第4話 俺一人で十分だ
夏休みって良いですよね。特にどこにも行きませんが…。
『Absorption』
自宅のベランダで変身を解く。遥は、いっそ鎧と一緒に罪悪感も吸い込んでくれたら、そう思った。子供の頃、誰もが憧れたであろう正義のヒーローは、今の遥にとって最も遠い存在だった。主人公というご都合設定でとんでもない人数を助け、いろんな仲間を持ってて、なにより強い。名声を手にして、誰からも感謝されて、栄光に輝き語り継がれる。それのどれにも当てはまっていない。次人種を撲滅できるほどの力が無く、犠牲者を出さなかった夜は未だに無い。一般人に見えない次人種を倒したところで、誰が感謝をするだろう。死と隣り合わせのこの仕事は、誰の目にもつかないまま繰り返されている。仲間はいない、だがそれでいい。もしそれで仲間がいなくなるのなら、
「……俺一人で十分だ。」
小さな声で呟いた。遥は、罪悪感と一緒にベッドと毛布の隙間に体を挟み込んだ。このまま寝られるまで寝てしまおう。目を閉じながらそんなことを思う。しかし、この作戦は失敗だった。夜中に起こされたストレス、寝起きに活動して温まった体、こんな状態で寝られる者がいるなら間違いなく才能だ。寝ることを仕事にすることをお勧めしよう。遥は寝られないのがもどかしくて、何度も寝返りをうった。そして、それからしばらく経ってからようやく意識が遠のいた。
学校の小テストの時間、遥は頭痛に悩まされていた。あれから2時間という中途半端な時間だけ寝てしまったため、とんでもない疲労状態に陥っていた。小テストの問題は、前日の勉強の成果あってか楽に解けた。しかし、今まさに遥は登山でもして来たかのような体調であった。凄まじい眠気と頭痛と疲労感が延々と押し寄せてくる。しかし、授業中に寝るというのはテストができていても許されることではないだろう、そんな考え事をしている間にも眠気が遥を襲う。次人種との戦いを延々繰り返している遥は戦いが原因で寝不足になり、授業中に寝そうに、あるいは寝てしまうことがしょっちゅうである。午前中に寝ることができないため当然ではあるのだが、理由を人に話せることもなかった。
「……ここを…乗り切れば……ここを…」
小声で呟く。もっとも、今の遥に小声以上の声量を出す気力は無い。ここを乗り切れば昼休み、氷水でもなんでも貰って目を覚ますことができるだろう。さらに言えば、大好きな食堂で食事ができる。あのストレスがいらない、最高の環境での食事だ。
「はい、後ろから集めて来て。」
先生の口からこの言葉が出てきた。遥は神に感謝するような気分でテストを集めた。一番後ろの席にいる遥は、テストを集めて歩くことで少しは眠気がとれる。
「……よかった。」
思わず小さく呟く。これで最後まで寝なずに頑張れば、食堂はすぐそこだ。遥は自分で自分を元気づけた。そして、自分の席にゆっくり戻った。
「はあ……」
廊下を歩きながら大きなため息をついた。
「いや、今日は頑張ってたと思うぞ?」
「うんうん、すごい我慢してたもん。」
修也と晴之が減点された遥を励ます。遥は、席に戻った後にあっけなく力尽きてしまったのだ。眠っているところを見られて減点され……自分のせいでは無いというもどかしい事実が、遥のストレスを溜めていく。
「……なあ、修也。」
「何?」
「賭けだ。」
「お、受けて立つぜ。」
ここで遥の言った『賭け』とは、二人の食べたい食堂のメニューの金額を合計した代金を出し合い、じゃんけんで負けた方がその代金を払うというもの。つまり、勝った方は奢ってもらえる仕組みだ。
「……やめといた方がいいと思うけど…」
そこから数分で食堂についた。
「「最初はグー!じゃんけんポン!あいこでしょ!あいこでしょ!」」
2人とも全力の声量でじゃんけんをした。グー、チョキのあいこが続き、再びチョキを出した遥の勝ちとなった。
「よっしゃああああ!!」
「ああああああああ!!」
修也が断末魔のような悲鳴をあげた。
「あほくさ……」
自分のラーメンを運ぶ晴之。このような賭け事は好きではなく、いつも傍観者として横目に見るのだ。
遥は、満面の笑みを浮かべていた。この食堂でいつも食べる唐揚げ定食、遥が一番好きなメニューだ。その唐揚げ定食が今回は修也の奢りときた。これほど嬉しいことは無い。唐揚げを一つ口に入れる度に、噛みしめると溢れ出てくる肉汁を楽しむ。タレに漬け込まれた柔らかい鶏もも肉が、二度揚げという一手間で外がカリッと、中がジューシーな唐揚げになり、これがご飯の隣にあるという理性への暴力。これを見れば誰もがダイエットという言葉を忘れるだろう。ご飯泥棒とはよく言ったもので、カロリーが蓄積されるのが分かっているのに止められない。ああ、世の女性はこうしてダイエットに悩まされるのか。そんなことを思いながら、今日もこの唐揚げに完敗するのだった。
「人の金で食う飯は美味いか?」
「おお、すげぇ元気出たわ。」
「だろうな!これで出てなかったらどうすれば良いか…」
そう言うと、修也は焼肉定食を頬張る。
「ありがとな、乗ってくれて。」
「いいよ、俺も元気ない遥は嫌だしな。」
「本気で悔しがってたのによく言うよ。」
晴之のツッコミに修也は固まる。
「あ……あれは、演技だよ。」
「嘘つけ。」
遥のツッコミで笑いが起きる。こういう時に、遥は自覚が持てる。自分はヒーローになりたくて戦っているんじゃない。単純に、この身近な日常を守りたいだけなんだと。笑い終わって、唐揚げを一つ口に入れる。次からは、もっと頑張ろう。そんな思いと、この唐揚げをテイクアウト出来たら……そんな思いが遥の頭の中にあった。
【次回予告】
「じゃーん!豚肉とにんにくの芽の炒め物ー!」
「意味分かってるかな……?」
「っとと、びっくりしたあ…!」
「くそ…なんだってんだ…」
「おいおい、そう身構えんなよ。」
第5話 風がやってくる