新たな旅立ち!俺達の戦いはこれからだ!
カズヤが四つの宝玉を集めてから数日が経過し、アルカディアの定期メンテナンスが行なわれる日がやってきた。
『本日のアルカディアの定期メンテナンスは大型アップデートのため、時間を延長して行なわせていただきます。プレイヤーの皆様には大変ご迷惑をおかけいたしますが、ご理解とご協力をよろしくお願いいたします』
上記の内容のお知らせが公式サイトに掲示され、お詫びとしてプレイヤー全員にガチャを一回だけ無料で引けるチケットが配布された。
メンテナンスは朝の八時から二十時までの十二時間に渡って行なわれ、その結果として多くの要素がゲーム内に実装された。
その中でも目玉となるものは、大きく分けて三つ。
まず一つ目は【マスタースキル】の実装だ。
これはレベルが最大値の百に到達し、更にそのスキルに属する全ての技能を習得した、いわゆる完全習得という状態になったスキルを、マスタースキルと呼ばれる上位スキルへと進化させる事が出来るものだ。
これによってスキルレベルの上限は百五十まで上昇し、それによってプレイヤーは更に強力な技能を習得する事が出来るようになった。今まではぱっとしなかったスキルの中にも、マスタースキルになった事で大化けする物が出てくるかもしれない。
二つ目は【ギルド】の実装だ。
ギルドとは、元々は商工業者の間で結成された各種職業の組合の事を指すのだが、MMORPGにおけるギルドとは、パーティーよりも大規模な、同じ目的を持つプレイヤー同士の集団の事を表すものである。
目的に合わせて一時的に結成し、それが終われば解散する事が多いパーティーと違って、ギルドは永続的なものだ。そしてギルドならではの機能――例えばギルドメンバーが寄付したお金や経験値を消費する事で習得出来る便利なギルドスキルや、メンバーの拠点や溜まり場となるギルドハウスの購入が可能となる。
また、いずれはギルドメンバーの力を合わせて街や城を作り、領主となって街を運営する事も出来るようになり、その土地の権利を巡るギルド間戦争なども今後、実装予定である。
そして三つ目は勿論、新エリアの実装だ。
グランドクエストが進行した事で結界は解除され、まだ見ぬ外の世界での冒険が可能となった。そこは異世界からの侵略者によって破壊された、荒れ果てた世界だ。
アルカディア開発室長、四葉煌夜は言った。
「チュートリアルは終わりだ。ここからが、本当のアルカディアだ」
強大な力を持つ侵略者から、人を護る為に作られた結界は既に消え去った。
ゆえに、ここから先は今までとは比較にならない程に過酷な戦いが、プレイヤー達を待ち受けているだろう。
前述したマスタースキルやギルドは、そんな脅威に挑むプレイヤー達への贈り物だった。それは逆に言えば、それらの新たな力を身に着け、他のプレイヤーと結束して立ち向かわなければ、この先の戦いに勝つのは難しいという事だ。
メンテナンスが終了し、ゲームサーバーが開放された事で、プレイヤー達は続々とアルカディアにログインして、早速新たに実装された要素に触れていた。
シリウスやエンジェ、それにモヒカン皇帝はかねてから予定していた、ギルドの設立に向けて動き出していた。彼らの他にも気の合う仲間と共にギルドを立ち上げるつもりだった者は大勢おり、実装されたその日のうちに数十のギルドが登録された。
アナスタシアをはじめとする情報屋は早速、各地のモンスターやダンジョン、採集可能な素材アイテム等の情報を集める為に東奔西走している。
職人達は相変わらず工房に篭もって生産活動ばかりしているが、中には未知の素材を求めて、新天地へと旅立つ者も存在していた。
また、新章開始を記念して新たに、新規登録者向けのクライアント・ソフトに特典アイテムが付いたパッケージも発売された為、今後プレイヤーはますます増える事が予想される。そうした有望な新人を自らの陣営に引き入れるべく、動いているギルドも多い。
そのように各々が新たな環境に合わせて動き始める中、おっさんは……
「よう、元気か?」
「あら……来てくれたのですか?もう結界は無くなったというのに」
大規模アップデートの後、ログインしたおっさんは再び、イリアの家に訪れていた。
結界は既に解除されている為、おっさんも新エリアに旅立ったと思っていたイリアは、彼が来訪した事に驚いた様子を見せた。
「おう……ま、旅立つ前に挨拶をと思ってな」
長らくこの部屋でイリアと遊んでばかりいたおっさんだったが、新たなエリアが開放された事で、ようやく冒険に出るつもりになったようだ。そこで、ここに残される事になるイリアに一時の別れを告げるために来たのだろう。
「ふふ……態々ありがとうございます。意外と律儀な人だったのですね、貴方は」
おっさんの誠意に感謝を示し、イリアは微笑んでおっさんを見送る。
「……もう、寂しくはねぇのかい?」
「ええ。貴方には沢山、楽しい事を教えていただきましたから」
おっさんの問いに、イリアは笑顔で答える。
「どうかお元気で。貴方の行く道に、祝福を」
女神がおっさんの為に祈りを捧げるが、おっさんは笑ってそれを固辞した。
「いらねぇよ、そんなもん。俺ぁ神様に悪い遊びを教えるロクデナシだぜ。加護だの祝福だのなんざ貰ったところで、扱いに困るってなモンだ」
「困った人です。餞別くらい大人しく受け取ってくれればいいのに」
おっさんの言い様に、イリアが苦笑する。
「お前さん個人として応援してくれりゃあ、それでいいさ。俺ぁ正直、神様だの宗教だのは好きになれねぇ性質だしな。そんなモンの祝福なんぞより、友達の応援のほうが百万倍嬉しいや」
おっさんにとってイリアは既に、創世の女神という大いなる存在ではなく、身近な友人という扱いなのだろう。
それを悟って、イリアはわざと砕けた態度でおっさんに接する。
「はいはい。じゃ、精々頑張って下さいよダチ公。油断や慢心は程々に」
「慢心は王者の特権ってヤツでな、そればっかりは仕方ねぇのさ。じゃ、行ってくるぜダチ公」
後ろ手に手を振って、おっさんが転送陣に乗る。
イリアはおっさんの背中を見つめながら、不意に寂しさに襲われた。
だがそれを旅立つおっさんに悟られないように、最後まで笑顔のままで彼を見送った。
「……ふぅ。一人とは、こんなに寂しいものだったのですね」
おっさんが転移し、その姿が消えるのを確認した後に、イリアはそう言って物憂げに溜め息を吐いたのだった。
「酷い人です、まったく」
最初から楽しい事を知らなければ、このような気持ちになる事も無かったのではないか。一瞬だけそう考えるイリアだったが、
「いえ……今は待ちましょう」
おっさんがまた会いに来た時に、元気な姿を見せられるようにと、イリアは気合を入れ直したが、その次の瞬間に、当のおっさんが再び目の前に現れた。
「よう」
「えっ、ちょっ……なんで!?」
さっき別れたばかりのおっさんがすぐに戻ってきた事に、イリアは困惑した。
「……ったく、ガキが気ぃ遣うんじゃねぇって言っただろうが」
「うっ……」
おっさんはイリアに近寄ると、その頭を乱暴に撫でまわした。おっさんは試練の塔を出ようとしたところで謎の第六感を発揮して、イリアが寂しそうにしているのを察知した為、こうやって戻ってきたのだった。人間離れした恐るべき超感覚である。
イリアは隠し通していた筈のそれを見抜かれていた事に羞恥を感じ、頬を紅く染めた。
「仕方ねぇな。こうなったらお前も連れてくか」
「……えっ!?」
「俺は冒険に行きたい、お前は一人でここに残るのが寂しい。なら一緒に連れて行きゃあ万事解決ってなモンよ。ああ、それが良い」
おっさんがまた妙な事を言い始めた。
「ちょっ、ちょっと待って下さい。私はこの部屋から出る訳には……」
「……む?何でだ?最初からここに居た訳じゃねぇんだろう?」
「それはそうですが、件の侵略者達は私を狙っているので……身を隠す為にも、ここから出る訳にはいかないのです」
「……なぁお前、それでいいのか?」
イリアの答えを聞いたおっさんは一転して、真剣な表情と声色でイリアに問いかけた。
「その侵略者とやらと戦う為に、お前は俺達を呼んだんだろう。そして結界を消して外側に行けるようにしたのも、そいつらと戦う為にじゃねぇのか」
「それは……」
「そりゃあ俺達は構わねぇさ。俺達は敵が居るなら戦って、ブッ倒すだけだ。お前がどこに逃げ隠れしようが、俺達がやる事は変わらねぇ。だがな……」
おっさんはイリアと視線を合わせて、意地の悪そうな笑みを浮かべた。
「それで満足か?どうせブッ倒さなきゃならねぇ相手ならよ、ポッと出の俺達に任せるより自分の手でブン殴ってやりてぇと思わねぇか?」
その言葉を聞いて、イリアは思わず拳をきつく握りしめる。
「……私はかつて、奴等に二度も敗北しました。一度目は故郷を失い、二度目は私を神と敬ってくれた者達を、大勢死なせました」
悔しさを顔に滲ませて、イリアが絞り出すような声で言う。
「そして今、私はかつての力を失い、当時よりも大幅に弱体化しています」
「おう、そうみてぇだな」
「そんな私に……出来ると思いますか?」
イリアはかつての敗北の記憶がトラウマになっており、踏み出す勇気が出せないでいるのだろう。ここで出来ると、彼女が望む答えを返せば、一時的に勇気を出させる事は出来るだろう。
「そんな事、俺が知る訳ねぇだろうが」
だがおっさんは冷淡に、イリアにそう答えた。だがそれは、おっさんにとっては最大限の、誠意ある対応であった。
「会った事もねぇ相手にお前が勝てるかどうかなんぞ、俺に分かるかよ。大体だな……」
おっさんがそうした理由は、他人の気休めによって生まれた偽りの勇気など、強敵との戦いの場では何の役にも立たない事を知っているからだ。
「意地とか勇気ってのはな、相手の強さだの勝算だのによって出したり引っ込めたりするようなモンじゃねぇんだよ。気に入らねぇからブン殴る。大事なモンだから護る。譲れねぇモンがあるから立ち向かう。そして、いっぺんやると決めたなら、死んでもやり通すんだ」
最も大切な物は、立ち上がり、立ち向かう意志である。それが無ければ何も始まらず、それさえ失わなければ、どんな強敵とでも戦える。おっさんはそれをイリアに伝えたかったのだ。
「それで、お前はどうしたいんだ?」
勝算の有無や作戦など二の次だ。そんな事はやると決めてから考えれば良い事なのだから、まずは己の意志を示せと、おっさんが促す。
「私、は……」
「私は?」
「私は……故郷を滅ぼし、私を暖かく迎え入れてくれたこの地をも蹂躙したクソ野郎どもを……全員この手で、殴り倒してやります!」
イリアが意志と覚悟を固め、それを腹の底からの大声で宣言した。
「私にここまで言わせたのです。それを成すか私が負けてくたばるまで、貴方には付き合って貰います。いいですね?」
「いいとも。その言葉が聞きたかった!」
おっさんとイリアは獰猛な笑みを浮かべ、拳をぶつけ合った。
「では早速行きますよ!タマ、貴方も来なさい!」
イリアがタマと名付けられたフェザーライオの幼体を呼ぶと、部屋の奥から翼の生えた猫のようなモンスターが現れ、イリアの頭に飛び乗った。そのままイリアは転送陣の上に足を乗せようとするが、おっさんがそれを止めた。
「まあ待ちな。折角の女神様の旅立ちだ。どうせやるなら……ド派手にいこうじゃねぇか」
そう言っておっさんは、アイテムストレージからとあるアイテムを取り出し、イリアに見せた。
*
城塞都市ダナンの中央広場は、今日も大勢のプレイヤーで賑わっていた。
既存プレイヤーは勿論、新章突入記念パッケージを購入して新たにこのゲームを始めたと思われる、初期装備を身に着けた初々しい初心者の姿も多く見受けられる。
また、ギルドシステムが実装された事で、人が多く集まるこの広場でメンバーの勧誘を行なうギルドも多いようだ。
その中央広場の中心には、時計塔がそびえ立っている。知らない者にとってはただのランドマークに過ぎないが、その正体が難関ダンジョン【試練の塔】である事は知っての通りだ。
その時計塔の扉が、突然ド派手な爆発音と共に、内側から爆散した。
「うわぁっ!」
「なっ、何だ!?何が起きた!?」
「爆発したぞ!」
その場に居たプレイヤーが混乱する中で、突然その吹き飛んだ扉の奥、時計塔の内部から高速で飛び出して来るものがあった。
「イヤッホォォォォォォォウ!」
軽快な叫び声と共に飛び出してきたのは、言うまでもなく謎のおっさんその人である。そしておっさんは、ある乗り物に乗っていた。
おっさんがハンドルを握り、操っているその乗り物は黄金色に輝く装甲を持った自動二輪車……つまり、バイクだった。
貴重なオリハルコンを惜しげもなく使用して製作された、|重装甲大型戦闘用自動二輪車。
その名も【グリンブルスティ】。北欧神話に登場する、何よりも速く駆け抜けると言われる黄金の猪の名を付けられたモンスターマシンこそが、おっさんが操る乗り物の正体だった。
おっさんは結界が解除され、新エリアが実装されればフィールドは今までの何倍も広くなる為、乗り物が必要になると予想していた。その為、イリアの家に入り浸って遊び尽くしながらも、合間にコッソリとこれを製作していたのだった。
そしてそのバイクには、サイドカーが取り付けられていた。そちらに乗っているのは当然イリアであり、彼女のテイミングモンスターであるタマも一緒に乗っている。
急に飛び出してきたと思ったら猛スピードで駆け抜けて行って、あっという間に見えなくなってしまった輝くバイクを、プレイヤー達は呆気に取られながら見送った。
「えっ……?何今の……?」
「今チラッと何か変なのが見えたぞ……?」
などと、そんな初々しい反応を見せるプレイヤーは全体の三割程度だった。そして残りは、
「まーたおっさんが妙なモン作りやがったか」
「はいはい、いつものいつもの」
「あのバイクいつ発売するの?」
といった、おっさんの奇行を何事も無かったかのようにスルーして驚く様子も無い、訓練されたアルカディアプレイヤー達であった。
「えぇ……」
「何これ……何で皆平然としてるの……?」
そんな彼らの様子にドン引きする新人達だったが、彼らもすぐに慣れるだろう。おっさんを筆頭に変人揃いのプレイヤー達に染められて、彼らもその内の一員となるのだ。
一方おっさんは、バイクでダナンの街を爆走し、街の出口へと向かっていた。
「よっしゃ、一気に飛ばすぜ!」
「はい!ところで、どちらに向かうのですか?」
「さぁて、どこに行こうかね。ま、適当に進めばいいさ」
進み続ければ、いつかはどこかに辿り着くだろう。動く事を止めない限り道はどこまでも続き、世界は無限に広がってゆく。だから行く先に何があるか分からなくても、ただ進めばいい。
こうしておっさんはイリアを連れて、新たな冒険へと旅立った。彼がこれから何処へ行き、その先に何があるのか……それは誰にも、創世の女神にすら分からない事だった。
女神は鳥籠を飛び出し、自らの足で未知なる冒険に出る事を始めたのだから。




