大宴会
スタンピード騒動もひと段落して、日もすっかり暮れたころ。魔物の残党狩りを終えた騎士たちは、呑龍騎士団の酒場に集まっていた。
結局、スタンピード騒動は、本来対処に当たるべきルクトラ駐屯騎士団がほとんど動かず、呑龍騎士団と春詩騎士団他、有志たちの手によって後処理がなされた。
この場にいる誰もが、朝から働き詰めで、疲労困憊だが、騎士は仕事終わりに一杯やらないと気が済まない性分らしい。
酒樽を立てて、板を乗せただけの簡易的なテーブルの上には、所狭しと無骨だが豪華な料理が並び、香ばしいにおいを漂わせている。
葡萄酒でほろほろに煮込まれた牛肉、ヤギ肉の串焼き、様々な魚介類をトマトとともに煮たスープ、それにルクトラ名物のチーズに、焼き立ての白いパン。葡萄酒やエールに至っては、樽で置かれていて飲み放題だ。
今回のスタンピードは、エルノアの活躍もあって短時間のうちに、損害もほとんどなく終結した。そのため普段よりも魔物を多く効率的に倒せたとあって、騎士団の懐は温かい。
今日は、とびきり豪華な祝勝パーティとなった。
「さあ、乾杯だ。みんな、ジョッキは持ったか」
宴会の音頭をとるラモンは、エールがなみなみ注がれたジョッキを高く掲げる。
「もう、これ以上じらさないでくださいまし」
酒好きのヘレアは、ごちそうと大好物の葡萄酒を目の前にして、身もだえている。
「ルクトラの平和に」
奇跡の生還を果たした今回の主役、エルノアの声に合わせて皆が、次々と叫ぶ。
「エルノアとソニアの生還に」
ラモンが言うと、最後に春詩騎士団を代表してリーナが
「役立たずの正統騎士様に!」
と、不器用に笑った。
「「乾杯!」」
皆、はじけたように合唱すると、ジョッキをぶつけ合わせて、疲れ切った体に燃料補給とばかりに酒を流し込む。
「かーこれだよこれ。このキンキンに冷えたエール!」
「ああ、こいつがなけりゃやってられないぜ!」
魔法によってキンキンに冷やされたエールが、ラモンたちの体に染み渡る。
「ちょっと、みんな、もう若くないんだから、あんまり飲みすぎないでね」
老境にさしかかりつつあるラモンたちに、エルノアはくぎを刺す。
「なーに、こんくらいどーってことねえよ。今日の俺たちの活躍ぶりを見ただろう。若いもんにはまだまだ負けねえさ」
「そうですよ。それに私たちは孫の顔を見るまでは死ぬ気はありませんからね。精をつけないと」
いつになくご機嫌なバルドもエールを飲み干し、口の周りに泡をつける。
ラモンのみならず、いつも理性的なバルドまで、羽目を外しているようだ。
「そうだ、そうだ。食うぞ食うぞ。ガハハハ。いや待て、エルノアに男はまだ早い。この俺より強い男じゃなきゃダメだ!」
すでに酔いが回り始めているのか、ラモンはひとたび陽気に笑い出したかと思えば、串焼き肉にかぶりついて、大声で怒鳴り始める。
あとはもう訳も分からず、みんなでテーブルの食事を食い荒らし始め、頭からかぶるように酒をあおり、腹を満たす。そして、どんちゃん騒ぎで踊り歌う。
「よかった。みんなでまたこうやってご飯を食べられて」
エルノアは、やかましいほどの活気に、喜びを覚える。もしスタンピードを止められなかったら、みんなの顔を拝むことも二度となかったかもしれない。
「ひどいありさまだな」
あまりの痴態にシルウィアは顔をしかめる。
「そうだけど、私たちはこれに救われたの。みんなも一杯傷ついていたはずなのに、いつも笑って楽しく歌ってた」
呑龍騎士団に育てられたエルノアにとっては日常の光景であり、この場にいるだ
けで、安心する。つらいことも悲しいことも当然楽しいことも、全部、笑い飛ばす。
酒に頼るという方法の是非は別として、エルノアはこの宴が何より好きだった。
酒に慣れていないエルノアは、大好物のカスタードの上に、ザクザクの焦がしたカラメルが乗ったクレームブリュレをちびちびと食べていた。
「んーおいしい。これだけでも十分かも」
エルノアは、スプーン一杯に、カスタードと、カラメルを乗せ、口に運ぶと満面の笑みを浮かべる。
「……」
「もしかして、シルウィアも欲しい?」
エルノアはスプーンを止める。シルウィアの鋭い視線が、クリームブリュレにくぎ付けになっている。
「馬鹿を申せ。予はそのような、あまっとろいものは好かん」
「そう、ならよかった」
エルノアが、ぱくりとほおばると、シルウィアは一瞬残念そうにしゅんとする。
「シルウィアは、ご飯、食べられないの? それにほかの人に姿が見えてないみたい」
「予は魔力で構成された思念体、いわば幽霊のようなものだ。エルノアにしか予の姿は見えん。触れることも叶わん。その逆もしかりだ」
「そんな。どうにかならないかな。ずっと横で見られてても食べにくいし」
「気にすることはない。存分に食すがよい。エルノアが腹をすかしていては予も危うい。食事は予を助けることと心得よ」
「ふーん、そんなもんか」
エルノアには、よくわからなったが、とりあえず気にしなくていいということなので、クレームブリュレを瞬く間に平らげる。
甘いものを食べてのどが渇いたが、水がない。仕方なく、目の前にあった葡萄酒に手を出そうとするとシルウィアが止める。
「やめておけ、おぬしには、まだ早い」
「なんでよ。私ももう立派な大人だよ。お子様のシルウィアに言われたくないよ」
見かけは自分より二回りは小さいシルウィアに子ども扱いされて、エルノアはふくれっ面になる。
「ふん。だから、未熟といっている。予は酒が嫌いだ。酒は理性を破壊する劇薬のようなものだ。ああ、なりたいか」
シルウィアの視線の先には、ゾンビのようになったヘレアがいた。
乱れた長い髪に、覆い隠され顔は見えず、両手を前に出して、血を這うように進んでいる。そして、
「エルノアちゃ~ん」
と酒焼けした声で叫びながら、エルノアに抱き着いてくる。
「うわ、酒臭い」
独特の甘ったるい匂いに、エルノアは鼻をつまむ。
「どうしたんですの。お酒が飲みたいんですの。もう、おませさんですわね。お姉さんがお酒の飲み方を教えて差し上げますわ。丁寧に、丁寧に」
そういうと、近くのテーブルにあったジョッキをつかみ、エールと葡萄酒を混ぜ始めた。
「できましたわ、わたくしの特製ドリンク……」
「いや、私にはまだ早いかなーなんて」
エルノアは手を出して拒絶を示すが、へべれけになったヘレアには届かない。
宙に浮いているシルウィアに助けを求めるが、シルウィアはエルノアの窮状を面白そうに、不敵な笑みを浮かべて、眺めているだけだ。意外と感情豊からしい。
「予に支配できぬものがあるとすれば、賽の目と酔っ払いだな。酒の怖さをその身をもって知るがいい」
「わたくしの酒が飲めないって言うんですの~」
「いや、やめっ」
(ああ、こんな時にソニアがいてくれれば……)
いつもならエルノアのピンチとなれば、どこからともなくソニアが現れて、すかさず助けに入ってくれるが、ソニアは魔物との戦闘で消耗し、今は酒場の二階で眠っている。
「今その可愛いお口に注ぎ込んで……きゅう」
「あれ、ヘレアさん?」
万事休すかと思われたが、突然ヘレアは、エルノアの目の前で、糸が切れた人形のように倒れてしまった。エールと葡萄酒を混ぜた液体が、床に広がる。
「酒に飲まれたか。愚かな酔っ払いよ」
シルウィアは少し残念そうに、うつぶせになったヘレアを眺める。




