姉妹の帰還
「あれは……」
ダンジョンから見える空を眺めていると高速で飛翔する赤い物体を発見する。こちらに向かっているようだ。
「お姉ちゃん!」
「もしかして、ソニア?」
エルノアは自分を呼ぶソニアの声が聞こえたような気がして、目を凝らしてみると確かにソニアが空を飛んで、こっちに向かってきている。
「ちょ、ちょっと、止まって!」
しかし、エルノアの声は届かず、高速で飛翔してきたソニアはそのまま両手を広げて、エルノアに抱きついてきた。
エルノアは炎に包まれた妹を受け止めきれずに、そのまま二人折り重なってゴロゴロと転がる。
「いたた。ソニア。よかった。無事だったんだ。大丈夫?」
「お姉ちゃん。生きてる、生きてるよお」
驚いて目を丸くしているエルノアの元気そうな顔を見て安心したのかソニアは泣き崩れてしまう。
「よしよし、ソニアもよく頑張ったね」
エルノアは顔をぐしゃぐしゃに濡らしたソニアを抱きしめて背中をさすり、落ち着かせる。
「もう、私を置いていかないで、どこかに行ったりしないでよ」
ソニアはエルノアの胸の中で、幼児のように泣きじゃくる。
「大丈夫。大丈夫。安心して、もう絶対に寂しい思いはさせない。一人になんてしないから」
エルノアは優しくソニアの獣耳と頭をなでる。
「約束……だよ」
安心したソニアはついに空元気も使い果たしたのか、尻尾を腰に巻き付け、すやすやとエルノアの腕の中で眠ってしまう。
「そやつは誰だ?」
シルウィアが訪ねる。
「しっーちょっと静かにしてよ。今、眠ったところなんだから」
エルノアは口元に指を立てて、抗議する。
「見た目は私より大人かもだけど、ソニアは私の妹なの。まだ成人もしてない子供だ
よ」
「その赤髪の娘が、エルノアの妹だというのか。見たところ獣人、それも狼人のように見えるが」
「血はつながっていなくても、私たちは姉妹なの」
「しかし、高貴な狼の獣人がなぜ、このような場所に」
シルウィアの記憶では、獣人たちは勇猛果敢で誇り高い戦士だ。幾度も戦場で刃を重ねてきた。その中でも狼の獣人は、高貴な存在であり、人間でいう王族に近い立場だった。
むろん、長い時が経っているので、獣人の立場やヒエラルキーがどのように変わっていてもおかしくはない。それに、高貴な狼の獣人たちは銀狼と呼ばれ、ソニアのような真紅の毛色ではなかった。
「む、この娘、どこぞのはねっ返り娘とは大違いだ」
シルウィアはじろじろとソニアとエルノアは見比べながらいう。
「ちょっと、それってどういう意味? そりゃあ私はまだ小さいけどさ、これから、もっと大人に」
「そんな些末なことではない。この赤髪の娘、ソニアといったか。こと武勇においては、とてつもない潜在能力を秘めている。お前とは天と地ほどの差だ。予をもしのぐかもしれん」
常にぶっきらぼうなシルウィアが驚いたような顔をしている。あれだけの力をもつシルウィアが太鼓判を押すのだから本当なのだろう。
「天と地ほどかぁ。わかってはいたけど、ソニアのただ才能があるってだけじゃないんだね」
ソニアのあふれんばかりの才能。それは騎士を夢見る少女に過ぎないエルノアの目にも明らかだった。どう考えても常人の域を超えている。
「それでも、まだ子供は子供。私からしたらかわいい妹だよ」
「何を言うか。予ならばすぐに重臣として取り立てていたぞ」
「どうかな。ソニアは強いけど臆病だし、戦いが嫌いだよ」
「力を持ちながら臆病か。災難なことだ。力あるものはその宿命にはあらがえぬ」
シルウィアはなにかを思い出したように遠い目をしている。
「その時は私がソニアを守るよ。みんなを守るのが騎士の役目だから」
「みんなを守る……か。青二才が。大口をたたくにはまだ早いわ」
口では厳しいことを言っているが、シルウィアは笑ったようにエルノアには見えた。
「さあ、おなかもすいたし、帰ろっか、たぶんみんなに心配かけちゃってるだろうし」
エルノアはここまでに至る経緯を、みんなに、どう説明したものかと頭を悩ませる。
隠れてダンジョンに潜っていたことは露見してしまっただろうし、スタンピードが起こったこと、それを謎の亡霊シルウィアと倒したこと、どこからどんな風に説明すればいいのか見当もつかない。
(まあ、でもスタンピードは収まったんだし、終わり良ければすべて良し……だよね)
そう自分に言い聞かせ、面倒な考え事は後回しにする。難しいことを考えられる
ほどの余力はもはやない。
「そういえば、シルウィアはこれからどうするの?」
「どうするもこうするもない。予とエルノアは一心同体。離れようにも離れられぬのだ」
「うーん。もっと説明が欲しいところだけど、とりあえず一緒に行くってことね。難しいことは後回し、後回し」
まだシルウィアのことをエルノアはつかみかねているが、敵ではない。エルノアは本能的にシルウィアを信頼している。腰を据えて話す機会を待つことにした。
エルノアは、気絶したように眠っているソニアを抱きかかえて、ダンジョンをゆっくりと降りて行った。




