クレームブリュレを瞬く間に平らげる。

 甘いものを食べてのどが渇いたが、水がない。仕方なく、目の前にあった葡萄酒に手を出そうとするとシルウィアが止める。


「やめておけ、おぬしには、まだ早い」

「なんでよ。私ももう立派な大人だよ。お子様のシルウィアに言われたくないよ」


 見かけは自分より二回りは小さいシルウィアに子ども扱いされて、エルノアはふくれっ面になる。


「ふん。だから、未熟といっている。予は酒が嫌いだ。酒は理性を破壊する劇薬のようなものだ。ああ、なりたいか」


 シルウィアの視線の先には、ゾンビのようになったヘレアがいた。

乱れた長い髪に、覆い隠され顔は見えず、両手を前に出して、血を這うように進んでいる。そして、


「エルノアちゃ~ん」


と酒焼けした声で叫びながら、エルノアに抱き着いてくる。


「うわ、酒臭い」


 独特の甘ったるい匂いに、エルノアは鼻をつまむ。


「どうしたんですの。お酒が飲みたいんですの。もう、おませさんですわね。お姉さんがお酒の飲み方を教えて差し上げますわ。丁寧に、丁寧に」


 そういうと、近くのテーブルにあったジョッキをつかみ、エールと葡萄酒を混ぜ始めた。


「できましたわ、わたくしの特製ドリンク……」

「いや、私にはまだ早いかなーなんて」


 エルノアは手を出して拒絶を示すが、へべれけになったヘレアには届かない。

 宙に浮いているシルウィアに助けを求めるが、シルウィアはエルノアの窮状を面白そうに、不敵な笑みを浮かべて、眺めているだけだ。意外と感情豊からしい。


「予に支配できぬものがあるとすれば、賽の目と酔っ払いだな。酒の怖さをその身をもって知るがいい」


「わたくしの酒が飲めないって言うんですの~」

「いや、やめっ」

(ああ、こんな時にソニアがいてくれれば……)


 いつもならエルノアのピンチとなれば、どこからともなくソニアが現れて、すかさず助けに入ってくれるが、ソニアは魔物との戦闘で消耗し、今は酒場の二階で眠っている。


「今その可愛いお口に注ぎ込んで……きゅう」

「あれ、ヘレアさん?」


 万事休すかと思われたが、突然ヘレアは、エルノアの目の前で、糸が切れた人形のように倒れてしまった。エールと葡萄酒を混ぜた液体が、床に広がる。


「酒に飲まれたか。愚かな酔っ払いよ」


 シルウィアは少し残念そうに、うつぶせになったヘレアを眺める。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ