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殲滅の轟雷撃

「ふむ。確かに剣術はなかなかのものだ。だが、まだ力に踊らされているな。無駄な動きが多い」


 顎を撫でながら戦闘の様子を眺めていたシルウィアが、エルノアを評価する。シルウィアは迅雷のごとく戦場を駆けていたエルノアの動きをすべて見切っていた。


「あなたは何者なの?」


 シルウィアが与えてくれたカード、そしてシルウィア自身も強力な存在のようだが、その正体はいまだにつかめない。なぜここに現れたのか。なぜ自分に力を貸すのか。どうして突然、自分は魔法を使えるようになったのか。謎は深まるばかりだ。


「今は戦いに集中しろ。敵は戦意に満ち、数もいまだ多い」


 魔物の軍勢をエルノア一人で、かなり食い止めているが、奥からは続々と魔物が湧き出てくる。

 魔法はどれも、とてつもない性能を秘めているが、かわりにごっそりと魔力を持っていかれる。今は無尽蔵に出てくるように思える魔力も、このペースで打ち続ければ、いずれ枯渇してしまうだろう。


「このまま、ちまちまと敵を斬っていたのでは、らちが明かない。一撃で葬り去るぞ」

「一撃でって、そんなのどうやって?」

「その魔法を使え」


 エルノアはケースの中で、ひとりでに光っている一枚のカードを取り出す。


「すごい力、吸い込まれそう」


 一際、凝った装飾と複雑なまるで一枚の絵画のような魔法陣が刻み込まれたカード。

 手に持つだけで、体中の魔力をどん欲に吸い上げようとしてくる。まるでカード自体が、腹を空かせ、生きているかのようだ。


「本来、お前のような小娘に使えるような魔法ではないが」

「もう十五、小娘じゃないよ」

「だから、小娘だといっている」


むすっとした顔のエルノアをシルウィアは一蹴する。


「この状況を打開するには、ほかに術はない。予の力をくれてやる。やってみるがいい。生きるも死

ぬも、お前次第だ」


 そういうとシルウィアは、エルノアに手をかざす。莫大な魔力が噴流となって、エルノアの中に流

れ込んでくる。


「くっ、はあ」


 血液が沸騰したように体は熱くなり悶えるもエルノアは、なんとか、その身に途方もない魔力を受けきる。


「なんだかシルウィア、さっきよりも薄くなってない?」


 つい先ほどまで、くっきりとしていたシルウィアは、半透明になり、向こう側が透けて見える。


「気のせいだ。予にはエルノアのほうがよほど様変わりしたように見えるがな」

「え? 確かに体がキラキラしている感じがする。ねえねえ、どんな感じ?」


 自分がどれだけ勇ましい状態になっているか純粋な瞳をキラキラと輝かせながら、エルノアはシルウィアに尋ねる。


「ふむ、そうだな」


 エルノアの美しい茶髪は、照りつける夏の太陽のように輝く金髪に様変わりし、翡翠の瞳も、自身と希望に満ち溢れ、溶けた黄金に満ちたようだった。


「わかりやすく言えば、そうだな、予に似ている。予にも娘がいれば、今のエルノアのようだったかもしれん」


 シルウィアの評価は的を射ていた。黄金の髪と瞳はシルウィアと同じ。そればかりか、顔立ちもまるで親子のように似ている。


「……シルウィアの娘?」


 エルノアはちんちくりんになってしまったシルウィアのおでこを軽く指ではじく。半透明で幽霊のようなシルウィアだが、不思議と手で触れられる。


「なっ。子の神聖にして不可侵、高貴なる予に何をする!」

「小娘呼ばわりした仕返し。あんまり、かわいかったから、意地悪したくなっちゃった」


 エルノアは、皇帝を名乗る女にはふさわしくないしょぼくれた顔になってしまったシルウィアに謝罪する。


「ふん。馬鹿なことをしていないで、とっとと敵を片付けるぞ」

「言われなくても、やりますよっと!」


 カードを掲げ、ありったけの魔力を注ぎ込む。カードに刻み込まれた複雑な魔法陣の一筋一筋をなぞるように光が走る。


「くっ。すごい力。この子、だいぶ食いしん坊みたい」


 ごっそりと魔力を持っていかれるが、いまだに魔法は起動しない。魔力を吸い込まれる一方だ。

 体勢を立て直した魔物の軍勢は、肉塊となった魔物の死骸をのけて、エルノアの方に向かってきている。依然として、数は減っておらず、大軍だ。


「耐えろ。魔法陣を展開さえできれば、あとは予が制御する」


 亡霊、シルウィアもカードに手をかざして魔力の流れを制御し、エルノアを援護する。


「大丈夫。あきらめなければ、道は開ける!」


 エルノアの叫びに応えるように、カードは黄金の輝きを放ち、複雑な魔法陣が空中に浮かび上がる。魔法陣は、さながら機械式時計の内部機構のようであった。


「「『殲滅の轟雷撃ダムナティオ・トニトルス』!」」

 エルノアとシルウィアは声を合わせて叫ぶ。

 第三階層は光で満ちた。


 エルノアの最上級魔法から放たれた黄金の雷撃は、ダンジョンを駆け巡り、ダンジョンを埋め尽くしていた魔物の軍勢をすべて灰に変えた。

 頑丈なダンジョンの床や壁も黒く焼け焦げて、大きな亀裂が入り、エルノアのいた第三階層に至っては、壁がほとんど吹き飛ばされて、支柱のみが残り、外の景色がよく見えるほどだ。


「勝った……のかな?」


 一瞬にして目の前から魔物の大軍勢が跡形もなく消えてしまった。エルノアはまだ夢でも見ているかのような気分だ。


「ああ、完全勝利といっていいだろう。あの禍々しいケダモノどもは一片たりとも残ってはおるま

い。よくやった」


 シルウィアは、ずっとしかめっ面だが、勝利を祝してエルノアにねぎらいの言葉をかける。


「くっ、はあー」


 気の抜けたエルノアは、大きく息を吐きながら、その場にしゃがみ込む。


「そっか、よかった。これでみんなを守れた。でも、さすがにきついかも。なんか、ふらふらする」

「あの程度で魔力欠乏症とは我が半身ながら情けないぞ」

「これが魔力欠乏の感覚かぁ」


 エルノアは体から血が抜かれてしまったかのようなけだるさを覚える。

 大規模な魔法などを行使して、体内の魔力を一度に大量に消耗すると魔力欠乏症となり、倦怠感や頭痛に襲われる。二日三日、寝ていれば治るが、その日はもう魔力を用いた戦闘は難しい。

 自分の魔力量に気を配ることができない駆け出しの騎士に起こりがちな症状だが、身体に影響を与えるほどの魔力がなかったエルノアにとっては新鮮な体験だ。


「ちょっと派手にやりすぎちゃったんじゃない。ダンジョンがボロボロ。なんて説明しよう」


 エルノアが最後にはなった魔法、『殲滅の轟雷撃ダムナティオ・トニトルス』、魔物の大軍勢を一周にして焼き払った強力な魔法だが、過剰だった。ルクトラ市の生活の糧であるダンジョンが、 大きな被害を受けてしまった。

 シルウィアが与えてくれたカードはまだたくさんあったし、選択肢も豊富だったのだが、シルウィアはあえてあのカードを使うよう指示をだした。


「予はちまちまとした戦は好まぬ。なめてかかれば、痛い目を見ることもあるからな。敵を仕留めるときは、一気に息の根を止める。戦の定石だ」

「言いたいことはわかるけどさ」

「もっとも、まだ余力が残っている計算だったがな。未熟者め」

「しょうがないでしょ。無茶ばっかり。私はあれが初めてだったんだから」


 自分の持てる以上の力を出し切ったとすがすがしい気分に浸っていたところに水を差され、エルノアは少し不満げな表情だ。


「私は、あなたの戦術論には賛成ですよ。しかし、やはり少々派手すぎましたね」


 二人の話に割って入るように、ダンジョンの奥から声が響く。


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