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皇帝の力

 のどかな幻想風景は消え去り、鼻が捻じ曲がるような悪臭とともに、醜い魔物の軍勢で埋め尽くされた死と絶望の景色がよみがえる。


「う、これじゃあ、深呼吸もできないね」


 心を落ち着かせようと、息を吸うが、どろどろとした熱気に、すぐにむせ返る。あの幻想の中で、新鮮な空気を吸っておけばよかったと少し後悔する。


「状況に変化はなし。やっぱり夢か」


 エルノアは固く剣を引き抜き、固く握る。今度は一歩も引かない。その命尽きるまで、戦う覚悟だ。


「いや、形勢は逆転した。我らの勝利は目前だ。エルノアよ」

「その声。シルウィア? どこにいるの?」

「ここだ」


 声のする横を見ると幼い少女が浮かんでいた。半透明で、まるで幽霊のような状態だ。


「え? あなたがシルウィア?」

「そうだ。先刻あったばかりであろう」

「だって、さっきはこう……もしかして、気づいてない?」


 さっきまで妖美な大人の女性だったシルウィアはどこにもいない。シルウィアと名乗るのは、エルノアよりも小さな子供だ。黄金の輝きは全く失われていないが、威厳は薄れてしまっている。

 シルウィアは自分の短くなってしまった手足を見た後、胸のあたりと顔をペタペタと触る。一切取り乱すことはなかったが、その頬に一筋、汗が流れた。


「ふむ。どうやら、予の力は衰えてしまったようだ。元の姿を維持することも叶わぬ」

「ふふ、あはは」

「なにがおかしい」


冷静に状況を分析していたシルウィアは笑い出したエルノアをにらむ。


「だって子供なのに、しゃべり方がそのままだから、おかしくって」

「な、な! 神聖にして不可侵の皇帝たる予を愚弄するなどなんと不敬な」


 子供シルウィアは顔を赤くして、甲高い声で、抗議する。


「ごめん、ごめん。で、この状況一体どうするつもり?」

「まったく、不経済でその首は寝ているところだぞ。……sのケースの中を見ろ」

「え? でも、大した魔法は……」


 シルウィアが指さしたのは、魔法陣の刻まれたカードが入ったエルノアの古びたケースだ。


「黙って従え」

「はいはい」


 いわれるがまま、エルノアは、ケースを開く。


「……どうして、カードがたくさん」


 母の形見のカードが数枚入っていただけだったスカスカのケースの中に、ぎっしりとカードが詰まっている。

 何枚か取り出してみる。白を基調として黄金の装飾が施され、見たこともない形式の複雑な魔法陣が刻まれている。持った手触りだけでも、わかる。どれもエルノアでは、一生かかっても触れることすら叶わないであろう超高級品だ。


「予、自らこしらえたものだ。万軍も一息に粉砕できるだろう。むろん、使いこなせれば、の話ではあるが」


 カードの放つ力強い波動を感じれば、シルウィアの言っていることはあながち嘘でもないことが、エルノアにもわかる。


「けど、私には魔法が……」


 そう、どんな強力な魔法が込められたカードや武器があろうとも、魔力に乏しく、魔法が使えないエルノアには宝の持ち腐れ、無用の長物だ。

 ましてや最上位クラスの魔法ともなれば、使用できるのは、一握りの天才だけだ。



「また、あきらめる気か」


 シルウィアは鋭い眼光で、エルノアを見据える。


「ううん。もう、あきらめない。大丈夫、私ならできる!」


 敵は目と鼻の先、エルノアは無我夢中で適当にとったカードを構える。


「魔力なんて無くたって! お願い!」


 祈るように叫ぶ。


「その無鉄砲さ、気に入ったぞ」


 シルウィアがニヤリと笑い、エルノアに手をかざす。

すると、エルノアは黄金の光をまとい、続けざまに、あるはずもない魔力が、体の底から湧き上がってきた。カードに刻まれた魔法陣に大量の魔力が、注がれていく。

 そして、魔法陣はまばゆい黄金の輝きを放ちながら、浮かび上がり、さらに複数に分裂する。

 魔法陣から魔力で形成された無数の光の槍が出現し、雷光がほとばしる。


「嘘。これが私の魔法?」

「そうだ。正真正銘、お前の力で、発動させたお前の魔法だ」


 無数に浮かぶ、魔法陣と雷槍が、自分の魔法で出現したとは信じられなかった。だが、今確かに自分の意志で魔法を発動した。その圧倒的な魔力を前に、魔物たちは怖気づいている。


「さあ、戦え。奴らを殲滅しろ。生きるために。夢をかなえるために」


 エルノアはダンジョンの道を埋め尽くす魔物の軍勢を見据え、魔法を放つ。


「『爆雷の投擲槍トニトルス・ピルム』」


 エルノアの詠唱とともに、一斉に放たれた雷槍は、空間に切り裂かれ、破れるような音を響かせながら、魔物の軍勢に降り注ぐ。

 前進を続けようとしていた魔物は、その大群がゆえに、後ろに引くこともできず、もろに直撃を食らう。雷槍は魔物たち数体を貫いて飛び、地面につくと爆ぜ、雷撃となって飛散した。

 雷撃は、さらに多くの魔物たちを焼き、ゴブリンやオークのみならず、上級の魔物であるオーガまでもが、重低音の断末魔をあげながら黒焦げになって転がった。


「すごい」


 とてつもない魔法の威力に、魔法を使用した張本人であるエルノアですら呆然と立ち尽くしてしまう。体が、バチバチと帯電し、手が小刻みに震えているのがわかる。


「なにを呆けておる。敵はまだまだ健在だ。攻撃の手を緩めるな」


 シルウィアが怒鳴る。

 今の一撃だけで、数十の魔物を葬ったが、魔物はまだまだ健在だ。

 魔物たちは恐れを知らない。むしろ仲間を失った怒りと戦いの興奮に身を任せ、遮二無二に突っ込んでくる。


「わかってるって。今ならなんでもできるが気がする。力が湧いてくるの。絶対に負けない」


 全能感に酔いしれたエルノアは再び、カードを構える。

 前向きに生きてきたエルノアだが、この日初めて、自分に自信を持っていた。途方もない自分の力に裏打ちされた本物の自信だ。


「敵が近い。近接戦闘に移行しろ。その剣は飾りか?」


 シルウィアは、挑発するようにエルノアの古びた剣に目を落とす。


「見せてあげる。私の剣術を。雷よ、わが身に宿れ、『雷光のトニトルス・ロリカ』」


 エルノアの足元に展開された魔法陣が、頭まで上昇するとエルノアの体は、にわかに雷光を帯び

る。

 エルノアは地面を蹴って、そのまま剣を引き抜き、魔物の群れに突っ込む。身体能力強化も使えなかったエルノアが、まるで迅雷のごとき目にもとまらぬ速さで、魔物の死角に潜り込み、その首を切り落としていく。

 エルノアは一筋の迅雷となって、魔物の軍勢の中を縦横無尽、華麗に舞い踊る。魔物たちはそれを目で追うこともできず、バチンとはじけたような音が聞こえるたびに、魔物たちは真っ二つに割れて、鮮血が吹きあがった。


「ふう」


 もとの位置に戻ってきたエルノアは、剣を一振りして、血を払い、一息つく。


「サイコーに気持ちいい。私の剣術も無駄じゃなかった!」


 エルノアは打ち震えていた。魔物の肉を切り裂き、骨を砕いた剣の強い衝撃がまだ手に残ってい

る。命を奪ったことに対する恐怖の震えではない。歓喜の震えだ。

 ただの新米騎士なら、初めて目の当たりにするグロテスクな非日常の光景に卒倒していただろう。 

 しかし、エルノアは最弱の騎士だ。その喜びようは異常で、この血で血を洗う闘争の中で、エルノアは喜色満面。顔を緩まさずにはいられない。

 魔物をその炎拳で次々と葬っていた妹のソニアにずっと、あこがれていた。なぜ、騎士嫌いな妹に、才能が宿ったのかと運命を呪ったこともあった。しかし、それでも、挫けず、嘆かず、前に進んできた。

 そして今、魔力を雷光という形で顕現させ、自分のものにして、敵を粉砕している。この心の底からこみ上げ、骨の奥へと染み渡る感動と興奮が一体誰にわかろうか。

 騎士たるものが戦いに興奮を覚えるなどあってはならないことだ。だが、エルノアは自分のやってきたことの意味が証明されたような気がして、ただ嬉しかった。


(夢をあきらめるにはまだ早いんだ!)


 興奮を抑えるには、エルノアの思いはあまりに強すぎた。

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