少女達との邂逅!謎のおっさんの武器制作!
サービス開始から一夜明けた月曜日になっても、VRMMORPG「アルカディア」には大勢のプレイヤーが接続し、ゲームを楽しんでいた。現在は八月の上旬であり、夏休みの真っ最中である為、年若い学生らしきプレイヤーの姿が多い。
フルダイブ型VRゲームでは、擬似的に再現された物とはいえ自分の体を動かして遊ぶ以上、現実世界の肉体とあまりにかけ離れたアバターを使用する事は出来ない仕様になっている。髪や目の色をアレンジするような事は問題無く出来るが、背丈や体格、顔つき、そして年齢といった項目は、ある程度までは弄る事が出来るが、大きく変える事は不可能だ。性別も変更出来ないので、残念ながらネカマプレイなどは不可能だ。また、VRヘッドギアを使用するには個人情報を登録し、生体認証を行なう必要がある為、他人のアカウントやアバターを使用する事も不可能である。
そういった理由で、ゲーム中で若い見た目のプレイヤーは現実世界でも十代の学生であろうと予想出来るわけだ。同じ理由で、おっさんは現実世界でもおっさんである。
「おい、あれ……」
「うおっ、すっげぇ可愛い……」
「タイプは違うけど、二人ともレベル高ぇなぁ……」
その事実を踏まえれば、現在、城塞都市ダナンの中央広場にいる二人のプレイヤーが周囲の男達の注目を集めている理由にも、納得がいくというものだ。
その二人のプレイヤーは、どちらも十代半ばから後半と思われる女性、それもかなりの美少女であった。オンラインゲームを遊ぶ女性は昔に比べたら増加傾向にあるものの、2039年になってもやはり、プレイヤーの多くは男性だ。女性の、それも美少女のプレイヤーはかなり珍しく、注目の的になるのも仕方ないと言えよう。
「うっひゃー!今日も人がいっぱいだねぇ、アーニャ!」
そう声を上げたのは、ショートカットにしたオレンジ色の髪の少女だ。服装は動きやすそうな軽装で活発そうな印象を受ける。彼女の名はナナ。よく注目して見てみれば、彼女の頭上にそのプレイヤーネームが表示されるのが見えるだろう。
「う、うん。そうだねナナちゃん」
ナナに対してそう答える少女の名はアーニャ。亜麻色の髪をストレートロングにした、ナナとは正反対に大人しそうな女の子だ。
「待ち合わせは一時に時計塔前だよね?」
「うん。それで合ってるよ」
「じゃ、もうすぐだ」
正反対の印象を受ける二人の少女は、中央広場にそびえ立つ時計塔の前で人と待ち合わせしていた。
ちなみに彼女達は、性格と同様に体型も正反対だ。女性らしい豊満な体つきなアーニャに対して、ナナは小柄で胸は見事な程にぺったんこである。そんな凸凹コンビの二人は幼い頃からの親友同士である。家も隣同士で、姉妹同然に育った間柄だ。
時刻が午後の一時になろうかという時、そんな彼女達に向かって歩み寄る人物があった。その人物もまた、ナナやアーニャと同じ若い女性プレイヤーである。
「うおっ、また美少女が出てきたぞ!今日はどうなってんだ!?」
「すっげ、見ろよあの胸。背は低いのに超でっけえ……」
「うむ……俺の見立てではE、いやFはあるな」
「しかし、なんで犬耳……?いや可愛いけどさ」
その少女をチラチラと見ながら、小声で囁き合う男達。彼らが言うように、その少女はナナよりも更に一回り背が小さく、その身長は百五十センチを下回る。だがその小さな身体と幼い顔立ちに不釣合いなほど胸が大きい、金髪碧眼の美少女だ。
そのアンバランスだが魅力的な容姿と共に目を引くのは、その少女の服装である。彼女は鎖帷子と忍び装束を身に纏い、腰には小振りの日本刀を差していた。そして頭には犬耳が付いたカチューシャを付けており、彼女が歩くたびに犬耳がピョコピョコと揺れ動く。
その少女の姿を見つけたナナが、彼女に向かって大きく手を振りながら声を上げる。
「あっ、来た!おーい、マリア……むぐっ!」
「Noooooooooo!」
ナナがその少女の名を呼ぼうとしたその時だった。犬耳忍者少女の姿が突然消えたと思ったら、彼女は一瞬でナナの前に現れて、その口を塞いだ。
「マイネーム、イズ、アナスタシア!リアルネームで呼ぶのはNGヨ!アンダスタン?」
片言の日本語による忠告にナナが頷くと、犬耳の忍者……アナスタシアはナナの口から手を離した。先程ナナが呼ぼうとした名前、マリアというのはアナスタシアの現実世界の名前である。フルネームはマリア・フォークナー。アメリカ人とロシア人の血を引くハーフの留学生だ。ナナやアーニャとは、留学してきた高校で同じクラスになり、仲を深めた。
たった今アナスタシアが注意したように、オンラインゲームの中で現実世界の名前を呼んだり、リアルの情報を口にするのは御法度である。読者の皆様もどうか気をつけてほしい。
「もう、ナナちゃん。気をつけないとダメだよ」
「ごめんごめん、ついうっかり。ごめんね、えっと、アナスタシア」
アーニャが窘め、ナナが手を合わせて謝る。アナスタシアは頷いて謝罪を受け取った。それから三人の少女は、連れ立って歩き始める。先頭を歩くのはアナスタシアで、ナナとアーニャがそれに続く形だ。
「それで二人共、まずはどこから案内するデス?」
「どうしようかな。アーニャは、どっか行きたい所ある?」
「うーん……。あ、武器屋に行きたいかな。そろそろ新しい武器が欲しいかも」
「あ、それいいね!というわけでアナスタシア、案内よろしく!」
アーニャの提案により、最初の行き先は武器屋に決定したようだ。それを聞いて、アナスタシアは少し困ったような顔で何かを言いたそうな様子を見せるが、
「フーム……まあ、実際に見たほうがわかりやすいデスね。OK」
結局はそう言って、二人を案内する事にした。
そうして彼女達が中央広場から立ち去ってから、それを見ていた男の一人が呟く。
「思い出した。そうか、あの子が七英傑の一人か……」
そう呟いた男に、彼の友人が尋ねる。
「何だいそりゃ?有名人なのか?」
「ああ……βテストの時に凄い活躍をした七人のプレイヤーを七英傑と呼ぶらしいんだが、そのうちの一人が、犬耳を付けた忍装束の女の子だったそうだ。きっと、あの子がそうなんだろう」
「へぇ……ちなみに、他の六人はどんな奴なんだ?」
「えーと確か、巫女服を着た黒髪の大和撫子、金髪の王子様っぽい騎士、赤いローブを着て大鎌を持った死神みてーな女、銀髪で黒い眼帯つけた中二病丸出しの魔法少女、ドラゴンの子供を連れた二刀流を使うイケメン、それから……」
「それから?」
「ツナギを着た、目つきの悪いおっさん……だそうだ」
「……なんつーか、濃いメンツだな」
「……そうだな」
中央広場から南東方向にしばらく歩くと、NPCが経営する商店が立ち並ぶ通りへと辿り着く。その商店街の一角にある武器屋に到着したナナとアーニャは、早速店先に並べられた武器を見て回る事にしたが……
「何これ。なんか微妙じゃない?」
「うん……初期装備よりは強いけど、値段の割にはそんなに変わらない……かな?」
二人が言うように、武器屋の品揃えは、彼女達が満足出来る物には程遠いようだった。初期装備に毛が生えた程度の性能にも関わらず、値段のほうは初心者プレイヤーにとっては少々きつい値段であった。ナナが困惑した様子でアナスタシアに尋ねる。
「ねえアナスタシア、売ってるのってこれで全部なの?」
「残念ながら答えはYES。それで全部デース」
「マジで?どうなってんの?」
折角お金を貯めて装備を新調しようとしたのに、肝心の店に売っているのがこんな低品質な装備ばかりでは、一体どうすればいいのか。思わず頭を抱えそうになるナナに、アナスタシアがネタばらしをする。
「実はこの武器屋はトラップなのデス。まあこのウェポンショップに限った話じゃなくて、基本的にNPCが作る物は全部、Really Useless Trash……まじつかえねーごみ、なのデス。買ってもゴールドを無駄に使うだけデスよ」
アナスタシアの解説にナナとアーニャが驚き、ついでにそれを聞いていたNPCの店主が深いショックを受けた。
「じゃあ、装備は店で買わずに他の方法で手に入れれば良いのかな?」
アーニャがそう言うと、アナスタシアは御名答と言わんばかりに笑って頷いた。
「YES!良い装備を手に入れる方法は二つありマス。ひとつは、モンスターを倒した時のドロップや宝箱からレアアイテムを手に入れる事。そしてもう一つは、プレイヤーが生産スキルを使って作る事デース!」
「生産スキル……そういえば、スキルリストに鍛冶とか料理とかあったね」
アナスタシアの説明に納得するアーニャだったが、その隣でナナが疑問の声を上げる。
「プレイヤーが作った物って、そんなに違う物なの?」
「見ればわかりマスよ」
ナナの質問に、アナスタシアは実物を見せる事で答える。腰に差していた刀を鞘から抜き、二人に見えるように差し出しながら、アイテムの詳細ウィンドウを開いて見せる。
「うわっ、何この攻撃力!あたしの剣の何倍だろ……」
「付与効果もいっぱい付いてます……」
アナスタシアの愛刀とそのデータを確認して、二人が目を見開いた。初心者が扱う初期装備とは比較するのも烏滸がましい程の性能差である
ちなみにアーニャが口にした付与効果というのは、文字通り装備品に追加された特殊効果の事であり、特定のスキルを強化したり、武器であれば攻撃時に追加で属性ダメージを与えたり、防具ならば特定の属性ダメージを軽減したりと、様々な効果が存在する。この付与効果は付与される装備品の品質が高いほど数が多く、良質な効果が付きやすくなる。余談だが、先程のNPC武器屋に並んでいた装備には、せいぜい一つか二つ付いていれば良い方だ。
「と言うワケで、良い装備が欲しければ生産職人に作ってもらうのが一番デス。さっそく工房に案内しマスよ」
そうしてアナスタシアの案内で、一同は街の南西にある工房へと向かうのだった。
城塞都市ダナンの南西にある職人通り。その一角にはプレイヤーが自由に使用する事が出来る共用工房が存在する。生産スキルを習得したプレイヤーは皆、ここに集まってアイテムの生産を行なう事になる。
工房内には、数多くの職人プレイヤーの姿があった。鍛冶台に向かって金槌を振るう鍛冶師、ドライバーを片手に機械の部品を組み立てる魔導技師、針と糸を巧みに操り衣服を作る裁縫師、かまどの前で鍋を振る料理人と、その種類は様々である。
そんな職人達の中に、謎のおっさんの姿もあった。相変わらずの白いツナギ姿が、この場所に妙にマッチしている。そう、おっさんはボスモンスターを単独で倒す程の戦士でありながら、アイテム生産を行なう職人でもあったのだ。
そのおっさんは今、金槌で加熱した金属を一心不乱に叩いていた。どうやらおっさんは、鍛冶スキルで武器を作っているようだ。
おっさんが作っているのは短剣だ。だが普通のナイフに比べると、だいぶ異質な形状をしている。まず刀身が短剣にしてはかなり長めであり、鉈のように厚い。そしてその刀身の形状は半ばから大きく湾曲しており、反りの内側に刃が付いていた。おっさんが作っているこの武器は、ククリあるいはグルカナイフと呼ばれる刀剣だ。
「ようおっさん!また何か変わった物作ってんな!」
「おっ、良いじゃんそれ、ちょっと見せてくれよ」
順調に作業を進めていたおっさんだったが、そんな彼に背後から声をかける二人組がいた。褐色の肌をした筋肉質な鍛冶師の男と、白衣を着て眼鏡をかけた魔導技師の男だ。
「うるせえぞカス共、作業中に話しかけんな殺すぞ」
「うわ、ひっでえ。まあいいや、完成したら見せてくれよな!」
「おっさん、それ終わったら一緒に魔導銃の改造しようぜ!」
おっさんの塩対応にもめげずに明るく話しかける彼らは、おっさんとはβテスト初期からの付き合いがあった。鍛冶師の男の名はテツヲ。魔導技師の男がジーク。彼らは共にβテスト当時から多くの良品・名品を製造してきた職人プレイヤーである。
「終わったら遊んでやるから、大人しくしてろ」
そうテツヲとジークに言い捨てて、おっさんは仕上げ工程に入る。数分ほど作業に没頭し、遂に武器が完成しようという、その時だった。
バーン!その大きな音と共に工房の扉が開け放たれ、弾丸のような速さでおっさんに駆け寄る一つの影。それは犬耳を付けた忍者少女、アナスタシアであった。
「シショー!」
おっさんを師匠と呼びながら、彼女はおっさんに飛びつき、その広い背中に抱き付いた。小さな身体に不釣合いな大きな乳房がおっさんの背中に押し付けられる。男であれば大多数が羨む状況ではあるが、そのおっさんは怒りと呆れが混ざったような顔で、大きく溜め息を吐いた。そしてアナスタシアを背中に乗せたまま立ち上がったおっさんは、
「作業中に飛びつくのは、危ねぇから止めろって言っただろうが!」
自らの肩に乗っていたアナスタシアの右手を掴むと、強烈な一本背負いでアナスタシアを工房の床に投げ飛ばした。
アナスタシアに遅れて工房に入ってきたナナとアーニャは、友人が厳ついおっさんの一本背負いで頭から床に落ちるのを目撃してしまい、そのショッキングな光景に混乱し、硬直した。
「やっと落ち着いたか……。それで、武器を作って貰いたいんだって?」
顔に疲労を滲ませたおっさんが言う。突然友人に暴力を振るった人相の悪い中年男性に怯え、元々気が弱いアーニャに至っては腰が抜けそうになったりもしたが、時間をかけてようやく誤解を解き、落ち着ける事が出来たようだ。
「う、うん。お願いできる?」
「お、お願いします」
頷く二人だが、まだ少し恐怖が残っている様子だ。ただでさえおっさんの顔は怖いので、無理もないだろう。
「まあ、こいつの紹介だしな。引き受けよう。……ところで、予算はどれくらいだ?」
隣に立つアナスタシアを指差しながら、おっさんが予算を尋ねる。この二人はどんな関係なのかと気になりながら、二人はアイテムストレージから金貨袋を取り出し、おっさんに見せる。
「……ふむ。これくらいだと、大して良い材料は使えねえが……ま、予算の範囲内で何とかやってみらぁな」
二人が提示した予算は、控え目に言ってもあまり多くはなかった。初心者が昨日の一日で稼いだ額としては妥当な金額と言えるだろう。
物足りなくはあるが、初心者向けの装備を作るには十分だと判断したおっさんは、武器の制作依頼を受諾した。
「さて……武器を作る前に、実際にお前さん達が武器を使ってる所を見せて貰おうか。実際に戦ってる所を見て、合った武器を作りたいからな。……おい、誰かアレを持ってきてくれ!」
おっさんが声をかけると、近くに居た職人プレイヤーが、奥の部屋から木で出来た成人男性くらいの大きさの人形を抱えてきた。
「何これ?」
「こいつは【木人君1号】だ。倒れても自動で起き上がり、壊れても一定時間で自動修復する高性能サンドバッグよ。こいつに向かって好きなように攻撃してみな」
この高性能サンドバッグ【木人君1号】は、実際に作った武器をその場でテストをしたいと考えた職人達が、βテスト時代に運営チームに要望を送って設置して貰った物だ。おっさんが背中のスイッチボタンを押すと、木人君1号がその場で立ち上がる。
「それじゃ、あたしから先にやるね」
そう言って、ナナが木人君1号の前に立ち、武器を装備する。彼女が装備したのは、二振りで一対の小振りの剣、双剣だった。左右の手にそれぞれ剣を握ったナナが、木人君に斬りかかる。
「せいっ!やっ!はっ!」
右、左、右、左と一定のリズムで交互に剣を振るい、時々蹴りも混ぜて連続攻撃を行なうナナ。
「スピード重視でメインは双剣、格闘も使うのか。成る程、そういうタイプか」
おっさんは頷いて、アーニャと交代するように言った。ナナが双剣を納刀して下がり、アーニャが木人君の前に出た。
「い、いきますっ」
アーニャが取り出したのは、片手で扱える金属製の棍棒、メイスだった。
「えいっ、えいっ」
「あー……嬢ちゃん、ちょっとストップだ」
アーニャがメイスを振り回し、木人君を繰り返し殴る。おっさんはそれを見て、すぐに彼女を静止した。
「は、はい!?何か変でしたか!?」
攻撃を始めてすぐに止められた事で、アーニャがびっくりした様子でおっさんを見る。おっさんは苦笑いを浮かべ、アーニャに近付いてアドバイスをする。
「腕の力だけで振り回してるせいで、力が上手く入ってねぇ。下半身を使うんだ」
「え、えーっと、どうすれば……?」
「貸してみな。良いかい?足を踏ん張って、腰の回転と一緒に腕を振るんだ。こうやって……」
おっさんがアーニャからメイスを受け取り、床板を踏み抜く程の力強い踏み込みと共に体を回し、豪快なフルスイングで木人君を殴りつける。
「オラァッ!」
殴られた木人君は真っ直ぐに吹き飛び、壁に叩き付けられた。
「とまあ、こんな感じだ。やってみな」
「は、はい……」
おっさんのパワーに少々ビビりながらメイスを受け取り、アーニャはおっさんのアドバイスを元に打撃の練習を行なう。
「こ、こうですか?」
「おう、良いぞ!その動きだ!折角良い尻してんだから、ちゃんと使わねぇとな!」
「ふぇぇっ!?」
「こらーっ!セクハラすんなーっ!」
「待て誤解だ、下半身がしっかりしてて、鈍器を振り回すのに向いてるって事だ!」
「……その言い方だと、なんか太ってるって言われてるような気がします……。そういえば最近ちょっと体重が……」
「いやいや、全然太ってねぇから安心しな。むしろ良いスタイルしてるぜ、自信持ちなよ」
「……やっぱりセクハラじゃないか!」
「だから違うって言ってんだろうが!?」
失言からナナを巻き込んで大騒ぎしながらアーニャに鈍器の使い方を指導したおっさんは、ようやく武器の製作に取り掛かった。
「一時間ほど時間をくれ。その間、他にやる事が無ければ工房の見学でもしてな。アナ公、この子達を案内してやれ」
おっさんの勧めに従い、二人はアナスタシアの案内で工房を見て回る事にした。工房内は広く、中では何十人もの職人プレイヤー達がそれぞれ物作りを行なっている。
「あっちが鍛冶で、向こうは料理。それから、あれは……機械を組み立ててるのかな?」
「それは魔法工学デス。魔導銃とかの、魔力で動く機械を作る技術デスよ」
「あ、向こうには女の人が集まってるね。何してるんだろう?」
アナスタシアの案内と解説を聞きながら工房内を歩いていた彼女達は、珍しい女性プレイヤーが集まっているのを見つけた。
「オー、彼女達は裁縫師、服を作る職人デスね」
「へぇ、服かぁ。ちょっと見てみたいかも!」
そう、その女性達は【裁縫】スキルを使って服を作る裁縫師だ。鍛冶や魔法工学の職人達はその大半が男性だが、裁縫師には女性プレイヤーが多い傾向にあった。
ナナとアーニャも年頃の少女だけあって、おしゃれな服には興味があるようで、裁縫師の集団に近付いていった。
アナスタシアが二人を連れて、その集団のリーダーらしき女性に話しかける。
「ヘイ、アンゼリカ!見学いいデスか?」
「あら?アナスタシアさんですか。ええ、構いませんわよ」
アンゼリカと呼ばれたその女性はアナスタシアとは知り合い同士だったようで、その頼みを快諾する。
彼女は見たところ、年齢は二十歳を少し過ぎたくらいの若い女性だ。髪型は特徴的で、プラチナブロンドの長い髪を縦ロールにしている。服装は素人目にも非常に高級な素材を使った豪奢なドレスと、煌びやかなアクセサリを身に付けていた。
「うわっ、凄い美人……しかも何あれ、反則じゃない?」
「うん、凄く大人っぽい人だね……」
ナナがある一点、大きく開いたドレスの胸元にある谷間を見て絶望的な表情を浮かべる。アーニャも年齢の割には大きいほうだが、目の前の女性のそれは更に圧倒的な戦闘力を誇っていた。おまけに背は高く、すらりと伸びたストッキングに包まれた脚も長いと、アンゼリカは非の打ち所の無い素晴らしいスタイルの持ち主だった。
その彼女が、ナナとアーニャに気付いて視線を向けた。そして二人の姿を見た瞬間、アンゼリカの瞳がギラリと妖しく輝いた。
「あら……?あらあらあら……!」
ガタッ!と音を立てて椅子から立ち上がり、アンゼリカが二人に近付く。そして……
「美少女キマシタワー!」
彼女は両腕を広げ、がばっ!と勢いよく二人に抱き付いた。
「来ましたわぁ!わたくしの理想の美少女が二人も!ムッハー!インスピレーションがぎゅんぎゅん湧き出て来ましたわ!もう辛抱たまりませんわ!」
初対面の大人びた美女に、いきなり凄いハイテンションで抱きしめられた二人は何が起こったか分からず困惑する。
「あらら、まーた始まったよ……」
「これさえ無ければ完璧美人なんだけどねー」
それを見た周囲の裁縫職人やアナスタシアは、すっかり慣れきった様子で呆れつつ放置する。
この女性、アンゼリカは元βテスターであり、当時から裁縫スキルを使って見た目・性能共に優れた服を製作・販売してきたカリスマ裁縫師である。美人でスタイル抜群、裁縫の腕もピカイチの彼女だったが、一つだけ大きな欠点、あるいは業を抱えていた。
それは、可愛い物が尋常でなく大好きだという事だ。
老若男女問わず、可愛い人物や物に目がなく、すぐに我を忘れて暴走する彼女を、人はこう呼んだ。【暴走裁縫師】あるいは【変態淑女】と。
「ふぅ……。コホン。見苦しい所をお見せしましたわ」
しばらく暴走した後にようやく賢者モード、もとい落ち着いたアンゼリカが二人に綺麗なお辞儀をして謝罪する。
「わたくしったら、可愛い子を見つけるとつい、ちょっとだけ我を忘れてしまいますの」
「は、はぁ……」
「えっ……?あれでちょっとだけ……?」
冷や汗を流しながら引いた様子の二人に、アンゼリカはアイテムストレージから取り出した衣装箱を差し出した。
「お詫びに、この中から好きな物を持っていってくださいな」
その衣装箱を開けると、可愛らしい女性用の衣装が大量に飛び出してきた。そのどれもが、アンゼリカが自ら作った一級品だ。初心者には過ぎた代物だが、彼女はそれを無料で提供すると言う。
「うわっ、防御力高っ!本当に貰っちゃって良いの?」
「ええ。折角作ったんですもの、可愛い子に着てもらったほうが服も喜びますわ」
その言葉に甘えて、二人はアンゼリカが作った服を一着ずつ貰う事にした。
「じゃーん!似合うかな?」
ナナが選んだ服は、へそや肩を出した、露出度の高い軽装だ。装甲は胸部を保護する金属製のブレストプレートのみで、軽さと動きやすさに特化した軽戦士用の服だった。
「ど、どうかな……?」
恥ずかしそうにそう呟くアーニャの服は、胸に十字架が描かれた青い修道服だった。何故か下半身には大きくスリットが入っており、露出した太ももが眩しい。こちらは見た目通りというべきか、回復魔法を強化する付与効果が追加された優秀な衣装だ。
「イヤッホオオオオオウ!最高だぜぇええええ!」
二人が着替えた姿を見て、テンションが最高潮に達したアンゼリカが、立ち上がって叫びながらガッツポーズを取った。大人しく座ってろ。
そして、おっさんが作業を開始してから約一時間後。無事に武器が完成したところで、タイミング良く二人が戻ってきた。
「おっ、着替えたのかい。二人とも良く似合ってるじゃねえか」
アンゼリカから貰った衣装に着替えたナナとアーニャを見つけたおっさんが、二人を褒めつつ出来上がった品を手渡す。
「まずはナナ、お前さんにはこれだ」
おっさんがナナに手渡したのは、左右一対の金属製の手甲だった。
「えっ……?何これ、格闘武器?双剣じゃないの?」
受け取ったナナは困惑顔だ。双剣だと思って出て来た物がガントレットでは、そうなるのも無理はないだろう。
「まあ慌てなさんな。まずは付けてみな」
おっさんに促され、ナナが手甲を装着する。手首の先まで保護する、しっかりした作りだ。手の甲の部分に、よくわからない金属製の部品が付いているのも気になった。
「中に取っ手が付いてるだろ?」
「うん」
「そいつを強く握って、引っ張ってみな」
おっさんの言う通りに、ナナは手甲の内部にある取っ手を握り、引いた。するとジャキン!という音と共に、手甲の先端から刃が飛び出した。
「うわぁっ!?」
「ハハハ、どうだ。そいつは格闘武器であり、双剣でもあるのさ。もう一回引けば刃が引っ込むから、上手く使い分けてみな」
「お、おぉ……」
ナナは何度か刃を出したり引っ込めたりを繰り返し、感触を確かめる。
「おぉー……やばい、これ恰好よくない?」
「気に入って貰えたようで何よりだ」
「ちょっと試し斬りしてくる!」
ナナは新しい玩具を買ってもらった子供のように、木人君に向かって走っていった。
「さてアーニャ、お前さんにはこいつだ」
次におっさんは、アーニャに武器を差し出した。その武器の正体は……
「これは……バットですね……?」
そう、おっさんが差し出したアーニャ用の武器は、金属バットであった。一見したところ、ごく普通の野球に使う金属バットのように見える。
「おうよ。爆殺バットだ」
「……ばくさつばっと」
何それ意味わかんねぇって顔でアーニャがおっさんが言った武器の名称を繰り返す。
「百聞は一見に如かず、だ。まあ見てな」
おっさんはバットを手に、木人君の下へと向かう。先に試し斬りしていたナナを下がらせて、おっさんは木人君に向かってバットで殴り飛ばす。すると木人君は吹き飛びながら炎に包まれ、壁にぶつかると同時に爆発した。
「ちょっ!何が起こった!?」
「殴ったら燃えて爆発したぞ!?」
「おっさんがまた妙なモン作りやがったぞ!」
爆発と轟音で建物が震え、工房内に居た職人達が、すわ何事かと集まってくる。そんな彼らを無視して、おっさんはアーニャに爆殺バットを手渡した。
「と言うわけで、こいつで殴ると爆発する。さあ受け取りな!」
「は、はい……ところでその、何でこれ爆発するんですか……?」
「……細けぇこたぁ良いんだよ!」
「ええええええ……」
実際のところは内部に魔導機械を内蔵しており、そのコアに使用した火炎属性の魔石から魔力を抽出し、それを利用して発火や爆発といった現象を引き起こしているのだが、おっさんは面倒なのでそこらへんの説明を全て放棄した。
こうして色々と釈然としない部分はあるものの、少女達はおっさん謹製の新たな武器を手に入れたのであった。