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無垢なるもの

 姫愛ひなは一日の大半を部屋で過ごす。

 空気清浄機が設置された寝室と居間の往復で、然程長くもない廊下を歩くだけでも息が上がってしまうほどに体力が無いため、仕事はおろか日常動作もままならない。

 心臓と肺が弱い姫愛にとって外の空気は毒にも等しく、もし下層になど行こうものなら、数分も保たずに倒れてしまうことだろう。

 体を使うことが出来ない代わりに、それ以外でユーリを支えるべく、姫愛は自分の時間を勉強につぎ込んでいる。ベッドの上で可能な限りの書籍を読み、知識を蓄えていく。いざというとき、兄の役に立てるように。


 ユーリを見送った姫愛は、部屋の本棚から電子書籍端末を取り出して読んでいた。

 ソムニア内の書籍は九割が電子書籍で、紙の書籍は電子化が難しいごく一部の古い資料などに限られている。とはいえ紙の書籍は貴重品であることが多いため、一般に出回っているのは頁を撮影した画像書ばかりで、本としての性能は決して良くない。

 現在の電子書籍は販売サイトにログインして読む形式ではなく、各自の端末に購入した書籍を落として好きなときに読む形になって久しい。まだ地球が生きていた頃は各社が競うように電子化したもののサイト内でしか読めないものばかりで、サーバーダウンなどトラブルがあった際や、販売サイトが運営停止してしまった場合などは、読むことが出来なくなるのが当たり前だった。

 個人所有形式になってからは紙媒体の頃のように自宅に本棚を所持する者が増え、本好きのあいだではジャンルや作者ごとに端末を持つことが一種のトレンドとなっていた。

 特に人気の端末は、本の形をしたARブックだ。表紙に購入した書籍のタイトルを入力すると、ARブックの中身がその本になるという臨場感のある読書端末である。更にイヤホンやスピーカーと接続すれば、本を捲る音なども再現される。

 読書愛好家の中でも過激派の部類は、これを持たざるものは読書家にあらずとまで言い張る者もいる始末。

 姫愛もまた例に漏れず書棚を所持しており、ユーリと半分ずつ使っている。姫愛の棚には満遍なく様々な専門書や絵本、空想物語などが並ぶのに対して、ユーリの棚は整備や機械に関するもので埋め尽くされていた。


「電脳症の発症と異能……異能の発現は災厄をきっかけに増えたとあるけれど、その前に一度発症者が急激に増えた事件があったのね」


 今日姫愛が選んだのは、電脳症に焦点をおいた歴史書だ。


 まだ地球が人類の住処として機能していた頃。

 ネットワーク上に精神を移して電脳空間内に仮拠点を設ける、仮想市街化の開発が盛んだったことがあった。各社が競いあうように街を開発し、人々は仮初めの人生を謳歌していた。

 DIVE技術と呼ばれるそれは、半身、全身不随の人間に対するケアを目的として開発された技術であった。その機械も限られた医療現場にのみ存在していたのだが、アメリカのとあるゲーム会社が、DIVE技術を応用したオープンワールドを公開、瞬く間に全世界で流行した。

 公開当初は、数十万から数百万単位の専用機械が必要で、流行といっても富裕層の遊びと言われていたが、ある日本企業が専用チェアをヘッドギアとコントローラーに分割し小型化に成功してからは、一般の中流家庭にも流通するようになったという。

 その頃から、人々のあいだで奇妙な現象が起きるようになった。肉体や記憶や家族など、大切なものを失い、喪失の代わりに異能を得る。

 のちに電脳症と名付けられる、不治の病の流行だ。


電脳潜行ダイブが免許制になったのってこの頃からだったのね。世界から娯楽を一つ取り上げることになってでも、流行を抑えなければならなかった……でも、異能はいまも続いている。現に、わたしだって……」


 そう呟き、自分の小さな手のひらを見つめて、一つ溜息を吐いた。

 姫愛は、生まれついての異能の持ち主だ。例に漏れず健康な体を失った代わりに、癒しの力を得ている。姫愛の治癒能力は彼女自身の病を治すことだけは出来ないが、怪我の治療は自他共に行うことが出来る。治癒というよりは、病巣や傷を自身に転移させる異能であるため、ユーリから堅く使用を禁止されているのだが。

 双子として生まれてきて、姫愛だけが異能を持っている理由はわからない。だが、どんな理由であれ、異能者として生まれてきた以上は、一生能力と共に生きなければならない。

 ただでさえ持病に振り回される人生を背負っているのに、異能にまで悩まされたくない。だからこそ姫愛は、知識を求めているのだ。

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