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DIVINE GUIDANCE  作者:
2/2

リリィのお勉強

「うん、今日もいい天気になりそう!」


 私は窓を開けて、少し冷え込んだ空気を受け止めた。

 

 あの約束をした次の日から、毎日少しずつ勉強を教わっている。

 朝は前の日の復習をして午後は町で遊ぶ。そして夕食の後に、母が勉強を教えてくれるのだ。


 最近は簡単な計算が出来るようになったから、お手伝いでお使いもしている。

 勉強した事が実際にどういった役に立つのかが分かったし、何より母が褒めてくれるのがとても嬉しい。


 部屋に美味しそうな朝食の香りが入り込んできたので、私は手早く着替えを済ませて食卓へと向かった。


「お母()()、おはようございます」


「おはよう、リリィ。言葉遣いの復習中?」


「はい、そう…です!」


「頑張っているわね。でも、時と相手による使い分けも大事なのよ?」


「はーい。おはよう、お母さん」


 そして何気ない親子の会話を楽しみながら、朝食を二人でとる。

 食事を終えて、後片付けを手伝いながら最近考えていた事を母に尋ねてみた。


「ねぇお母さん、速く走ったり高く飛ぶにはどうすればいいのかなぁ?」


「そうねぇ、お母さんもあまり得意じゃないのだけれど、リリィはどうしてその悩みを持ったの?」


「みーちゃん達と比べて速く走れないから…。足の使い方だと思うんだけど、みーちゃん達とは数も形も違うから上手くいかないの。お母さんは私と同じだけど、何かいい方法を知ってない?」


「みーちゃんはウェアキャットのお友達よね?だとすると確かに同じようには出来ないわねぇ」


 努力をすれば今よりは早く動けるようになるけれども、種族が違えば体のつくりも当然違って得意な事も違ってくる。それは仕方のない事であると説明された。


「でも学校では体を動かすお勉強もあるんでしょ?」


「あるわよ。でもそれも種族毎に得意な事が違うから、みんな自分がより得意な事を伸ばすの。この町は獣種の子が多いから機敏さ…走る速さやジャンプの高さを伸ばす子が多いだろうけれども、リリィはリリィの得意な事を伸ばせばいいのよ。」


「私の得意な事ってなんだろう?」


「学校に通うまでまだ時間はあるから自分で探してみなさいな。一度自分で考えてみる、それが一番大事な事だもの」


「わかった。考えてみる!」


 今日みーちゃんは家のお手伝いで遊べないと言っていたし、やることが決まって良かった。


 太陽が真上を通り過ぎた頃、リリィはヒントを探して町の中心へと向かう。


 とはいっても、ほとんど毎日見歩く町の中は庭も同然である。特に目新しいものは見つから無かった。

 この町は一時間もあればぐるっとまわって家に着くくらいの大きさなのだから。


 次は町の中央にある水場の先、お店通りへ向かう道から少し逸れた場所へ向う。

 ここはお昼を過ぎてから少しの間、良く陽が射す絶好のスポットになる。やはり今日も先客がいるようだ。


「リリお嬢ちゃんじゃな。こんにちは、今日も元気そうじゃな」


「ガルフお爺さん、こんにちは!」


 あるよく晴れた日の昼下がりに、お爺さんとはここで知り合った。

 最初の頃は、お爺さんの昔話を面白おかしく聞かせてくれた。それから町の外の話になって、お爺さんは学校の事も教えてくれた。


「今日も良い天気じゃ、リリお嬢ちゃんもこっちへ来るとええ」


「うん、ありがとう。今日も体操してたの?」


「うむ。お日様から力を貰い、適度に体を動かし、しっかり食事をとる。これはとても大切な事じゃからな。」


 そう言いながら、お爺さんは()()を終わらせた。


「ふぅ、やはり現役の時ほどとはいかんが上々じゃろう」


 お爺さんが一息ついたので、私は疑問に感じていた事を尋ねてみる事にした。


「ねぇガルフお爺さん、前から思ってたけどお爺さんの体操ってなんだか少し変わってるよね?」


 以前、初めから最後まで見ていた事がある。最初はゆっくりと体をほぐす動きなのだが、後半に差し掛かると目的が変わっていくように感じたのだ。

 特に大きく動くわけでも素早く動き回るわけでもないのに、とても広く多くの物を見るような…上手く表現できないけれども。実際、今日もお爺さんの方が先に私に気づいていた。


「ホッホッホ。若い頃からしておる日課の体操じゃよ。恥ずかしながら、儂は皆より少しノロマでのう。若い頃にいろいろ悩んだ末、皆より動き出しを早くすればいい勝負になると思ったんじゃよ。これはそれを鍛えるオリジナル体操じゃ」


 私にお茶を勧めてくれながら、お爺さんはなんてことの無いようにそう言った。

 だから私も何気なく思ったことを続けて尋ねた。


「じゃぁ、この陽が射している場所で競争したら他の人よりも速く動けるの?」


「いいや、感じ取る力に対して体がもうついていかん。しかし、リリお嬢ちゃんはどうしてこの中ならと思ったんじゃ?」


「体操中はいつもここに入る辺りで、私が来たことに気づくからだよ」


「大したもんじゃ。よく気にかけよく見ておる」


 お爺さんに聞けば何か分かる事があるかもしれない。そう考えた私は、今朝と同じように相談をしてみた。


「なるほどのう。儂は自分が出来る事を探して辿り着いたのがこのやり方じゃった。しかし、リリお嬢ちゃんも同じとは限らん。儂と一緒に考えてみるかのう?」


 私はお爺さんの好意に甘えて、手伝ってもらうことにした。


「確かに、速く走ったり高く飛ぶには足を鍛えれば良い。じゃが足だけが体はではないじゃろう?腕もあれば腰もあるし頭もついておる。となれば、道具を使った運動もあるとは思わんか?」


「うーんと、ボールを使った運動とかかな?でも、私は投げる力も強くないよ」


「速く遠くに投げるだけが全てではない。狙った場所に投げるとなれば、見る力や技術も必要になる。それが出来るのもまた素晴らしい事だと儂は思うぞ」


「なら、捕るのは?私は飛んで来るボールを受けるのが得意だよ」


「それは凄いのう。物の動きをしっかりと見る事が出来るんじゃな」


「違うよ、目は沢山あるけど良くはないの。でも、近くで動くものなら分かるよ」


 私は母譲りで視力が高くない。代わりに周囲の変化に敏感で、これもまた母と同じだった。


「ボールを上手に捕れると何かの役に立つのかな?」


 文字を覚えて絵本が読めた。計算を覚えて買い物が出来るようになった。また新しく出来る事が増えるのではないかと私は思った。


「ふーむ、そうじゃのう。答える前に少し儂と遊んでくれんかの?」


 お爺さんの言う遊びは、相手の手首を先に掴んだ方が勝ちというものだった。

 上半身を使った読みあいの勝負は私に合っていたようで、相談中だった事など忘れて夢中になって遊んだ。


「そろそろ終わりにしようかのう」


「えー、もう少しやりたい!」


「儂はジジイじゃから疲れてしもうたんじゃ。今度は友達とやってみるとええ」


 今度、みーちゃんとも遊んでみようと思った。やってくれるかな?


「質問に対する答えじゃが、ここまで出来るのであれば自分を守るすべを覚えられるじゃろう」


 私はお爺さんに尋ねていた事を思い出した。しかし、まだよく分かっていない顔をした私のために、お爺さんは続けて説明をしてくれた。


「悪い大人が捕まえようとしてきたら、先に手首を掴んでしまえばええ。先に掴まれた者が相手を掴むのはとても難しいと、先ほどやって分かったじゃろう?この町で悪い事をするような者はおらんじゃろうが、リリお嬢ちゃんは学校へ通うために町の外へ出るからのう」


 私はまだ悪い大人に出会ったことが無いが、お爺さんが言いたい事はわかった。


「それとこれは上級者向けじゃが、ちと儂の腕を掴もうとしてみてくれるかのう」


 その時、何の疑いもなく掴もうとした私の世界はぐるりと回った。そして気づけばお爺さんの腕に抱かれていた。お姫様だっこだ。


「これもまた一つの技術での。本来は相手の手首を掴んで地面に投げ飛ばすんじゃが、流石にリリお嬢ちゃんに痛い思いはさせたくないでの。途中で抱えさせてもろうた。痛い場所などはあるかのう?」


「大丈夫だよ。今のはどうやったの?私にもできる?」


「出来るかどうかは練習次第じゃ。じゃが、ここまでは出来なくとも良い。掴んだ腕を少し捻るだけで相手は痛くて動けなくなるでの。」


「でもやってみたい!」


 私の興味はお爺さんの想定以上だったようだ。一人で怪我をするよりはと、渋々ながら教えることを約束してくれた。


「調子に乗っていらぬ事まで披露してしまったようじゃな。しかし、遊びで友達に使わない事を約束しておくれ。怪我をしてからでは遅いからのう」


 友達としていいのは、手首を先に掴む遊びまで。私はそう約束をした。

 それからもう一度お爺さんと掴み合いの遊びをしたり、優しくふんわりと投げて貰ったりしているうちに、ふと思ったことを聞いてみた。


「ねぇガルフお爺さん、これって学校のお勉強でも役に立つかな?」


「うーむ、護身の教えを受けるなら役に立つかもしれんのう。自分で自分を守れる力を持つのも、嗜みとして良いと儂は思うぞ」


 それを聞いた私は、これを得意な事として伸ばしてみようと思った。


「さて、頃合いのようじゃな」


 お爺さんがそう言うと、この場所を照らす光が減り始めた。時間だ。

 またここで会った時に続きを教わる約束をした私は、帰り支度を始めた。


「今日もありがとう、ガルフお爺さん。またね!」


「儂も楽しませてもらった。また晴れた日にでも来るとええ」


 お爺さんと別れた私は、買い物メモに書かれたウサギを買って家路についた。

 お肉は一日分を毎日買って新鮮なうちに食べる。獣種の町ならではだと以前母が言っていた。

 

「お母さん、ただいま」


「おかえりなさい、リリィ。もう少し待っててね」


 家に帰った私を迎えた母は、今日もまた仕事中だった。

 母の元にはよく手紙が届く。植物紙や通信紙で来ることが多けど、たまに魔道紙や精霊紙などが飛んで来ることがある。

 今日は後者のようだからきっと急ぎの仕事のはずだ。邪魔にならないように、私は自分の部屋へ移動した。


 前に仕事について尋ねた時、知り合いのお手伝いだと言っていた。

 詳しくは教えて貰えなかったけれど、家事と仕事を両立する母はとてもかっこいいと思う。


 先ほど買ってきたウサギが逃げないように、そして食べやすいように糸を巻き付けながら私は仕事が終わるのを待った。

 次は何をしようかと考え始めた頃、食事をしようと母に呼ばれた。


「待たせてしまったわね。今日のウサギはどうやって食べたい?」


「そのままがいい!」


「そうね、じゃぁ今日はそうしましょうか」


 今日は生きたのを買えたので、折角だから生で食べたいと思った。料理で味付けするのも美味しいけれど、新鮮ならば少しずつ溶かしながらゆっくりと食べたい。

 私は既に準備を済ませておいたウサギのうち、少し大きい方を母に渡した。


 母は私の考えを予想していたようで、テーブルには食事の準備が整っていた。

 暖かいスープとパンを添えて、母と一緒に食事を始めた。


 ウサギに消化液を注ぎ込み柔らかくなるのを待つ間、私はスープとパンを食べる。後はウサギを待つだけになった頃、母が話しかけてきた。


「今朝の話だけど、得意な事は見つかった?」


「見つかったよ。私はね、ボールを捕るのが得意だったよ。それでね、自分を守るのも得意になれそう!」


「リリィは何にでも挑戦するから、出来る事がたくさん増えているものね。今日はお外でどんな事をして過ごしたのか、お母さんに教えてくれる?」


 私は今日あった事を順番に母に話していった。ひとしきり話したらウサギが食べ頃になっていたので、ちゅるちゅると頂いた。うん、美味しい!


「そういう経緯で守るに繋るのね。リリィが自分でやりたいと思ったのなら、お母さんも応援するわ」


 母が応援してくれると思うと、私はもっと頑張れそうに感じた。


「でも血は争えないものね。そういうところはお父さんに似たのかしら?」


「そうなの?」


「リリィのお父さんはね、この町で例えるなら警備のお仕事をしているの。町の人を守るお勤めよ。だからお母さんはそう思ったの」


「そっかー。お父さんにももうすぐ会えるんだよね?」


「リリィが通う予定の学校がある場所にお父さんは居るから、学校へ通う前には会えるわよ。お父さんもきっと楽しみにしているわ」


 父の事は写真で見て、週に一度通話するくらいしか接点がない。

 初めて顔を合わせる事を思うと、少しの気恥ずかしさが残るが楽しみでもある。


「さて、お食事も終わったしお片付けを始めましょうか。片付けの後で今日もお勉強する?たまには休んでもいいのよ?」


「する!これだから田舎もんはーって言われたくないから!」


「ふふふ、それは誰に聞いたの?」


「肉屋のおじさんがね、前に言われたことがあるって言ってたの。都会の人はすぐそう言うから、勉強するのは大事だって言ってたよ」


「そうだったのね。確かにそんな人も居るかもしれないわ。じゃぁ今日も言葉の勉強を頑張りましょうか」


「うん。よろしくお願いします!」


 そうして私は毎日、多くの人から様々なことを教わって過ごした。


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