目指せ人類を支配!進めタニシ!
歓楽街の隅の方
人通りの少ない路地の中
三階建てのこじんまりとしたビルが建っている。
一階のドアの前には小さな看板があり、白地にショッキングピンクの文字で「スナック・ニケの家」と書かれている。
これはニケの家のママと、この店に訪れるお客さん、そしてタニシが織り成す壮大だけどささやかな日常のお話。
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【タニシのいるバー】
今日も我が店[ニケの家]の客入りは悪い。
週末だと言うのに客は開店と同時に飛び込んできたただ一人のみ。
きっと、今日はこのまま閉店まで客は来ないだろう、そんな予感がした。
「愛って...どうすれば手に入るんだろうなぁ」
ぼそりと、目の前に座る男が言った。
だいぶ酒が進んでいるのか顔は赤く、うっすらと涙を浮かべているようにも見える。
愛だとか大層な事を言っているが、この新田という男は随分恋多き人間のようで、一月に何度も同じ質問をしてくる。
勿論、毎回相手は違うらしい。
「なに、またフラれたの?もう今月に入って何度目よ新ちゃん」
「今度こそ!今度こそ本当に愛を見つけたと思ったんだよ!なのに...なのにさぁ...告白したら、あなた、誰?って...知らない人とは付き合えないってなんだよそれ!毎日通って笑顔を見せてくれてたのに!」
話をよく聞いてみると、近所のコンビニに新しく入った店員に一目惚れしたらしい。
足繁くコンビニに通い、(本人曰く)愛が深まったから告白したそうだ。
なお、一目惚れから告白までは約一週間ほど、とのこと。
「呆れた...ねえ新ちゃん、アンタのその惚れっぽい性格、悪いとは言わないわ?人の良いところを見つけて恋に落ちるってすごいと思うもの」
「...」
「ただ、いっつも焦りすぎなのよ。アンタが軽々しく口に出す愛ってモンはさ、ゆっくり育てるべきなんじゃないの?」
「それは...そうかもしれないけどさぁ...でも今回は本当に愛だと思ったんだよ...間違いないって」
『ウダウダうるせータニ!大人しく諦めてもっと自分を磨いて出直すタニな!!』
ずっとカウンターにいたタニシが喋りだした。
余程新田の話にウンザリしていたのか、語気も内容も強めだ。
「え?タニって、は?え、待って」
『うるせー!!時間もチャンスも待ってなんかくれないタニよ!さっきから同じ話ばっかりでウンザリタニー!』
「いや、あの、タニって何っていうか、えっと...何この喋っている生き物!?」
「ああ、新ちゃんは初めてよね、今日からうちで新しく働くことになったタニシのタニちゃんよ。紹介しようと思ってたけど、新ちゃんったら入店するなりガブガブお酒飲んで愚痴っているから、タイミング逃してたわ」
『タニシタニ!よろしくタニよー!』
「あ、ああよろしく...いや、あのごめんなさい、理解が追いつかないんだけど、タニシって喋るの!?てかこのタニシデカすぎない!?本物!?」
『質問が多いタニなぁ。答えるのもめんどくさいタニよ』
「タニちゃんはね、なんか神様から啓示を受けたタニシらしくて、人間を支配する為に喋ったりする特別な能力を得たみたいよ」
『能力の使い方が分からなくて暴走してしまい、干からびて死にかけていた所をこのママさんに拾ってもらっタニー。だからママさんの為にお店の手伝いをするし、ママさんは支配しないタニ!』
「ふふ、ありがとう」
『分かっタニか!一目惚れ即玉砕男!』
「タニちゃんダメよ、新ちゃんも一応お客さまなんだから、言葉遣いはもう少し柔らかくしてあげて?」
『むむ...ママさんがそう言うなら気を付けるタニー!』
「えらいわぁ~。...あら、新ちゃんったら固まっちゃってるけど大丈夫?」
「いやいやいや!訳分からん!俺は仕事上、色んな種族を見てきたけど、喋るタニシ属なんて見たことないぞ!?」
『そんな事言われても知らんタニ~。タニ神様からは詳しい説明は無かったから、タニシもこれ以上言える事は無いタニよ』
「まあ難しい話は良いじゃない。今日は、新ちゃんの玉砕、そしてタニちゃんとの出会った記念日よ!乾杯しましょ!」
未だ信じられない、という表情の新田を無視して冷蔵庫からシャンパンを取り出す。
アタシはこれから始まるタニシとの日常に、
タニシは人間を支配するという野望に、
それぞれグラスを掲げて乾杯をした。
「タニちゃんってその頭の角みたいな触手で物を持てるのね」
『これもタニ神様がくれた力のおかげタニよ!』
「タニ神様ってなんなんだよ...いやもう考えるのはやめよう...ママ!シャンパンもう一本開けよう!飲んで忘れる!」
やはり今日は新田以外に客は来なかった。
しかし、次々と新田が注文するシャンパンのおかげで今日の売り上げは上場だった。
翌朝のスナック・ニケには酒に酔い潰れた二人と一匹が塊の様に蠢きながら眠っていたという...