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黄金の女神

「炎狼、駆ける」の部分から、話を入れ替えています。

すでにお読みの方は、そこからお読みください。

 再び、時はさかのぼる。

 魔物の軍勢と対峙するエルノアが、絶望的な状況に死を覚悟した時、声が聞こえた。美しい女性の声だ。


「勝手に生きることをあきらめてもらっては困るな」

 

 幻聴だろうか。迫りくる魔物の軍勢と死を目の前に、死神が一足先にやってきたのかもしれない。放心状態のエルノアはそう思った。


「お前には生きてもらわなければ困る」

「誰……ってうわ」


 エルノアは声の主にそう尋ね、目を開くとそこにはのどかな川原の風景が広がっていた。


「ここは、北の森の川」


 二、三歩歩いてみると、ぬかるんだ地面に足が沈んだ。

 名前もついていない小川は陽光に照らされてきらきらと光り、心地の良いそよ風が頬をなで、小鳥がピヨピヨと楽しげに鳴いている。

 父親によく連れてきてもらった、そして、ソニアとよく遊んでいた思い出の場所だ。


「ここが、魂の還る場所なのかな」


 エルノアはなにか宗教を信仰しているわけではない。古の神々は滅びて久しい。この大陸には、信仰を持つ人間は多くない。だが、人は死ねば、大いなる環に還り、ゆっくりと浄化されて、新たな命に生まれ変わるという死生観は共通して持っている。

 もしくは死の間際に人が見るとされている人生の回顧、走馬灯なのだろうとエルノアは考えた。


 「あれは、お母さん? お母さんなの?」


 川のそばに人影がある。どことなく母親に雰囲気が似ている気がする。幻覚を見ているのだろうか。いや、もしここが魂の還る場所ならば、あるいは。

 声をかけながらゆっくりと近づく。


「予はお前の母親ではないぞ」


 その女は振り向いた。


「え? お母さんじゃない。ご、ごめんなさい」


 エルノアはたじろぎ、一歩下がる。

 振り返ったのは、母親ではなかった。よく見れば、後姿でもわかる。

 女の太陽のごとくまぶしい黄金の髪は、腰まで伸び、振り返れば、その瞳も金色に輝いている。自分と同じ、赤みを帯びた茶髪だった母とはまるで違う。

 柔和で丸みを帯びた温かみのある顔立ちだったマリエーヌとは違い、切れ長で鋭く凛々しい目鼻立ちだ。

 長身で、手足はすらりと伸び、金の刺繍が施された白絹の服は、その豊かなボディラインをこれでもかと強調している。その妖艶な姿にエルノアは頬を赤らめてしまう。

 白金のティアラをかむった、その姿はまさに、神話に出てくる女神そのものだ。


「やっぱりここは、魂の還る場所」


 女神がいるということはやはり、ここは死んだ魂の集まる場所なのだろうとエルノアは考える。

 だが、目の前の女は、その風体からまるでエルノアとは関係のない人物に思えたが、不思議と初めて会った気がしない。家族に抱くような親近感。いや、それ以上の何かを感じる。


「それは違うな」


 女は否定する。


「お前はまだ死んでいないぞ。ここはお前の記憶から作り出された心象風景。いわば、お前の心の中だ」

「やっぱり走馬灯?」

「走馬灯か。まあ、似たようなものかもしれぬ」

「人の走馬灯に知らない人が割り込んでくるなんて聞いたことないけど。あなたは誰?」

「なに? 予を、ヘイリオス皇帝、シルウィア・ヘーリアデス・アウグスタを知らぬと申すか」


 尊大にふるまう女は、エルノアをにらむ。


「ヘイなんとか、なんて聞いたことがないよ。それに皇帝って、もしかしてガルシオン帝国の?」


 エルノアには、そんな長ったらしい名前に聞き覚えなどなかった。皇帝というのが帝国と名の付く国の王様的な存在であることは知っているが、ヘイなんとか、という国の名前には聞き覚えがない。


「ガルシオン帝国……。そんな国、聞いたこともないぞ」


 ガルシオン帝国は、自由都市同盟の隣にある大国だ。少し前まで、大きな戦争があったから、自由都市同盟に住むものならだれでも知っているはずだ。


「いや、しかし、どんな田舎者でも予の名を知らぬわけはあるまい。大陸の隅々まで征服した予と帝国の威光を知らぬものなど居るはずがない」


 シルウィアと名乗る女は、いぶかしげな眼でエルノアを見る。

 いまいち二人の話はかみ合っていない。


「そんなこと言われても知らないものは知らないよ」

「まあ、よい。予とて現状を把握しているわけではない。些末な話は、後で片を付けるとしよう。今は時がない。娘よ。名をなんという」

「エルノア」

「エルノアか。ではエルノア」


 シルウィアは太陽のごとく輝く金色の瞳で、エルノアをまっすぐに見る。


「お前はどうやら絶望的な状況にあるようだな」

「うん、いまはこの走馬灯のおかげで助かっているみたいだけど」


 シルウィアはどうやらエルノアが今置かれている状況をわかっているらしい。


「ここであきらめるつもりか」

「あきらめるもなにももう全部終わりだよ。走馬灯まで見てるんだから」

「だが、まだ死んでない。お前は生きている。ここが走馬灯だろうが、予と言葉を交わしているではないか。違うか?」

「私はまだ、生きている?」


 エルノアを見つめるシルウィアの黄金のまなざしは、力強い。その瞳には命が宿っている。魂の鼓動を感じる。


「……私はまだ死んでない」


 あの日見た、両親の背中を思い出す。


「そうだ。勝算なんてなかった。でも、あきらめてはいなかった」


 もう一度目を閉じる。ソニアには、あきらめないなどと豪語していおいて、口先だけ、とっくに自分はあきらめてしまっていた。生きること、そして、あきらめないということを。エルノアは己を恥じた。


「あきらめていた。騎士になる夢も、プリンセス・シュバリエになるっていう夢も。あきらめないことだけが取り柄のはずなのに。行かなきゃ。私はあきらめない。絶対後悔しないために」

「ふん。我が半身、エルノアよ。少々頼りないが、お前に予の力を託すとしよう」


 エルノアは目を開く。

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